仮面のウインク

 バケツの中で固く雑巾を絞りながら、今回の件についてどうするべきか考えていた。

 お前たちは俺が守る。そう言った声が、目が思い返される。だけど、主はなし。朝霞クンは5月15日まで部活動禁止、つまり謹慎処分を受けてしまった。理由は、部の方針に逆らったから。

 何でも、ファンタジックフェスタに放送部でステージをやることに決まったらしい。俺たちがインターフェイスの方で出ると決めた後に。そして、朝霞クンはそのステージをやることが伝わっていなかったことに激怒した。

 壁に染み付いているのは、朝霞クンの血。怒りのままに思いっきり殴った痕があまりに痛々しい。利き手だったし、折れていてもいけないから病院には行くように言ったけど。どうかな。

 とりあえず、今の俺がするべきは朝霞クンの帰ってくる場所を守ること。朝霞班の存続自体が割とこの件で揺らいでいる。つばちゃんへの伝え方如何では他にも血が流れかねない。


「さて、と」


 粗方壁が綺麗になったところで、バケツと雑巾を洗いに外の水場へ。外ではファンフェスに出ることになったみんなが準備に奔走していて、バケツ片手にのらりくらりと歩いている俺が異質な存在。そして、腕を組んで踏ん反り返っているのは。


「部長」

「洋平か。お前はステージもやらないし暇だろ。ファンフェスで俺のステージに立て。枠も金も十分にあるぞ」

「ん~、ありがたい話だけど、遠慮するね~」

「どうした、この俺が使ってやるって言ってるんだぞ」


 まあ、言っても俺は朝霞クンの専属アナみたいなものだしね。って言うかステージやらないから暇ってワケでもないんだけど。そもそも、やれなくしたのは誰って話で。みんなから聞いてんだよね、急に日高がステージを強行することに決めたって。


「ほら~、俺はインターフェイスの方で出ることになってるし~」

「そんなもの、バックレればいいだろう」

「……部~長っ」

「ん?」


 一歩踏み寄り、首を傾げて笑顔を振りまいて。ウインクも上出来でしょ。俺には胸倉を掴むなんて出来ないから、ステージスターらしく出来る限りの愛想を売る。これから、1ミリたりとも思ってもないことを言うための仮面を纏って。


「インターフェイスに恩とか売っとかなくていい?」

「恩?」

「そ、恩。実はね~、ウチって結構頭数持ってんだよね~。ウチが出なきゃ向こうの行事が回んないの」

「そうなのか、威張ってる割に大したことないんだな」

「ウチがインターフェイスに名前を残してることで体裁を保ててるから、向こうは企業からお世話してもらえてるんだよ~」

「そういう仕組みだったのか」

「だけど、あんまり名義貸しばっかりでイベントに誰も出さないとなったら企業サマから目を付けられたリするし、問題になるデショ? すると星ヶ丘不要論が勃発する。定例会に出てるのは、各大学の部長クラスばっかりだよ。そんな議論になったらどうなると思う~?」

「なるほど、朝霞で太刀打ち出来るはずはないし、向こうに恩を売った方がいいな」

「今回のファンフェスでは部長たちにはステージに専念してもらって、俺はインターフェイスとの繋がりを保つっていう仕事に専念しま~す。人脈はないよりある方が、いつ、どこで、どんな風に使えるかわかんないしね~」

「そうかそうか、そういうことなら頼んだぞ洋平」

「はいは~い。じゃ、またね~」

「おい、俺のステージに立つって話も忘れるなよ!」

「はいは~い、考えとくね~」


 俺が朝霞班である以上日高のステージには立たないし、インターフェイスの行事は別にウチがいないならいないで全然回る。人脈はないよりある方がっていうのは確かにそうなんだけど、最初からツールにするつもりで築きたくはない。

 あー、胃がムカムカする。班の存在意義を植え付けるためとは言え、嘘でも俺が朝霞クンを下げてる風な発言をしてるって解釈されかねないことを言うなんて。朝霞クンを下げる理由なんてどこにもないのに。自分に苛立つからバケツを蹴り飛ばしたい。


 バケツは蹴らずにゆるゆると振り歩き、俺はステージの準備に忙しない空気を浴びていた。だけど、俺がいるのは穏やかな空気の中だ。鬼のいないステージ準備期間。朝霞クンに会えないワケではないけれど、なんだかなあ。


「……早く来月にならないかなあ」

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