第20話 再会

安全衛生標語の表彰式のため本社に赴いたのは、7月7日七夕の朝だった。

Mファシリティーズ本社は中央区、オフィス街の一角にあるビルの中にある。

セキュリティが厳重なため、関係者以外は簡単に立ち入ることができない。

入口付近で戸惑っていると、なつかしい声がした。

「木村ちゃんや、どしたん?」

「坂崎さん…お久しぶりです!」

以前同じビルで働いていた上司、坂崎孝司だった。今は総務人事部に異動となり、本社勤務をしている。

「今日は安全標語の表彰ということで本社に呼ばれまして…」

「あぁ、あれすごいな!木村ちゃん昔から文章書くの得意やったもんなぁ。俺の報告書もよくまとめてもらってたっけ」

坂崎は咲良より9歳年上の38歳、独身。

仕事が出来て人を大事にする、優しくて思いやりのある好人物でスタッフ全員から慕われていた。

面倒見が良く、咲良が仕事で悩んだりつまづいている時には相談にのってくれて、おいしいものを度々食べに連れて行ってくれた。

そんな坂崎に咲良は密かに憧れの気持ちを抱いていた。

おたがい異動になり職場が変わってから交流は途絶えていたので、数年ぶりの再会だった。

「木村ちゃん、なんかキレイになったね」

朝礼開始までの待ち時間、休憩コーナーで坂崎はアイスコーヒーをごちそうしてくれた。

「実は数ヶ月前に失恋しちゃいましてね、悔しくて元カレを後悔させたくてダイエットと自分磨きに励んだんです」

旧知の間柄、こんな話も遠慮なくできる。

「そうなんや…。最近仕事も頑張ってるって聞くよ。資格もいろいろとってるもんね。不動産の情報誌にも載ってたし、一緒に仕事してた仲間として俺も鼻が高いわ」

「ありがとうございます。でもまだまだですから。もっともっと勉強して知識を高めたいし、坂崎さんみたいに優しくて強い人間になりたいです」

「そんなん買いかぶり過ぎやで。俺たいしたことなんもしてへんから」

屈託なく笑うその表情も、昔と変わらなかった。

「今日七夕やな。そういえば同じビルおった時、ロビーに飾られてた笹に短冊に願い事書いて付けたっけ」

「そうそう、坂崎さんのお願いは『馬主になる』でしたよね。スケール大き過ぎて笑っちゃいましたよ」

「よう覚えてんなぁ。俺自分が何書いてたか忘れてたわ」

「坂崎さんは忘れっぽいとこあったから。しょっちゅう探し物してましてよね、書類とか」

「なんか知らんけど木村ちゃんがよく見つけてくれたんよなぁ」

「野生の感というか、直感がよく働くんですよね」

久しぶりの再会に、話が尽きない。

「なぁ今夜空いてるか?メシでもどうや?」

「うれしい!行きますいきます喜んでっ」

「そこまで喜んでくれると俺もうれしいな。じゃあ入賞のお祝いな。ちょうど今日の夕方会議でNビル行くから、午後6時頃スタバのあたりで待っててくれるか?」

「了解しました♪」

しばらくして朝礼開始のチャイムが鳴り、前方へと誘導される。

社長から直々に賞状と副賞の商品券を頂き、後ほど別室で記念撮影。

誇らしい気待ちで職場に戻る。

途中もらったクオカードを使い、コンビニでクッキーの詰め合わせを買った。

安全靴と制服に着替え、いつもの日常が始まる。

午前の仕事が終わる前、皆にお菓子を配る。

「あの標語が入選したのはみんなのおかげなので。喜びは皆で分かち合いましょう♪」

共に笑い共に働く仲間達がいるからこそ、元気でいられる。その気持ちを素直に読んだ標語が、職場の健康増進として認められた。

それがとてもうれしかった。

ひとりじゃない、つらいこと大変なことがあっても、支えてくれる人達がいる。

だからこそ、ここまでやってこれた。

ひとりじゃこんなに笑えない。

家でテレビを見ていたって、クスッと笑うことはあっても滅多に大笑いはしない。

大人気なくお菓子を取り合う姿を見てバカ騒ぎしたりはしゃいだり、自分の親くらいの年代の元気な清掃員達との関わりが、時に面倒な時もあるけれど、おもしろくて価値あるものにこの頃感じられるのだった。

多種多様な生き様を経てきた人達が集まっているのだから、合わない人がいればぶつかり合うこともある。

それぞれの言い分に理由があり、譲れない部分もある。

仕事だから立場上そこを一喝したりうまく折り合いつけなくてはならないこともあるが、反面教師的な面もふくめて、人生の先輩として学ぶことは多数あるように思えるのである。

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