第17話 鏡の中の私

一晩中泣き明かした咲良は、寝不足も手伝って翌朝まぶたが腫れてしまった。

メイクと眼鏡でごまかすと、出来るだけ他の人と目を合わさないようにした。

そうでないと、泣いたことがバレてしまうから。

元気がなければ周りに心配も掛けるし、おせっかいに興味本位であれこれ詮索してくる人もいる。

仕事場は戦いの場だと思ってやっている。

少しでも弱みを見せたくなかった。

清掃の仕事でいいことは、1人作業の早朝時は少々泣いたり落ちこんだりしていても誰の目も気にしなくていいことだ。

月が変わり井原のいるフロアとは違うところが担当になったので、朝顔を合わせなくてよいのが幸いだった。

鏡を拭きながら自分の顔をのぞき込むと、なんともひどい顔をしている。

「情けない…」

今の自分がどうしようもなく惨めで虚しくなってくる。

同時に、後悔や自分を責める気持ちも湧いてくる。

昨日は感情のままに言葉を投げつけてしまったが、彼の言うこともあながち間違ってはいないかもしれない。

確かにあの人と結婚して仕事も辞めて家事に専念したら、今よりいい暮らしも出来るししんどい思いからも解放されるのに。

楽をしたい気持ちで、弱音を吐きそうになる。

―あかんあかん、気持ち弱ってるからってそんなこと考えたら。さり気に人を見下したりモラハラ的なこと言う人なんて、結婚してずっと一緒にいたら息詰まってまう。私が私でなくなってしまう。

深呼吸して、鏡の中の自分に言い聞かす。

「負けるな咲良!1度や2度の失恋なんてどうってことないっ。むしろ早目にわかってよかったぞ。チャンスはこれからだ!私はシンデレラ、必ず最後に幸せになれるんだから、自分磨いていこう!」

笑顔を作り、顔の中の自分に微笑む。

不思議なもので、微笑みながら人は怒れない。

こうすることで、井原への憎しみを払拭するのであった。


仕事帰り、美帆に声をかけられた。

「ちょっと軽く飲んで行かへん?」

昨日の今日だ。毎日のようにいた彼がいない部屋に1人でいたくなかった。

二つ返事で咲良はOKした。

「うちの近くに行きつけのバーがあるんやわ」

森ノ宮駅すぐのバー、ガス燈。

店内はジャズが流れる落ち着いた雰囲気だ。

まだ早い時間、他にお客はいない。

カウンターの隅に座り、カクテルを注文。

「私はスクリュードライバーにしよう」

美帆がマスターを呼ぶ。

「私は…マルガリータかな。気分的に」

「昨日彼と話したん?」

美帆は竹を割ったような性格なので、直球でくる。

「うん。実は…」

咲良はありのままを話した。

「げっ!マジか!?あの歳で3人の子持ちで、一応籍には奥さんも残ってるって…」

「どうやら私を召使いにしたかったみたいなのよね」

「そんな男にとって都合のいいようになんて…。ほんま早目にやめてよかったで。つきあい長くなったら情も湧くから余計離れられんようになるし、第一その時間がもったいないやん!それに誠実な男ならちゃんとケジメつけて離婚してから好きな子に声かけると思うで。子供達のことも隠さんやろしな」

「やっぱそうだよね…」

「はじめのうちは気を引きたくてとにかく優しくするもんよ。せやから最初の頃のいいこと思い出すより、直近の言葉をちゃんと頭に入れたほうがいいと思う。それが真実やし、正解やわ。相手の本性ね」

「…せやね」

思い出は美化されるものだ。

井原と過ごしたわずかな日々の中の喜びが、映画のように脳裏に浮かぶ。

初めて手をつないだ時、名前で呼ばれた時、キスをした時…。

好き、大切だよ、結婚したい思てる…

その声もその時の表情も、記憶に残っている。

「あれが全部嘘やとしたら、相当演技派やなぁ…」

「自分に酔ってたんちゃうか?それか結婚詐欺の領域やで」

「くそー、全部飲んで忘れてやるっ」

グラスのふちの塩をなめ、キツめのカクテルを一気に胃袋に流し込んだ。

トイレに立ち、再び鏡をのぞく。

うっすら涙目ながらも、どこか清々しい顔。

「絶対キレイになってリア充して、アイツを後悔させてやるんだから!」

現代のシンデレラ姫は、結構負けず嫌いなのでした。

「戦ってやる。仕事も恋も、必ず幸せつかむために」


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