第15話 春の嵐

清掃員はいつ呼び出しがかかるかわからない。

それはテナントさんからの廃棄物引き取りの依頼であったり、トイレ詰まりなどのアクシデントで急に呼び出されたり、いろいろだ。

連休明けまだ皆休み気分が抜けない午前中、清掃控室に井原の勤め先の会社から電話があった。

カーペットにコーヒーをこぼしてしみになってしまったから、汚れを落としに来てほしいとのこと。

ちょうど手の空いていた咲良は同世代の木内美帆と2人で行くことになった。

彼女はものすごく美人なのだが、性格が上から目線で社内では有名だ。

しかし人情味に厚く裏表のない性格なので、咲良も心許す間柄だった。

受付の電話で許可をもらい、入室する。

―洋祐さんいるかな…。

見渡すも近くにはいない。

初めて入る広い室内。個人のデスクはそれぞれ衝立で仕切られていて、完全プライベートを保護し仕事に集中できる感じだ。

「どうぞこちらです。パントリーの前の通路でこぼしてしまって」

対応してくれた総務の女性は、該当の場所に案内するとその場を離れた。

じっと見られているとやりにくいので、こちらとしてもそのほうが好都合だ。

休み明けということもあり、社員達は皆忙しそうに黙々と仕事をこなしていた。

午前10時過ぎ、休憩をしに中年の男2人がやって来て、パントリー室内の奥のコーヒーメーカーからドリンクをつぎ雑談を始めた。

少し離れているし、基本清掃員の存在などあまり気にされないものである。

「おっ、ここに土産のまんじゅうあるやん。誰の?あぁ、井原か」

彼氏の名前が出てドキッとする。

―一緒に琵琶湖行った時のお土産かな。けどあの時お土産なんか買ってたっけな…。

聞き耳をたてるつもりではないが、話し声が自然に頭に入ってしまう。特に自分に関連ある人の話なら、なおさらだ。

「あの人マメやもんなぁ。どこ行ったんやろ?鈴鹿って書いてあるな」

―えっ?鈴鹿なんていつ誰と行ったの?そんなの一言も聞いてないけど…。

胸騒ぎがして段々心拍数が上がる。

「そういえば昨日の日曜、連休最終日やから子供連れてったって言うてたわ。あいつ子煩悩やからな」

―子供?どういうこと!?

子供がいるなんて一言も聞かされていなかった咲良は、驚いて一瞬頭の中が真っ白になる。

「どうかした?なんか顔色悪いよ」

美帆に言われ、我にかえる。

「ううん、何でもない」

しみは広範囲ではなかったので、作業はすぐ終わった。

あいさつをして室内を出ようとした時、ちょうど外出先から戻ってきた井原とはちあわせた。

咲良に気づくとうれしそうに笑ったが、反対に咲良は思わず顔を背けた。

「ねぇ、ちょっと屋上行こうか」

美帆が声をかけた。

「えっ、でも…」

「いいやん、今すぐ降りても大御所さんとかからサボってると思われたくないし、休憩を兼ねて外の空気吸いにいこ?」

エレベーターで最上階に上がり、屋上に出る。

北の梅田界隈と、南のあべのハルカスまで見渡せる。

「あー、やっぱ気持ちいいねー。こんな天気の日に地下に潜ってたらもったいないやん」

「ほんと、気持ちいい」

空は雲ひとつない青空だ。

「…さっきの男の人、もしかしてきむちゃんの彼氏?」

「えっ、なんでそれ…」

「やっぱりかー。前にさ、2人が給湯で仲良く話してるとこたまたま見かけたんだわ。あと、帰り一緒にいるところも。それでさっきの様子やと、あっそうなんかなーって。けどきむちゃんが態度おかしかったから、なんかあったんかと思って」

「………」

「あ、別に言いたくなかったら言わんでええよ。追求する気もないし。ただしんどかったら頼ってや、ってこと。それじゃ行こか」

言わんでええと言われると、人間なぜだか話したくなるものだ。これぞ言葉のマジック。

「子供が、いるって…」

「子供?」

「さっきテナントの人達が言ってた。私洋祐さんからそんなこと一言も聞いてない」

「そっか…それはビックリやな」

「それなのについこの前、結婚を前提につきあってほしいって言われたばかりなの。どういうことなんやろ…」

「それなら離婚歴があって、前の奥さんが引き取ってるかもしれないよね。まぁ気になるけど今どうこう言ってすぐ解決するわけちゃうし。それなら今暗い顔しててもどうしようもない。気持ち切り替えて仕事しよか!今日も彼氏と会うん?」

「うん、最近仕事の後は必ずうちに寄るから…」

「その時に確認しなきゃだね。これからのことはその時考えよ。またいつでも話聞くし!」

「ありがとう…」

強い風が吹き、頭の三角巾が取れそうになる。

女子2人頭を押さえて、ビルの中に駆け込む。

咲良の心の中に、不安と疑心が渦巻いた。



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