第13話 疲労との戦い

ゴールデンウィークの連休前、咲良の仕事は多忙を極めていた。

休み前に室内を片付けたいのか、テナント様からの大量の廃棄物の引き取り対応や会議室の設営などの力仕事と、相次ぐ新人指導。

前者は体力を、後者は精神力を消耗する。

年齢的に自分の親世代に教えるとなると、いくら立場的には上でも言葉遣いや接し方など気を遣う。

特に今回は午後の新人さんが自己主張の強い自信過剰なタイプの人であったため、やりにくいったらありゃしない。

気分屋で波が激しいので、機嫌良くやっていても少し注意されるとあからさまに不機嫌になるので、対応に苦慮するのだった。

そして怒った声と顔がまた怖いのである…。

しかし恐る恐る接していたらなめられてしまうので、虚勢を張っているから仕事後にはどっと疲れが出た。

咲良は元々胃弱体質なほうで、疲れやストレスがすぐ胃にきてしまい、胸やけがするのだった。


「どうしたの?なんか今日は食欲ないね」

仕事帰り、今夜は彼氏とデート。休み前なので気兼ねなくゆっくり会える。

鶴橋駅近くの居酒屋で、焼き鳥や手羽先をつまみながら軽く1杯飲む。

休日前で店内は混雑していた。空いていたのはカウンター席。並んで座ると距離が近く、時々手がふれる。そのたびに、先日のことが思い出されて少しドキドキしてしまうのだった。

「うーん…今日は残業だったし仕事忙しかったからちょっと疲れが。でも明日ゆっくり休んだらすぐ回復すると思うから大丈夫だよ」

「毎日朝早くから仕事してるんやもん、あんまり無理せんといてな」

「ありがとう」

しんどいことがあっても、好きな人といると心安らぎ、元気が湧いてくるから不思議だ。

「明日はドライブして、なんかおいしいもん食べよな」

「うん、うれしい!楽しみ♪」

軽めのちょい飲みを終え、2人で手をつないで咲良のうちに向かう。

最近はほぼ毎日、仕事帰り井原は彼女の部屋に寄っていた。

平日は長い時間ではなく、お茶を飲んで少し話して帰るだけ。

会いたくてたまらない、そう言ってくれるのがうれしかった。


「どうぞ」

お酒が入っていると、階段がなかなかきつい。ハードワークをこなした日は尚更だ。

5月の始め、初夏といえども夜は少し肌寒い。

温かいお茶をいれようと頂きものの新茶を開けようとして袋の裏を何気に見ると、販売店名が『野川茶舗』と書かれていた。

その名前を見た瞬間、昨日の記憶が呼び覚まされた。


教えるのも下手クソで…

あんたなんか辞めればいい…


「どうかした?」

小さなキッチンで立ち尽くしたまま、様子がおかしい咲良を心配して井原が近づいた。

「疲れてるのに、そんな気を遣わなくていいよ。なんなら僕がやるから」

「ううん、大丈夫。ちょっと昨日あった嫌なこと思い出して…」

一緒にいる時はできるだけ楽しい話をしたくて仕事のことは言わない主義なのだが、酔ってることもあってかつい昨日今日のことや弱音や本音を吐き出した。

「…なんだよそれ!ひどすぎるやん!!咲良ちゃんこんなにがんばってるのに、オレがそいつしばいてやりたいわ!!」

「ありがとう…そう言ってもらえるだけで救われる。なんか悔しいしやりきれないしで、もう心身ヘトヘトで…。いろいろ考えちゃって昨日は夜もあまり眠れなくて…」

井原は咲良を強く抱きしめ、言った。

「眠れない時は側にいて、手をつないでるから。しんどい時は抱きしめて支えるから」

「…うん、ありがとう。洋祐さんがいてくれてよかった」

彼の胸に顔をうずめていると、安心して気持ちが緩んだのか涙がうっすらこぼれた。

髪を優しく撫でられると、ほっとして呼吸が落ち着く。

親指で涙をそっと拭うと、大きな手のひらで頬を包みこみ、井原は咲良にキスをした。

「ん……」

抱き合いながら、おたがいの鼓動を感じた。少しづつ早くなるリズム。

「今日…泊まっていいかな…?」

部屋のベットに視線をやりながら、井原は言った。

咲良は照れながらも、コクンと静かに頷いた。

「今日は汗かいたから、シャワー浴びていいかな…?」

「うん、じゃあ部屋で待ってる」

ドアを閉めて、彼はテレビをつけた。

扉1枚隔てた場所で服を脱ぐのに気恥しさがあったが、ここまできて引き下がれない。

軽く汗を流し、裸体にバスタオルを巻いて咲良はバスルームを出た。

そっと、ドアを開ける。

「洋祐さんも入る…?」

「いや、僕は後でいい。…電気消してくれるかな?」

「はい」

明かりを消して、井原のもとへ。

おもむろに服を脱いだその身体はほどよく引き締まり、大人の男の色気を感じさせた。

つきあい始めてまだ1ヶ月にも満たないが、急展開はいきなりやってきた。

正直なところ、男の人とこういう関係になるのは数年ぶりだしあまり経験がないので、ちゃんとできるか不安が募る。

6歳年上ということもあってそこは彼が優しくリードしてくれるので、咲良はその身を彼に委ねた。

「あっ…」

後ろから攻められると、身体が敏感に反応した。

「わたし背中が弱いの、初めて知りました…」

「今までつきあった男はしてくれなかったの?」

「そんなに経験ないし…こんなに愛情こめて全身なめられたのは初めて…」

「思った通り純心なんやね。もっともっと気持ち良くさせたい」

「あっ…ダメ…」

まるで溶けてしまうかのような、甘く濃密な夜。

戦いに疲れた心も身体も、癒される至福の時間。


気がつけばうたた寝してしまい、目覚めた時には時計の針が午前0時を指していた。

シンデレラの魔法が解ける時間。

けれど咲良の隣には今、洋祐がいる。

「夢じゃなくてよかった…」

今までは会社で嫌なことがあったり、仕事がハード過ぎると疲れきって心も疲弊し、ひとりで夜泣きながら眠ることもあった。

こんなに疲れるほどがんばっても生活はギリギリで、そう思うと虚しさが募るし、このままやっていけるかと未来への不安も高まった。

それが愛する人が側にいて、肌ふれあって呼吸を重ねているだけで、どんな恐れも払拭され、疲れも解消される。

「わたしの1番の栄養ドリンクは、洋祐さんね」

気持ち良さそうに眠る彼氏の寝顔をながめながら、咲良は心の平安を感じるのであった。


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