第12話 パートvs社員

どこの世界にも人の足を引っ張りたがる輩というのはいるものだが、清掃業界は年配のパートさん達が多いため、咲良を含む若手社員に対して若さや恋愛関係の妬みが一部で激しい。

大体嫉妬する人の心情としては、現状自分が幸せでないから幸せそうな人に憎悪を燃やし、攻撃へと転ずるのだ。

度が行き過ぎるとそれが嫌がらせやクレームなどに発展したりする。


野川邦子というパート社員がMビルに配属されたのは数ヶ月前のことだった。

年齢は52歳。夫は10年前に死別し、3人の子供を育てているという。

「それは大変でしたね」

指導係には咲良がついた。

「えぇ、でもなんとか上の子はもう大学を出てくれて、この春から社会人になったんです。まぁ希望してた大手の企業は無理だったんですけど、とりあえず就職決まってよかったですぅ」

第一印象ではおとなしそうな、ちょっと年齢の割に話し方や仕草がぶりっ子っぽい、幼稚な感じが見受けられる人だった。

見た目は正直太めでそのせいか少し動くとすぐ息切れするわ汗かくわで、これから暑くなって仕事できるのかと心配になるほどだった。

目が細く寄り目で、お世辞にも整った顔立ちとは言えない。

コンプレックスを抱えているのか、最初から何かと咲良につっかかってきた。

「木村さんそんなかわいくてキレイで若いのに、なんで清掃の仕事なんかやってるんですかぁ~?わたし引き立て役みたいで嫌じゃないですかぁ」

笑いながら話していても、目が笑っていない。

眼鏡の奥の細い目が、時折とても冷酷なのを咲良は見過ごさなかった。


それからというものミスを指摘すると逆ギレしたり、あいさつもしなかったりあまりに悪態をつくので、頭に血が登りながらもその度に冷静に注意をした。

こちらも同じように感情的になってしまうとそれこそ相手の思うツボであり、向こうのペースに引きずりこまれてしまうからだ。

負のエネルギーの影響力は膨大で、あっという間に他のパートさん達に広がっていく。

するとあちらこちらから不平不満が漏れ出す。

責任者である真行寺は無茶なシフトは組んでない。

むしろ以前よりパート達の仕事の量を減らしたり、社員が応援に入ったり十分手助けしている。

それなのに感謝されるどころか、社員は楽をしているとか私達以上の仕事をして当然とか陰口を言われ、不満がある一定基準を超えるとパートさん達が集結して詰め寄り話をしてくるのだ。

主に文句を言う人は、家庭に問題があるか経済的に苦しい人だ。

感謝の気持ちもなく日々不平不満を抱えている姿はなんとも痛ましい。

毎日おもしろくなく嫌々仕事をしているから、少しでも楽をしたくていちゃもんをつけてくるようだ。

野川は新人ながら、影の首謀者となっていた。

裏工作が得意で周りの人にあれやこれや悪知恵を吹き込み、自分は高みの見物をしてしれっと私は何も知らない新人です、とカマトトぶっているのだった。

雑談の中でうっかり彼氏がいることを話してしまい、そのこともつついてくるのだった。


5月に入り新しいフロアで仕事を教えていると、野川はまた悪態をついてきた。

「いいですねぇ~、木村さんは幸せ真っ盛りで。私なんかこんなんだから男の人も寄ってこないですぅ。亡くなった夫ともお見合いだったから、男の人とまともにおつきあいしたこともないんですよねぇ。さっさと結婚でもして仕事辞めたらどうですか?教えるのも下手クソやし、アンタみたいなのいないほうがマシでしょ?」

「………」

さすがにここまで言われると、もう我慢の限界だ。

怒鳴り散らしたい気持ちを抑え、咲良は言った。

「野川さん、何が気に入らないか知らないけど、誰に対してもそういう相手を見下したような言い方は失礼じゃないですか?人生経験ではあなたのほうが上かもしれないけど、仕事に関しては私のほうが先輩です。おたがいの信頼関係がなければどんな仕事もうまくいかないし、そこまで反抗的な態度をとるならこれ以上私はあなたに教えることはできません。…やる気がないなら帰って下さい!一生懸命やってる人間の足を引っ張る権利はあなたにない!」

「えっ…!?」

普段温厚な咲良の厳しい発言に、野川はビクッとなった。

悔しくて、涙が溢れてきた。

慌てて控室に戻り、真行寺に今までの出来事を伝えた。

「そう…つらかったね。けど感情を抑えてよく冷静に対処したね。よくやったね」

「最後のほうは私も大人気なく大きな声をあげてしまいましたが。テナントさんがいない時間だからよかったです」

「あの人前々から問題あるとは思ってたけど、そこまでひどかってんね。私今から直接本人と話してくるわ。きむちゃんはちょっと休んどいて」

他人に言われた一言で、自分に自信がなくなる。

自分の教え方接し方に問題があったんだろうか、ヒザを抱えてロッカールームに座り込む。

私はここにいていいんだろうか。

私に何が出来るんだろうか。

心の古傷が痛み、再び人と接するのが怖くなる。

しばらくして真行寺が戻ってきた。

「本人と話してきたけど、随分と反省してたわ。後でちゃんと木村さんに謝りますって」

「どうせ口だけですよ。しおらしく見せるのもあの人の作戦です」

朝礼前皆が戻って来ると、野川は咲良の元に近寄り

「さっきはすみませんでした…」

と涙声で言った。

咲良は険しい表情で黙っていた。

この人の言うことは何も信じられなかった。

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