第6話 天敵現る。

Nビルに、本社から応援要員が来ることになった。

募集をかけてはいるもののなかなかクリーンスタッフの欠員が埋まらず、その代わりということらしい。

「えっ、立川さん来はるんですか…?」

「そう、本人からさっき連絡があって。明日の朝から入るって」

真行寺の言葉に、咲良さらの顔が曇る。

立川厚子は品質管理部の人間で、咲良の元上司にあたる。

最初に配属されたビルで主任だった人だ。

正直あまりいい思い出がないので、関わりたくない相手なのだ。

言うなれば天敵だ。

特にいびられたとか、パワハラを受けたというわけではない。

少々デリカシーに欠けるタイプで、ズゲズゲものを言うので時に人を傷つけるのだが、本人いたって悪気がないものだからタチが悪い。

空気が読めないKYさん。

一言でいえばそんな感じだ。

そしてがさつで態度が悪い。

足組んで腕組んで居眠りしていたり、皆が座る椅子の上に汚れたバケツを平気で置いたりするから、これまでも度々手伝いに来ていたが周りから嫌がられていた。

しかし鬼瓦のような怖い顔だし本社の目上の人なので、誰も注意できない。


「おはようございます」

翌朝、朝礼前控室に戻ると、立川はいつも通り腕組み足組みで座っていた。

咲良が挨拶をするもしらんぷり。

ーまたか…。

少々不快感がこみあげるも、聞こえなかったんだろうと自分に言い聞かせ、少し離れた席に腰を降ろす。

こんな時は内心毒づくのだ。

ーもう年だから耳が遠いのね、お気の毒様!

立川は気分屋で、不機嫌な時は挨拶もしないし露骨に表情に出す。

こんな人が責任者やってたのかと思うと情けないし会社に対して腹も立つが、そこはいかに気持ちを切り替えて負の感情に流されないかが大事だ。

でないと自分の嫌な人と同じレベルに成り下がってしまうからね。

このビルでの仕事の段取りは、午前のスタッフが帰った後使用したタオルやモップを洗濯し、それが済んだら昼休みだ。

応援に来てるといいながら、立川は洗濯などの雑務を手伝うことはなく、ロッカーの前で携帯をいじりながらくつろいでいる。

荷物を取りにロッカールームに入ると、咲良は立川につかまってしまった。

自分が話したい時は一方的に話しまくる、これもこの人の特性だ。

「木村ちゃんもここでがんばってるみたいやねー。真行寺さんとか周りもいい人ばっかりでええなー。前のビルの時はひどかったっんやってな。もう泣いてばっかりで頼りにならんし身体弱くてよう休むし、そうそう、男癖も悪かったんやってな」

「…誰が言ってるんですか、そんなこと」

「そんなん言われへんけど、私の耳にはいろんな情報入ってくんねん。悪いことは出来ひんなー、ははっ。じゃあ私外でごはん食べてくるから。そういえば木村ちゃんだいぶやせたなー。最初うち来たときは丸々とよう肥えてて、こんな雪だるまみたいに太った子が仕事できるんかなーってみんな言うてたけど、若いから代謝もいいんかな。ほなね」

言いたいだけいってあっからかんと笑いながら、立川は出ていった。

突然の出来事に呆然と立ちつくしながら、怒りと悲しみが沸々とわいてきた。

やりきれない思いを抱えながらも、とりあえずいたって平静を装いながらお昼ごはんのお弁当を食べたが、あまり味がしなかった。


午後の作業が一段落し控室に戻ると、ちょうど真行寺がいたので咲良は今日あったことを打ち明けた。

「立川さんそんなん言うたん?またいらんことを…ほんまデリカシーのカケラもない人やなぁ!めっちゃ腹立つわ!」

「元々私の上司だった人ですよ?私の人となりを見てきてるんやから、誰に何言われようとそれをうのみにするんじゃなくて、信じてほしかったです私のこと…。あの調子で他のビルでもあることないこと言いふらしてるんでしょうね」

「かわいそうな人やね。嫉妬してるんよ、きむちゃんのこと。愛嬌があって誰からも好かれてて、仕事できるから尚更。自分は定年になって契約社員になって、本社に呼ばれたけど特にやることもなく、あの調子やからどこのビルからも断られ行くところもないから。幸せじゃない人は幸せそうな人の足を引っ張りたがる」

「あの人ことあるごとに私の昔の体型のことを持ち出すんで、それがすごく嫌なんです。過去の話やからだのことってあまりふれられたくないですよね」

「それもコンプレックスの裏返し。あの人こそごっつい身体してるやん。自分もやせてキレイになりたいけどなられへんくってあきらめてるから、いちいち言うてくるんやろな」

「悔しいからもっとスリムにキレイになって、あの鬼瓦をあっと言わせてやる!」

入社当時今より体重が15kgも太っていたことは、私の黒歴史のひとつだ。

暑さの中の激務でみるみる体重は激減、現在に至る。

お金払ってジムに通わなくても、お給料もらって身体引き締まってダイエットできる。

こう考えると、清掃の仕事ってちょっといいんじゃない?




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