うつけ者であるという枷

 宿の中に入ったものの二人は部屋の隅にいるだけ。手を固く握りってそっと佐助の方を見ている。そんな二人をただ一瞥すると、佐助は担いでいた薬箱を下ろした。そして


「お藤、と言ったな。お前さんの飲んでいるのがどんな薬か覚えているかい?」


 と言うと、桜皮おうひや菊花、山薬、牡丹皮など、箱の中身を広げた。部屋一面にはふわりと独特の匂いが広がる。どれも配合される前のものだった。


 お藤とおつよは一瞬視線を交わして、頷きあう。佐助は—————何を思ってか、本当に自分たちを助けようとしているということがわかった。今まで出会ってきた人々とは違う。頼っても大丈夫。そう確認し合った。


 そしてすっとお藤が前に出る。

「お心遣い、ありがとうございます。ですが父上から私の薬は清からのものだと聞き及んでいます。医師様が持ってるものではないかもしれません」


 江戸時代、薬は主に輸入品である『唐薬種』と日本で生産される『和薬種』に分かれていた。佐助が持っているのはどうやら和薬種のようだ。


 佐助はチッと舌打ちをすると自虐的な笑みを浮かべた。

「俺は医師じゃあない。薬を持ってるだけで種類も何も分からうつけ者なんだよ。ただ兄者のものをくすねているだけさ」

 品物はあるが、薬にならないのならなんの価値も無い。どうしようかねぇ。そう言って顔を歪める。


 おつよもそっと近づいてお藤の隣に立ち、並べられたものをぐるりと見回す。無論おつよにも薬のことは分からないが、初めて見るものに驚いているのだろう、興味深そうにしている。そして佐助に


「貴方の兄上は薬問屋なの?」

 と尋ねた。そうだ、と手短に腕を組んで難しい顔をした佐助が答える。その目は様々な種類の生薬に向けられている。

「なのに貴方は分からないの?」

 そう言われた刹那、佐助は目をつり上げておつよを睨みつけた。そのまがまがしい表情におつよは肝を冷やしたが、佐助はすぐに諦めたような顔になった。


「うちは長男以外、薬について学ばないんだよ。……俺は三男だからなおさらだ。全く違う問屋に奉公へと行かされて、金勘定をする人間が必要な時に呼び戻される。兄者の店は大儲けだけどね。兄弟が独立して問屋を始めることもなければ、俺たちが薬を作ることも無い」


 そう言って苦い顔をする佐助。おつよはざっと彼の出で立ちを見て、それが嘘で無いことがわかった。つぎはぎの無い着物は上等な布が使われているし、脇にさしている小物も、昼間大通りをゆったりと歩く人々がつけているものと似ている。


 それは決して道端にうずくまっているような人間が持っているような、ただ各地を転々としているような物が持っているようなものではなかった。


 そもそも、自分たちの宿代を払えるぐらいなのだから、金に困ってはいないだろう。ならばどうして、と心に浮かんだ疑問を、おつよは佐助にぶつける。


「じゃあなぜ薬を持ち出すの?」

 ふぅ、と一つため息を着くと

「なぜなぜってそんなに赤の他人に聞くモンじゃないだろう。人には人の都合ってもんがあるのさ」

 そう言って話を切り上げようとすると、お藤が口を開いた。

「こうして会えたのも何かのご縁でしょう。是非、お聞かせください」

 そして柔らかな笑みを浮かべると、コホンと一つ咳き込んだ。


 しばらく口を閉ざしていたものの、お藤が再び咳をすると観念したのか、佐助が語り始めた。

「……ただの、罪滅ぼしだよ。薬があれば助かるであろう命を、うちの店は値をはることでみすみす失わせている。商いが悪いとは言わないよ。そのおかげで今まで生きてこれたのもまた事実だからねぇ。でも兄者は、死に際の奴が頭下げても銭がなければぴた一文負けない。……俺は見たんだ。そうやって頭下げたまま死んじまった奴をさ」


 佐助の整った顔が歪む。もしかしたらそれはボロをきた、ちょうどおつよとお藤のような者だったのかもしれない。


「だから、せめてもの償いだよ」

 そう言葉を切ると、佐助はまた全てのものをもとどおりに戻していく。そしてふたたびお藤の方に向き直り

「明日、旅籠屋の角を曲がって少し言ったところにいる爺さんのところへ行こう。贔屓にしてもらっている医者なんだ」

 と言った。

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