江戸に居場所は無い

 江戸へと引き返している時、おつよは始終俯いていた。なんて阿呆なことをしているのだ、と思わずには居られなかったからだ。あたりが整然とした江戸と違うのが嫌だった。ポツリポツリと家があり、それ以外は田畑が広がる風景に少しだけ、逃げてきた所を思い出すからだ。なぜ、全てを置いてきてしまったのか。そして自分がそれをする必要がどこにあったのか。おつよの空になりかけの心にはその理由は微かにしか見当たらなかった。


 女の足で精一杯歩いてほぼ丸一日。ようやくおつよが元いたところに戻ってきたときにはどっぷりと日が暮れていた。身を隠していた裏通りにたどり着くために足を早める。大通りはまだ人通りが多かった。俯いているせいもあり、時々人とぶつかってはどやされた。


「ああ、どうしてこんなについてないんだろう。なんでこんなときに限って」

 周りがざわめく中、おつよはそうつぶやいた。が、そのざわめきが


「ああ、かわいそうにねぇ。どうしてあんなところに一人で居たんだろう」

「知らないよ。流れ者か何かなんじゃないかい?」

「にしたって女一人でここにいるのは、見つけてくださいって言ってる様なもんじゃないか」


 と言葉になって聞こえてきた瞬間に、おつよの手から嫌な汗がてからにじみ出てきた。まさか、まだ裏通りまで少しある。随分と野宿をしてきたし、今まで幸いなにも起こっていない。お藤はきっと身を隠すのも慣れてきているはずだ。それに江戸には私たちの様な人が沢山いる。お藤ではないはず。おつよはぎゅっと手を握ると、その場から立ち去ろうとしたが、嫌な予感というものは常に当たるものである。


「や、やめてください」


 と群衆の真ん中から聞こえてきた叫び声は、紛れもなくお藤のものだった。おつよは慌てて人混みをかき分ける。お藤がどのような状況だかは知らないが、やめてくださいなどというのは無論、何か好ましくない状況の時だろう。ようやく円の真ん中まで行くと、お藤と男が二人。お藤は腕を掴まれているようだった。


「何してるんだい! その子を今すぐ離しな。そうじゃないとぶつよ」


 おつよが叫ぶと、男はパッと手を離した。急に離されたせいでお藤はよろけて地面へ。どさりという音とともにお藤の体が地面へと叩きつけられた。


「おーいおい、離してっていうから離してやったのによぉ。可哀想に、転んじまったじゃねぇか」


 ニヤニヤと笑っている男は、薄暗がりに女を引き連れていた男と、大差なかった。

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