仮の拠り場所

 手のひらで緩やかな弧を描く簪。照は弧にそって慈しむように指を滑らせる。


「先月会った時に、この簪を渡したんだ。何か気持ちを和らげるものでもと思ってね。そしたら、急に怒って手で弾かれてしまったんだよ。『アタイが欲しいのはこんなもんじゃない! そんなものに銭なんて使うんじゃないよ!』だってさ。あいつらしいだろ。そこまでは少しムッとしたけど別によかったんだ。でも薊がさ『ねぇ、お願いよ。此処から出して、照』って言うんだ。女の顔だった」


 多分、それからだろう。薊が照に迫ったのは。可愛らしい簪が、きっと鋭利な刃物と化して照に突き刺さったのだ。その痛みを拭えず、簪は懐に有ったし、照は薊に


 簪がもし、女郎花へのものだったら、少し若すぎると思う。無論、椿のでも百合のものでもない。照が、薊に買ってきたものだ。けれど、薊はそれを拒んだ。それよりも、もっと大きなものを望んだのだ。照ならば、と思って。


 照はん、と声をかけ、女郎花がそっと手を肩に置くと、今度は袖越しではなく、肩から直に照の震えが伝わってきた。


「ちゃんと、顔見せんと。薊はんも照はんが思てることが分からんのやと思います。照はんが薊はんに対して感じたのとおんなじこと。薊はんも思ってるんとちゃいますか」


 そう女郎花が言うと、照が目を泳がせる。ゆらゆら、ゆらゆら。行き場を失った視線は部屋を彷徨ったのち、簪に戻ってきた。女郎花はするりと肩から手を離して、行灯へと向かう。


「お疲れでしょう、もう寝ましょか。……明日、薊はんのところへ顔見せてあげてください。今日はうちが、照はんの拠り所になります。寄りかかって来て大丈夫。でも、明日はいつものように男になって、薊はんとこ行ったげてください。酷かもしれへんけど、二人ともに今必要なのは、安心して寄りかかれる誰かやと思うんです」


 笑顔はちゃんと笑顔になっているだろか。女郎花は自分の頬の感覚を心の中で確かめる。薊が教えてくれたことだ。相手に安心してもらうのならば、笑う。それが花である自分たちができることであると。守る側にある照に、守られる権利を一晩。そう思って女郎花は笑った。照はゆっくりと女郎花の方へ向かうとじわり。苦笑いを見せた。


「ありがとう」


 そして寝床へ向かう。女郎花はふぅと一吹き、行灯の火を消した。


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