昔を語り、今を悩む

 折角だし、少し私の話をしようか。照は坐り直すとそう言って、昔語りをし始めた。


「私と薊は家が近くて、よく駆け回っていたんだ。ほら、あいつは面倒見がいいだろ。だから私はいつも薊の後を追いかけていたよ。昔は私も女らしくしていたから、薊のお転婆にはよく困っていたけど。うちは道場やってるから男どもがたくさんいるんだけど、ちょっかいかける奴らに唾吐いて喧嘩するような奴なんだよ。笑っちゃうだろ。でも薊は泣く私をそれでも引っ張るんだよ。髪が長くてね、薊の顔の代わりに私はそればっか見てた。そりゃあもう艶やかな髪の毛だったんだ」


 目の前の照の黒髪ではなく、赤銅色の長い髪が、女郎花の目の前を翻った気がした。明るくてまっさらな笑顔をたたえた薊が、ふと通り過ぎたような。そして思い浮かぶのは、今の外に威勢良く跳ねてる薊の髪。


「今はよく切ってますけど?」


 女郎花がそう訊くとなんでもないように照が言う。


「ああ、薊の母様が病に倒れてね。……ありがちな話ではあるんだが、髪も身体も売らなければ、薬が手に入らなかったんだよ。薊のところは父がいなくてね。普通の暮らしをすればなんとかやって行けたのだろうけど、そうはならなかった。だから薊は此処へ来たんだ。今も母様は伏せっていると聞くから、まだ足りてないんだろうな」


 淡々と、薊のことを語る照は一息つくと窓の外を見る。そこには喧騒と、少し遠くに薊がいるのだ。それから視線を女郎花に戻すことなく照は語り続ける。


「月に一度ぐらい来れたのは、此処を通って他の藩へ行く仕事が何度かあるからだ。と言ったってそんなにあるわけじゃないから、自費な分もあるけどな。……私も私なりに辛い思いをしたと思っているけれど、薊ほどじゃない。助けてやれないのならせめて、この面見せてさ。昔みたいに笑えたらいいな、と思ったから顔出してたんだよ。けど前月に会った時、いい年して大喧嘩してね。つかみ合いだよ」


「またどうして?」


「……まぁ、色々と」


 そう言葉を止めると、照は目を閉じた。


「色々と、すれ違い。男と女と、花になった薊と、男になった私。……こういう身なりだし、嫁ぐ気も、まさか嫁をもらうわけにはいかないだろう。知らなかったよ、こうも面倒だとは」


 薊が好きなのは、私だって同じなんだがね。と照は苦笑いした。照と会う前、薊の燃え上がるようなあの鋭い眼光。それは単に客を取られたと言うにしてはあからさまであったし、、と女郎花は思っていた。


「もっとちゃんと言い聞かせればよかったんだ。薊が私に本気で熱を上げる前に」


 眼光に、理由がついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます