売られた女たち

 女郎花が小部屋に入ると、照はすでにご飯を食べていた。目の前の膳はすでに半分程なくなっているし、その頬は大口で食べた食べ物の所為でふっくらとしていて、栗鼠か何かを想起させる。普段廊の前を通りすがる、一本筋の通った侍のような照と、今の照のかけ離れ具合に面食らったものの、女郎花は、


「お晩です。女郎花と申します」


 と形通りに頭を下げた。照はそれにたいして片手を上げただけで、また食事に戻ってしまう。女郎花はまるで空気のようになった気分だった。大人数でそう言った気になるのはいざ知らず、二人だけなのにまるで相手にされてはいない。


『薊はんとも、こんな感じやったのやろか』


 と内心思ったものの、それならそうと、薊は言うはずだ。此処の飯は、不味くはないが、取り立てて美味いというわけではない。金をかけているだけの代物なので、毎月此処へ来ている照が、貪るほどのものではない気がする。


「お酒、お注ぎしましょか」


 と反射的に女郎花が尋ねると、咀嚼してから


「いや、悪いな。下戸だから頼んでない。茶はさっき飲んだし、大丈夫だ」


 とつっけんどんに返して来る。確かにいつも見慣れた徳利は、照の脇にはなかった。茶を出す必要もないと言われると、人が食べている間にできることは特に何もない。照が食べ終わるまで、女郎花は所在無げにしていた。


 食べ終わると照は膳を部屋の脇に置いて、立ち上がった。一つ大きく伸びをして腕を回すとパキパキと音が鳴る。


「だ、大丈夫どすか?」


 その乾いた音は骨が折れたようで、お節介だと思いつつも口に出してしまった。そんな女郎花に気を止めることなく、ああ、と照は一言。いや、言葉と言っていいのか分からない音を口から吐き出した。困るのは女郎花である。何をしても何を言っても上の空。それよりも、眼中にすら入っているのか怪しい。


 思わず「なんで薊はんやのうて、うちなんやろ」と声に出して言う。女郎花の目がしっかりと照を捉えているのをみると、少々思わずなんて言葉は偶発的すぎる気もする。が、 その言葉は照が女郎花に意識を向けるのに、十分すぎるほどの効力を持っていた。


「はっ、どいつも顔を見るたび薊って言いやがる。犬を見たらほれ猿だ、雉だって言うようなもんだ。確かに薊を指名してきた。けど、なんだよ。客を選ぶ権利はこちらにはないのか?」


 吐き捨てたその言葉は、怒りにしては雑多で、憂いにしては勢いが良すぎる。迷いが、垣間見えた。もう、廊へ入って半年以上経つ。女郎花は、その迷いを見逃すほどの能天気さをすでに失くしていた。そして、笑う。相手を思いやるでも、心から申し訳なく思うでもなく、ただその顔に笑みを貼り付けた。


「そんな大それたことしよ、なんて思うとりません。ただ、さして興味もない私をどうして、と思っただけです。きっと顔に出てたんやわ。すみません」


 女郎花が殊勝な態度をとると、照は大きな声で笑い出した。すこし甲高く、しかし豪快に笑い倒す姿は、薊のはすっぱな言い方同様、田舎臭かった。


「悪かったね、意地悪くしてしまって。私と薊は同じ村の出で、幼い頃にはよく遊んだんだ。あいつは、 ここへ売られたけど、私だっておなしようなもんだ。……武士の家に生まれたが、全て女子。親は泣く泣く私を男に仕立てたんだ」


 分厚いゴツゴツとした手を見つめて自嘲気味に照が言う。そんな照に御構い無しに素っ頓狂な声で


「はい?」


 と驚きを隠せない女郎花。女、しかも薊の同郷の出。一体毎月あって彼ら—————彼女らは、何をしているのか。照の手と、顔を代わる代わるみる女郎花に呆れるようにして、照が肩をすくめる。


「おや、薊は言ってないのか。私は女だよ。……大丈夫、あんたをくっちまおうなんて思っちゃいない。そっちは興味ないんでね」


 女郎花が未だ驚きの渦中にいるとき、照が脱いでもいいぞ、と着物の襟を緩めた。女郎花が慌てて止めたのは、言うまでもない。照は焦る女郎花に、薊も意地が悪い、と微笑む。その笑みは確かに、強かな女のそれであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます