季節外れに梅の実が、生りそうな日

 廊の中、ぼんやりとしている薊を女郎花は気遣わしげに見ていた。寒さも答える冬の朱花ノ都で、薊はしばらく客を得ることができていない。女郎花、百合、椿が入れ替わり、立ち変わるのをただ眺めているだけだった。それすなわち、この寒空の下で夜を、それから朝を過ごしているということになる。薊の腕は心なしか細くなり、頬もあどけなさがなくなっている。薊の少し虚ろな目に、どうしようもなく女郎花は空を仰ぐ。


「今日は雪がよう降りますなぁ」


 薊に向けて言ったつもりのその言葉に、薊が返すことはなかった。


                ***


 フジノが姿が見えると、薊はバッと柵の前まで駆け寄る。俊敏で無駄のない動きは闊達な薊そのものであったが、その顔に無垢な笑みを浮かべてはいなかった。普段通りとは、なかなか行かない。フジノは薊からスッと目を逸らし女郎花を呼んだ。


「今日は何日?」

薊が落ちくぼんだ目を、フジノに向ける。

「ん? 7日だよ」


 毎月7日に来る照を、薊が頼りにしていたことぐらい、フジノも、花たちも知っている。が、その裏の意味を読んでいないかのように無駄なことは答えず、7日。それだけ。だがその努力も虚しく、


はきてないのかい?」


 と薊が聞いた。フジノは一つため息をついた。白い息が煙管から出る煙のように口から吐き出される。


「いや、今回は女郎花をご指名なんだよ」


 その瞬間の怒り。薊の顔が女郎花に向けられて、その目が憎悪に燃えて、まるで猫やら犬のように、短い髪が逆立った。そして怒りは滑り落ちるようにして、表面上収まった。薊は女郎花から目を逸らし、そうかいと一言いっただけ。元の虚ろな目と顔に戻ってしまった。


 女郎花は少し戸惑った。殺意でもあるかのように睨みつけられたその後、あっという間に生気を失った薊になんと声をかければいいのか。そもそもかけるべきなのか否か。逡巡した結果、自分を抱え込むようにして腕を組んだ薊を背に、女郎花は廊の出口をくぐった。女郎花とは対照に、フジノは表情を変えずに廊から離れて行く。


 フジノは何もなかったことにした。ただ、客が花を変えただけた。それは吉原とは違い、此処では許されていること。無情だと照をなじることも、融通をきかせることも、ましてや、花の為に一言口を出すのも、フジノはしなかった。照の待つ部屋へ行く道すがら、ついてくる女郎花を一度だけみると、不安そうな顔をしている。それすら、統括するだけのフジノにとってはどうでもいいことだった。


                 ***


 フジノと女郎花が去った後、一人の男が廊へ近づき薊に声をかけた。木箱を背負っている。


「薊、ちょうど見ちまったよ。熱をあげてたやつに振られたのか?」


 薊がゆっくりとそちらに顔を向ける。ゆらゆらと視線を泳がせていたが、男に焦点が合うと何かを思ったのか立ち上がり、柵まで駆け寄る。そしてその細腕で、柵を握りしめた。


「あんた、を持ってるかい?」

「ああ、勿論。なんでも取り揃えてるよ」

「それを一つおくれよ。ツケは照というやつに」

「あいよ。ま、あんたが払ってくれるとはこっちも思ってないさ。その照さんとやらが十分な金持ってるといいんだが」


 男がそう言いながら取り出した緑の丸薬は梅、という。花たちが時々使うものだ。薊が受け取る姿を傍目で見ていた椿も、百合も、それがどういうものか知っている。けれど、客引きの手を止めず、薊には一言も言わず、男との取引を見なかったことにした。

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