捨 彼岸花

照らすのはその花ではなく

 その客は、普段とは違い、裏口からフジノのところへやって来た。濃い霧のように立ち込める紫煙にすこしも顔を顰めることない。その精悍な顔つきを崩さぬまま


「フジノ、取り敢えず口が硬くて聡い奴と今日は寝る。誰か適当に見繕ってくれ」


 と頼んだ。男にしては背丈も低く、声も高いが、見た目も、その手の武骨さも、男そのものである。フジノは


「おや、薊じゃなくていいのかい?」


 と尋ねた。月に一度、いつもあの廊を通り、一夜だけ薊を買っていく目の前の客はしかし、かぶりを振った。


「偶には、他の奴がいいかと思ったんでね」


 口の端で笑う目の前の客は、武士のように髷を作るのではなく、只その長い髪を結わえているだけ。中性的なその顔立ちに、鉄色の吉原つなぎの柄の着物はよく似合う。鎖の模様が連なるその柄は、一度入れば鎖につながれたかのように逃げることが出来ない、吉原の遊女たちの事情からその名がついたという。変な着物を着ているものだ、とフジノは思ったが、その代わりに


「そうかい。それじゃ、照のいう通りにするよ。ところで仕事はどうだい?」


 と言った。照と呼ばれた客は、


「まぁ、ぼちぼち。わざわざ此処の金を幕府から出してくれてるんだから、幕府内は実情と違って銭はある。あんたらも大変だろう。最近は景気が悪いから客足が遠のくこともあるんじゃないか?」


 と言った。緩やかに弧を描いたその唇はどこか皮肉げで、その目はフジノではなく、畳の縁を眺めていた。フジノは照に


「こちらも同じようなもんだよ。元々、金持ちから銭もらってるんだ。景気が悪くなったところで他人から搾ってくるんだろう」


 と答えた。そして互いに同じようなことを言っていることに気がつくと、どちらからともなく苦笑した。紫煙は部屋に留まって、苦く淀んだ空気を作り出している。しばらくの静寂の後、照はじゃあ先に行っておくよと、勝手知ったる様子でフジノの部屋を去って行った。


 一人残ったフジノはその背を見送ると、窓へと向かった。そして

「さて……、誰がいいかねぇ」


 と、静かに降る雪を窓から眺めて、煙を吐き出した。しばらくすると、照が建物から出て、白い景色に鉄色を加えた。

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