関わり合いと馴れ合いと偽善の往来

 男はそれから椿を買った。その薄汚れた風貌に似合わず、一等の椿を買えるほどの銭は持っていたらしい。いつもと違わずフジノがやってきて、廊の錠をあける。表情に乏しいのか、さして花など気にしていないのか、フジノは矢張り唇を真一文字に結んでいるだけ。大きく開かれた扉の横に立ち、顎をしゃくって椿を促した。


 椿は他の花たちの心配そうな顔を一度だけ見たきり、フジノに続いた。自嘲気味な笑みは相変わらずで、それがますます花たちの顔を曇らせた。それがまた、綺麗に笑うのだ。心に判を押したように焼き付いて、チリチリとそれぞれの心を炙る。朱色の柵から椿の姿が見えなくなった頃、女郎花はがしりと隣の薊の腕を掴んだ。指一つ一つから伝わってくるのは不安と疑問。薊はそれを振りほどくことなく顔を女郎花に向けた。


「椿はん、なにがあったんどす?」


「……何がと言われても、あの薄ら顔はいつも通りじゃないか」


 カラカラと音を立てて薊が笑う。戯けているのは明らかだが、隠れているものは影すら見えない。仕方なく女郎花は薊から手を離して、百合の方へ振り向く。そして手を繋いでいる二人に詰め寄り、同じ質問をする。


「「椿? 知らないよ。なにも言わないんだもの」」


 それは、純粋無垢な返答だ。でも、女郎花が知りたいことを全力で阻むものだった。これ以上は聞くな。という、薊と百合の警告のようにも思う。


「どうして」


 と言おうとして薊が手で制した。「じゃあ……」と何か言葉を続けようとして、薊が一度息を詰める。まるで口から吐き出すものが非常に苦く毒であることを、嫌がっているようだった。道化でいたい、笑っていたい、だけど、ゆくゆくは女郎花に言うべきことであるのだから。そう自分に言い聞かせるようて薊は笑った。


「じゃあアンタは、根掘り葉掘り全てを聞くのかい? この限られた空間で同じように息をしているから? 育ちはどこでどういった子供で、なぜ家族に捨てられて此処へ来たのか。此処へ来てから何人死人を見詰めて来たのか。アンタは全部聞くのかい。一緒にいるから? ……ねぇ、女郎花。人の傷をえぐってまで知りたいことかいそれは」


 薊の笑みはそこで途切れた。だが、それは椿とはまた異なった美しさをたたえて、女郎花の心に引っ掻き傷をつける。薊はどうにかして笑顔をまた作ると、こう言った。


「人に情けをかけたら、此処では生きて行けないよ。それは花同士も同じさ。余計な感情を持ったら気が狂っちまう。それほど花は簡単に摘めてしまうんだよ」


 女郎花は、俯いた。そのままなにも言わない。否定をしないと言うことは、心のどこかで納得してしまっているのだろう。今もこうして自分の気持ちを秤にかけている。そう思っている自分に嫌悪感しか抱けない。女郎花はそう思った。俯いたのはそのせいで、決して滴り落ちる涙を見せないわけではない。静かに泣く女郎花を下から覗き込むようにして薊が


「……泣く子は嫌だよ、女郎花。愚図みたいじゃないか。……椿のことを全く知らないわけじゃないんだよ。アタイも百合も、もう二年ぐらいはみんなで一緒に過ごしてる。だから椿がポツポツと何かを言ってくれることはあるんだよ。ほら、涙なんか流さないでおくれ。アタイの戯言を頭に叩き込んだら、知っていることだけ話してやるからさ」


 と言ったら女郎花が涙で濡れた顔を上げた。薊の顔にいつもの晴れ渡るような笑顔が戻ったのはそのせいかもしれない。百合は、そんな薊をじっと見ているだけだった。

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