ほどくべき時解く帯は

 その言葉に再び硬直した女郎花に構うことはなく、徳兵衛は例のあの絵を女郎花に見せる。淫らに絡み合う一組の男女を目の当たりにして、女郎花は背筋から何かが這い上がってくるのを感じた。此処はそういうところなのか。女郎花は当たり前のことを、改めて思った。自分はこの目の前の、言ってしまえば父と同い年かもしれない男と、そういうことをするのか。階下の花たちはそのことを知っていながら、そういうことをしながら、此処にいることしかできないのか。女郎花の目に暗い影が宿る。その変化を知ってか知らないでか、徳兵衛は


「こんな感じの格好をして欲しいんだよ」


 とやけに軽い口調で言った。女郎花は、あからさまな嫌悪感が出た顔を見られまいと、袖で口元を隠す。まだ薊のようににこやかに押し通すことはできそうにない。口を覆ってしまえば顔というのは案外感情をあらわにしないものだ。袖越しから女郎花は


「……なんでまたそんな」


 と、自身も答えが返ってくるとは思わずにそう言った。これが金の対価であることは明白で、そのために徳兵衛が此処に来ていると言っても過言ではない。だが、想像と現実があまりにも乖離していたことを思い知らされる。父上の為、家の為ならば身を売ることができると思ってここまでやってきた。力のない自分ができることは、これくらいしかないのもわかっていた。そして一塊の銀が自分の価値であることも知っている。そして今、その額があまりにも安いことに女郎花は漸く気がつきた。


 とはいえ、そんなことを徳兵衛が気にすることはない。女郎花のすることは仕事であり、あくまで徳兵衛は真っ当な対価を支払った客である。


「この絵に何か言葉を入れる必要があるんだけどねェ、どうもうまくしっくりこないのさ。あんたちょうどこの女に似てるだろ」


 と言って徳兵衛は長太い指で絵の中の女をさした。女は、ふくよかで色が白く、その口元が成る程女郎花に似ていないわけではなかった。女郎花は、自分の帯をそっと両手でつかむ。 これを解いて、あの女のようにするべきことをしなくてはいけない。意を決して帯を緩めた瞬間に、徳兵衛はそういえば、と女郎花を目で制した。


「アンタは別に、アタシの好みじゃないよ。美しくない仕草をする女なぞ、こっちから願い下げだねェ。それに、アタシみたいな老いぼれ相手に、なんだかんだしたくないだろ」


 それは侮蔑と取れるし、この絶望の一歩手前においての救いであったとも言える。


「ただ人は皆、そういう女を欲しがってるのさ」


 だからとっとと脱いでおくれよ。その徳兵衛の言葉に、複雑な気持ちを抱きながら、女郎花はするりと帯を解いた。

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