壱 女郎花

対面す

 小綺麗にした女郎花は、小部屋へと向かう。


「おばんです、女郎花と申します」

  

 と言って襖を開けると、そこには一人、徳利とお猪口を持って既に出来上がっている先刻の商人がいた。 膳が手付かずなのを見るとどうやら女郎花を待てずに手酌で酒を飲んでいたらしい。そのすでに酔いが回った風情だった商人が、急に真顔になった。そしてその目が上から下まで女郎花の身体を舐め回す。二人だけだから、それとも酒のせいか、柵越しで値踏みをするようにしていた時よりも遠慮がない。女郎花はその視線にいたたまれない気分になったが、動かないようにして襖の前で静止していた。


 今、体を意思を持って動かしたら、きっと女郎花は大声で叫び声を上げるだろう。それを抑えられているのは、薊と見た枯れ果てた花を見たからに他ならない。最初の客。しかもただの出合い頭で叫び声を上げるなど、言語道断である。それに失態を商人が噂すれば、その縦にも横にも広がる蜘蛛の巣のような人の網に簡単にかかってしまう。女郎花はその網にかかっても生きていけるほど価値のある人でも、花でもない。


 男は誰も、女郎花を見なくなる。誰も気にしない女郎花の末路は、階下で見た光景と重なって容易に想像できた。 女郎花は先程着替えたばかりの着物の袖をギュッと握りしめ、商人の不躾な視線に耐えた。奥歯がギリと音を立てたが、それは少し離れて座っている商人には聞こえていないだろう。


 しばらくの無言のやり取りの後、幸いなことに商人は一転して穏やかな隠居人の様な顔をした。角の取れた穏やかな、日向の軒下にいるような老人。丁度、女郎花が薊に抱いた印象のように、此処では少し違和感がある。商人は目尻に皺を寄せて、


「ああ、待ちくたびれちまったよ。アタシは商人だからねぇ。早さ勝負。これからは気をつけるんだよ」


 などと冗談めかして女郎花を揶揄いからかいさえする。酒を一口飲むと、今度は満面の笑みを向けて、こちらへおいで、と手招きする。


「ええ、すんまへん」


 女郎花は少し拍子抜けしながらも顔には出さないように、笑顔を作った。今までは自然と笑みが出てくるか、苦笑いしかしてこなかったが、案外うまくいくものだ。声には出さなかったが、笑うべき時に笑うことができて女郎花は安堵した。そして襖を閉めた後、商人の方に歩み寄り差し出された徳利を受け取る。徳利を両手に持ち、女郎花がお猪口に酒を注ごうとしたその時、商人がガシリと女郎花の腕を掴んだ。それは薊の力など比にならないほどで、徳利が女郎花の手から滑り落ちる。畳に横倒しになった徳利から酒が垂れ流れているのにお構いなく、商人は脂のついた歯を見せながら


「そうじゃないのさ。その仕草は」


 と言った。

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