印の押捺と名の喪失

 女は煙管をくわえたまま、引き出しから何かを取り出した。


「それから、此処にいる奴らは焼き印を押すんだ。本来ならば左上腕につけなければいけないんだけど、私は自由にさせているよ。どうせ誰も見ない形だけの印だからね。目立たないところにしてもいい。目立つとこにしたって構わない。お前さん、どこが良い。」


「フジノ様は、どこに印を押しになりはったんですか」


 どこにも印がないということは、多分着物で隠れているのだろう、娘はそう思ったものの、どこに押せばいいのかわからなかったので、女に聞いた。


「私かい。私は左頬だよ」


 そう言って、フジノと呼ばれた女は、左頬に目指した。その肌はゴツゴツとして、人のようではなかった。それと同時に、印のようなものも押されていなかった。


 娘は不思議なものを見るような目で、じっと女の左頬を見つめる。と、フジノは唐突に自身の肌をベロリと剥がした。そこには、伍百参と書かれた焼印と、それを真っ二つに裂く刀傷、それから傷を縫った赤い糸が見えた。フジノは剥がした肌を皮肉げにぺらぺらと揺らし、


「これは私のじゃない。鮫肌だよ。昔いたんだ。客に医者が。そいつがね、私に付けてくれたんだよ。私の肌よりはマシだろってね。こんな馬鹿なところに押したいなんて言うんじゃないよ。あんたは賢くなりな」


 と言った。そして用は済んだとでも言うように再び肌を元に戻した。暗がりでは分かりづらいものの、言われてみれば凹凸のある肌だった。娘はしばらくじっとフジノの頬を見ていたが、何かを決心したように、


「フジノはん。印は太腿に、よろしゅうお頼申します」

 と言った。


 フジノは引き出しから取り出していた火搔き棒で火鉢のような物の灰をよけた。そして熱を含んで紅く燃えている烙印を棒につけて


「裾をまくりな。一気に行くよ」

 と娘に声をかけた。


 娘は言われた通りに裾をまると、白い艶めかしい脚を見せた。庶民のやせ細った骨に、皮が付いたような足ではない。印を押すにはあまりに勿体無いようないい肉付きの脚だ。男どもが見たらさぞかし悦ぶだろう、フジノはそう思ったが、その脚をガシリと掴むと、容赦なく印を押し当てた。


「っっ……!」


 声にならない痛みが、娘の体全身に走る。それでも娘はまた泣くまいと唇を再びぎゅっと噛み締めた。フジノは印を押すと、引き出しから小瓶と手ぬぐいを取り出した。小瓶に入っていた液体を手ぬぐいに含ませ、先ほどつけた印にあてがう。


「よく耐えたね。悲鳴をあげると思っていたから少しびっくりしたよ。案外強いんだね、お前さんは」

 フジノの言葉に娘は弱々しく笑った。



                 ***

 それから娘に女郎花の紋の入った着物着せると、フジノは少し満足したように煙管をもう一服した。


「最後に、お前さんの名前をもらうとするよ。あんた、名前は」

「■■■■■、どす」

「ふん、良い名だ。その名を聞くのは私が最後になりそうだがね。さあ、。階下に行ってきな」

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