法度外の自由と、決められた着物

「顔を焼かれちまったらおしまいだ。もう菊に男は寄ってこないだろうね。菊まで言ったのなら、あン中ではよほどいい女だったに違い無い。惜しいねぇ。あとほんの少し我慢すればよかったのに」


 女は顔色を変えずにただ、今あったことにも淡々と口にした。そんな女とは対照的に、娘は悲鳴を押し殺すように手を口にあてている。


「あの方、手当せんと」


 絞り出すようにして娘はようやく声を出した。そんな娘に女はふんと鼻で笑った。


「その権利は、菊ごときに無いよ。放って置かれるだけさ。それにしても目になんて、タチの悪い火傷だ。 いづれ膿が出て、見るに堪えない顔になるだろうね」

「どうして」


 そこまで言って娘は言葉を続けるのを止めた。女が険しい顔で娘を見ているからだ。女は、娘が少し前に書き上げた契り文を片手に取り、娘の眼前に突きつける。


「ここにいる限り、お前さんには何の権利もない。 全て自己責任。誰も助けてはくれないよ」


 契り文*には、ここは法度で守られていない旨、見廻組は女の身を守るためではなく、男の警護をするためのものである旨などが書かれていた。娘は先方、何も考えずに拇印を押したことを思い出した。今ようやく女の言い分がわかり、娘の背筋にひやりと汗が垂れる。


「欲を出すなと言うのは、よくわかっただろう」


 娘は、どこか投げやりな女を見て何か物言いたげな顔をしていたが、諦めたように口をきゅっとつむんだ。


「まぁそんなことはどうでもいい。要は死にそうになることなど、いくらでもあるんだよ。心しておくことだね。私が花を聞いたのは、死んだときに美しい花が横にあるのはいいものだからだよ。私はちゃんと好きな花を手向けてあげるようにしているんだ。前にいたフジノから、それがうちの館の決まりだよ」


 娘は少し逡巡して目をウロウロと泳がせたが、再び女に顔を向け、


「……フジノはんて、どないな方ですの」


 と言った。女は娘に少し呆れたような顔をして、 壁に掛けてあった女郎花の着物を指した。


「あんた此処のこと全く分かってないようだから説明するけどね、着物は女の立ち位置を示すものなんだ。最初はこの着物。女郎花から始まって、あざみ、百合、菊、それから椿。そして私のような管理役はフジノというんだ。フジノは、死んだら新しい輩が後釜として入るのさ。前のやつは男が持ってきた流行り病で、あっという間におっ死んだよ」


 女は、また眉間に皺を寄せて険しい顔をする。今度はしかし、少しだけ哀しみが見て取れる顔だった。娘はそれに気づいたのか気づきていないのか


「変なこと聞いてしまって、すんまへん」


 と言った。女はまた元の無表情に戻り、


「……さっきも見ただろう。兎に角、長く生きたければ強欲にならないことだ」

 と吐き捨てた。娘は、何も言わずにずっと女の顔を見つめていた。




 *契り文:契約書のこと

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