暗がりに潜む死という花の名前

 薄暗がりの部屋に、二人の女がいた。一人は一国の姫君が着そうな高価で愛らしい着物を着ていた。だがその女に可憐さなどない。 淡い藤色の着物の襟は胸元まではだけている。そして女の手には黒蝶をあしらった煙管が。よく手入れがされているが、年季が入っている。女は煙管を真っ赤な紅が塗られた口につけ、ふぅと煙を吐き出した。障子越しから漏れ出ている光が煙で霞み、女をさらに妖しげに魅せる。


 その妖艶な女は、目の前にいる少しおびえた若い娘に、


「お前さん、もし死んだら手向けの花はどれがいいかい」


 と言った。単調で感情のこもっていない声色からは、冗談とも本気とも取れない。


 目の前の娘は女とは違い、随分と簡素な浴衣を着ている。歳は二十ぐらいで娘とは言い難いが、どうもおどおどとしていた。その狼狽具合から女と呼ぶよりも娘と言った方が良いかもしれない。娘は女の言葉を聞いて、大きな瞳を潤ませた。そしてその瞳から涙が一筋つたう。


 女は娘が泣いているのを見ると、すっと目を細めた。だが、その切れ長の目から哀れみの感情は一切伝わってこない。数え切れぬほど女の涙を見てきたのだろう、寧ろ女の涙を鬱陶しく思っているようだ。


 娘は、自分が涙をこぼしたことに驚いたのか、一層狼狽している。そしてもう一度泣くまいと、薄皮の剥けた唇を噛み、薄汚れた媚茶色の浴衣の袖を音がなるまでつかんだ。


「……死ぬ、だなんてそんなこと……言わんといてください」


 かすれた声で娘がそう言うと、女はフン、と今度こそ馬鹿にしたように鼻で嗤う。


「随分といい具合に阿呆じゃないか。どこからやってきたのか知らないけど、喋り方からして貧乏公家かどこかだろ。お前さん、どうせお家のためとか言って言いくるめられたんだね」


 娘は肩をビクリと震わせ、一段と強く唇を噛んだ。追い打ちをかけるように女はククッと笑って娘を一層小馬鹿にする。


「どうやら何も教えられてきていないようだね。これだからお公家様はいやなんだよ。あんたたちは家をかたむかせておいて、傾きかぶき方を知らないじゃないか」


 女は娘がどう出るか探るようにしばらくじっと娘を見たが、娘は畳を見つめて何も言い返してこない。沈黙が物語るのは、娘がはねっ返りの強い町人の娘ではないということだけ。女は少し肩を竦めて、


「……冗談だよ。でも、ここで何人も女が死んだのは本当さ」


 と言った。女の言葉にようやく娘は感情を見せ、ガタガタと震えだした。屈辱と恐怖がないまぜになって、娘の体躯を『死』という言葉が駆け巡る。だが、娘は反論することも叫ぶこともなく、口を真一文字に結んだだけだった。女はそんな娘を一瞥して、煙管をもう一度ふかす。その目にはやはり同情の色はない。煙管から吐き出された煙は、ゆらゆらと戸の閉められた部屋の中を漂っていた。


 女は不意に窓際に寄り、障子をつぅと開けた。月明かりと、灯篭の光が一気に室内に入ってくる。また、女が窓を開け放つと、今まで遮られていた喧騒が香の甘ったるい匂いとともに、部屋の中に入ってくる。娘が眩しさに手を目の前にかざすと、女がまた少し小馬鹿にしたように笑って手招きをした。


「おいで。ここがどんなところか、見せてやろう」

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