眠り
これまでの戦闘を思い浮かべながら鍛えていく。
思えば能力に頼ってばかり、アルスは魔力を纏わずともかなり手強かった……あれ程までとは言わないが。
己の基礎身体能力が高ければ高い程、それに俺の能力で上乗せ出来るんだ。
「ぐっ……」
腕立を三百回程度繰り返しただけで俺は崩れてしまう。
痙攣する腕を、無理やり立て起こす。
この程度で音を上げていては、まだまだ俺は強くなれない。
―――――――――――――
「はあ、はあ……はっ、やり過ぎたか」
俺は体中の悲鳴を浴びながら灰色の地面に寝転ぶ。
身体が限界と言っても、無理やりに筋肉を壊していった。
『理想』を思い浮かべ続け……もう何時程経っただろう。
「はは……朝になってたんだな」
夜の暗い灰色が明るい朝の灰色に変わっている。
いつの間にか、長い夜を越えていた様。
少しだけ眩しくて、俺は目を瞑った。
何をどれだけしたかなんて、もう覚えてない。
少しでも強くなれるなら……そう思って我武者羅に鍛えた。
毎日これを続ければ、俺は強くなれるんだろうか。
「……藍、君……」
俺がぼーっとしていたら、不意に樹の声がした。
目を開けると、俺を覗き込む様に居る樹。
「はは、どうしたんだよそんな顔して」
俺は身体を起こし、樹と対面するように立つ。
その表情はとても申し訳なさそうで……まあ恐らく一人で寝てしまった事だろう。
疲れのせいだろうし、俺は全く気にして無いんだけどな。
「……僕……その、ね、寝ちゃって……」
顔を俯かせて、小さくそう言う樹。
「……ごめん……なさ……」
「大丈夫だよ、朝から頭なんて下げなくていいって。なんなら……寝ている間に俺は、樹に助けられたしな」
俺は謝る樹を遮り、小さい肩を持つ。
「……?」
俯いて居た樹はその顔をやっと戻し、俺に向き直った。
どうやら『助けられた』ってのが不思議に思ったのか、表情がハテナを示している。
まあそりゃそうか……寝ている間になんて何も分からないし知らないだろう。
「あー……その、樹の寝顔が凄く良かったんだ」
俺が恐怖に支配されそうになった時、助けてくれたのは間違いなく樹の寝顔だ。
でも、言葉として何か変になっている気が……
「…………っ」
キョトンとして、一瞬の間を置いた後顔が紅く染まっていく樹。
せっかく戻ったのに、また俯いてしまった。
はは……やっぱり何か間違っていたな。
「っと……ごめん」
樹と話していると、俺の中で緊張の糸が切れたのかふらつく。
「……!……こっち……」
そんな俺を支えてくれた後、樹が寝ていた場所に俺は連れられる。
「……」
「はは、ありがとな」
まあつまり俺に寝てと言っているんだろう。
確かに徹夜はかなり応えた。
今もう、すぐに意識が飛んでしまいそうだ。
「おやすみ……樹。何かあったら起こしてくれ」
「……」
頷く樹を見ながら、俺の意識は深く落ちて行った。
――――――――――――――――
―――
眠りの中、俺は何かに包まれている感覚だった。
身体が急速に回復していく、そして精神も。
心地良い眠りが覚めていく――
――――――――――――――――――――――――――
寝起き特有の倦怠感は全く無い、清々しい朝。
「おはよう、樹……何も無かったか」
身体を伸ばしながら、すぐ傍に居た樹に声をかける。
「……」
頷く樹、良かった。
「……そ、その、もっと寝なきゃ……」
俺が寝床から出ようとすると、樹は気遣う様そう言ってくれる。
「はは、大丈夫だよ。本当に良く寝れた……結構寝てたんじゃないか?」
この言葉に全く嘘はない。いつもと同じかそれ以上寝ている感覚だ。
「……まだ、二時間、ぐらい……」
「まじか」
二時間といえば、俺の睡眠時間の三分の一以下だ。
でも、この身体に満ちる充足感は嘘じゃない。
そういや今までに無いぐらい寝心地が良かった……あんまり覚えてないんだけど。
「もしかして、俺が寝ている間に何かしてくれてたのか?」
「……う、うん……」
俺がそう問うと、樹は小さくそう答えた。
これはかなり大きい、俺の休息時間が短ければそれだけ探索に時間が割けるし、樹を一人にさせてしまう時間も減る。
……気のせいか、樹の顔が赤いような。
「これから俺が寝る時は、毎回頼んでもいいか?」
「……」
頷く樹。お陰で凄く助かるな。
でも一体何をしているんだろう……まあいいか。
今はその、お腹が減って仕方が無い。
「ありがとう、それじゃ……朝食にしようか」
話はご飯を食べながらでいいだろう、さて……弁当箱の中はどうなってるかな?
――――――――――――――――
「…………」
「…………」
俺達は、焚き火を囲んでいた。
俺まで無言なのは、今肉を頬張っているから。
とにかくこれが美味いのだ。
弁当箱を開けると、昨日と全く同じ様子の肉が入っており、腐っているような印象は無かった。
そして……俺が毒見として食べてみれば、これが昨日のより美味かったのだ。
何がどう変わったかは説明できない。でも……味が向上したのは分かる。
原因はまあ恐らく、この弁当箱。
「俺の能力、意外と優秀なのかな」
樹の入れてくれた水を飲み呟く。
「……」
幸せそうに肉を頬張りながら、こっちを見て頷く樹。
不意なその表情に、俺は鼓動が早くなる。
……俺の能力も、捨てたもんじゃないな。
――――――――――――――――
「ふう、美味かった」
俺はお腹を手でさする。満足満足。
「……ごちそう、さまでした」
樹もまた満足そうな様子だ。
「はは、お粗末さま。……さて、これからなんだけどな」
俺は区切り、樹に向き合い口を開く。
「この土地の地図を、作ろうと思うんだ」
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