電気


「…………」




頭を撫でてやると、樹はいつのまにか寝ていたようで。


俺よりもずっと疲れていたんだろう。


今まで何があったか分からないが、本当に波乱だったに違いない。



「よっ、と……おやすみ」



鞄から前に王国から支給された服を取り出し、畳んで枕に。


俺の制服の上着を脱いで掛け布団代わりに。



「ごめんな、流石に布団までは用意できなかった」



寝ている樹が起きないよう静かにそう言い、俺は立ち上がる。


心地よさそうに寝ている様子で良かった。



「……さて」



俺は、今日の戦闘で足りない物を考える。


うん、考えるまでもないか。


……それは、『スピード』だ。


俺は狼との戦闘の時、狼に対してカウンターという形でしか攻撃出来なかった。


靴に炎を宿したとしても、まともに相手出来なかったかもしれない。


しかもずっと持続させていたら、魔力が持たないしな。




結果、俺は犬のスピードに圧倒され、攻撃も躱された。


しかも追加の攻撃にも反応出来ず……樹の防御魔法がなければ本当に危なかっただろう。



これは全て、スピードがあれば解決できる。


俺自身の身体能力を上げるのも大事だ、だが直ぐに上がる訳じゃない。


それは鍛練を繰り返してゆっくりと伸びていくものだからな……それも頑張るけど。




手っ取り早いのは、何か俺の魔法で速さを得る事だ。


炎を身体に宿すのみでは足りない、もっと早くなれる方法を。


もちろん魔力を節約してかつ、速さを得る方法があれば良いんだが。



「……何か、ないもんかな」



俺は、鞄の中を手で探る。


このスマートフォンも、前の世界では大活躍だったんだけどな。


GPSもネットもなければ、ただの時計とメモ……あとライトぐらいにしかならない。まあそれでも十分だが。


充電はなぜか切れないから使えるっちゃ使えるな。



あとは教科書……捨てるともなんだから置いてるが、役に立つ未来が見えない。


俺の好きな現代文も全部読んじゃったしな。


もちろんこれから、靴や制服みたく何か使えるような能力が分かるかもしれない。



使えるものといえば、筆箱の中は大体全部使えそうだ。


のりとかペンとか鋏とか。もう鋏は役だったな。



あとは――



「これももう、使い道ないか」



鞄の奥にあったそれを、俺は手に取った。


拳一個分ぐらいの黒い塊からコードが伸びている……スマホの充電器だ。モバイルバッテリーって言ったっけ。


俺のスマホは安い中古を買ったせいか、バッテリーがもうイカれていたのだ。


そんな物を今まで使えたのは、コイツのおかげという訳で。


前の世界では本当に大活躍だったんだが……肝心の本体がもう充電の必要が無い、それがもう存在価値を示している。



「電気、か」



クラスメイトの中には、『雷属性魔法』の固有能力を持った奴もいたっけな。


雷は静電気による現象、立派な『電気』だ。


まあつまり、雷属性魔法は電気を様々な形で扱える魔法なんだろう。



「……」



ぼーっと、灰色の空を見て思考する。


『電気』、それは早さで言えば光速に次ぐぐらいのモノだったっけな。



……仮に。


もし、俺がその力を得られたならば。


その、『スピード』を得られたならば。



「……まさかな」



俺はなんとなく、充電器から伸びるコードの先に手を触れる。


こんな行動で『感電』なんてするはずも無い、なのに俺は……酷く恐れていた。


この世界では、前までの『常識』が通じないから。




「……」




『もしかしたら』、つまり可能性はゼロでは無い。


俺は震える手で固くコードを握りしめる。



「はっ……はっ……」



靴、ライター……それらは魔力を送り込む事で発現した。


『何か』が、起こるかもしれない。


新しい可能性と、不安の焦燥が俺を攻め立てる。



「……『増幅』!」



振り切るように、俺は――その詠唱と共に魔力をコードに送り込む。


一瞬、何か身体に途轍もない違和感が駆け巡る。


魔力が何か、俺の身体で『変換』されている――そんな感覚が。




『嫌』な予感……このままだと不味い。




手をコードから離そうとした一瞬の狭間――



「――っ、あああああ!」



胸から腕を伝い、掌からコードへと巡る『雷』の感覚。


紛れも無い『電気』の、言葉に出来ない痛み。甚大な魔力の減少。


頭がおかしくなりそうだった。



「はあ、はあ……」



コードを離す。それでも痛みはゆっくりとしか離れていかない。


その痛みは恐怖へも変わっていく。


それはヒトとして、人間である限り克服できないような。



「っ……」


朦朧とする頭を抑え、俺は震える手で充電器を掴んだ。


恐る恐る充電器を鞄に入れ、チャックを閉じる。


今はもうそれを見るだけでダメだ。




震える手足と歯軋り。




自分の能力が、初めて怖く感じた。


敵ではなく己自身の能力だからこそ……この恐怖感は中々止まない。




「……ん……」



不意に、俺の悲痛な声のせいか樹が寝言と共に寝返りを打った。



俺の制服を被り、幸せな表情で眠る樹の寝顔が見える。



「……はは」



今の俺の状態と正反対の彼女を見て、思わず笑ってしまう。


恐怖感が少しずつ溶けていく。


また、樹に助けられてしまった。



「……」



深呼吸を一つ挟み、俺はまた空をぼーっと見る。


今はもうさっきの事は何も考えないで居よう。



『電気』、それはもう俺の思っている以上に危険で、もし何か試す時は樹の起きている時にするべきだ。



「今はもう……鍛えるしか、ないな」



近道を探すのは一旦止めよう。


今俺が確実に強くなる為には、己の肉体を鍛えるしかない。


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