選択肢

「はは、そうだよ。覚えてたか、『卑怯野郎』さんよ」



……瞬間、敵意と共に、凍りつくような殺意が俺を襲う。



俺の脳が、尋常じゃない危険信号を発するのを感じた。




「樹!離れろ!」




後ろにいる樹に、前を向いたままでそう叫ぶ。



この人を、樹の近くには置いておけない。


「拍子抜けだな、人質をわざわざ逃がすとは」



何か言われる度に、寿命が縮んでいくような感覚。


考えようとするが、思考がまとまらない。


本当に、前会ったときの人と同一人物なのか怪しいぐらいだ。



「っ、アルスさんは何か俺達に、用でも有るんですか?」



絞り出した言葉は、弱々しく。



「はは、そうだな……まあいいか」



束の間の静寂。



俺は、渇いた唾を飲み込んだ。



「……王からの命令だ。お前を始末しろってな」



最後まで言った後、腰の小さめの剣を抜き。



「ってわけだから、お前には死んで欲しいんだよ、いいか?」



そう吐き、こちらへゆっくりと歩いてくる。


王からの命令って、なんだよそれ。やっぱり追っ手が来たってことか?


……ああ、くそ。考えるな、今はこの現状を打開しないと。




距離はまだある。それなら……備えておくのが一番だ。



「『纏』」



そう唱え、魔力を纏わせる。いつもよりかなり多めに。



それでも、この人の未知の攻撃を受け切れるかと言えば、俺の第六感からして無理だろう。



戦っても恐らく勝てない、話し合いで解決するなんて有り得ないだろう。




それなら……取る選択肢は、一つ。




――逃げる、しかない。




樹が遠くに行ったのを確認しておく。


俺は、何も算段なしに逃げると言っている訳ではない。



火力が自在な『ライター』。


音質が以上なまでに上がる、『ミュージックプレイヤー』。


温度が自動で調整される、『制服』。





なら……この俺の『靴』はどうだ。


そう、脚を飛躍的に早くする効果があると考えていいだろう。


実験でもやっていればよかったが……していないからその可能性に掛けて、逃げ出す瞬間に魔力を靴に送り込むってのが算段だ。




背中に剣でも刺さろうが、魔法で燃やされようが……絶対に、この男から逃げ切ってやる。




――樹と、これからも一緒にいるために。

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