『増幅』

 俺は、なんとか立ち上がり。



「……しぶといな、起きたか」


遠くから山本の声が聞こえるが気にせず。




「『増幅』」




目を閉じ心臓の横に手を当てて、そう唱える。


魔力が、俺の中に広がるのを感じた。



「おい、聞いてんのか!」



「『増幅』、『増幅』、『増幅』……っ!」



繰り返し唱えていく。


魔力が俺を圧迫して気分が悪くなる。


気を抜いたら、倒れてしまいそうだ。



「……チッ、お前ら、やれ」


こちらへ向かってくるような、足音が聞こえる。



「『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』『増幅』」



俺は構わず詠唱を重ねた。


途中から俺の身体を、魔力が壊していくような、そんな感覚が襲う。



だが構いやしない。


今この時、山本に勝てるのなら。


『覚悟』はもう、ずっと前から決めてある。




何回唱えたか分からない程に唱えた時、近付いてくる存在を感じて、目を見開いた。



「……おら!」



気付くと、前からまた二人組が襲ってきていた。


一人がこちらへ剣を振るってくる。



「『纏』」



魔力を纏う。


……こいつらには、あまり構ってられない。



「っな!」



気のせいかあまり力が入ってないその剣を片手で掴んで、奪う。


そのまま剣を無くした奴に胴へと一閃。


そいつはそのまま踞る。


もう一人は、俺の目の前で震えていたため無視。


俺は二人が何もして来ない事を確認してから、剣を捨てて前を見る。



「……チッ、もういい、ウォーター!」



山本の杖に、魔力が宿っていく。



「『増幅』」



俺は最後にもう一度唱える。



「『我に力を。敵に破壊を。天地を駆けるその存在よ、この手に集え』」



山本は先程とは違う詠唱を。



俺はポケットからライターを取り出し、身体に宿る膨大な魔力を注ぎ込み、着火。


同時に、激しく燃える、赤い炎が現れる。



「『其の形を大いなる波とし、敵を覆い尽くさん』」



続けて詠唱を行う山本。


一方の俺は、目を瞑りイメージする。



――俺が望むのは。



普通の火ではない。


燃え盛る、真っ赤な炎ではない。


火柱のような立ち昇っていく、大きな炎でなくていい。





――ただ、俺が望むのは。




『水』でさえも燃やし尽くす、そんな火。




俺は、目を開ける。





――ライターには、赤とは異なる......蒼い小さな火が宿っていた。





「『タイダル・ウェーブ』……は、はは、死ね!藍!」



幾多の数の水球が弾け、膨大な水が生まれる。


同時に先程と比較にならない程の、大きな波となり。


俺を覆い尽くさんとばかりに迫ってくる。



「『纏



……違う、このイメージじゃない。


唱えてから溢れ出ていく魔力。



それを止めて思考する。



――この蒼き火を、俺の『身体』に。



ならば、そのイメージは。





それならば、唱える言葉は。





「『付加エンチャント』」



イメージと言葉が絡まり合う。



その瞬間。



蒼い火が俺を覆い尽くし消えていく。

気付くと、身体のあちこちから蒼い火が燃え上がっていた。


熱は感じるが苦痛ではなく。

力が溢れてくるような、そんな感覚も感じる。


また魔力が尋常でないスピードで減っていることも。

その感覚を確かめてから、俺は迫りくる水の壁に向かって歩く。



……怖くないわけがない。



この水に押し潰されてしまったら?


あっけなく負けてしまったら?


この方法は本当に正しいのか?


不安なんてものは、底から幾らでも湧いてくる。




――でも、俺には。




守りたいと思う『存在』が。


勝ちたいという『信念』が。


父さんがくれた『灯火』が。



俺は今、全ての恐怖を凪ぎはらって駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る