第九章 その五
あれから二十年。ずいぶんと時が経ったものだ。私の人生は何だったのだろう。死を目前にして自らの人生を振り返る。それは誰しもが行う行為だろう。そしてその結果に満足できる人間なんてほんの一握りなのかもしれない。
「私は・・・何を手に入れたんだ?」
金はある。地位もある。この死に瀕した時にあっても、私の言葉一つで動く部下がおり、私の口座には金が流れ込んでくる。しかし、なんだろう。この孤独感は。私立病院の個室。一人でいるには広すぎる病室。だが、私のそばには誰もいない。最愛の娘とすら連絡が取れなくなった。
「愛・・・どこにいるんだ・・・」
あの日から二十年。私は持てるものの全てを投じて双子の神について調べた。全てがわかったわけではない。だが、一つだけ明らかになったのは、神は一対の存在であるということだった。巴と対をなす存在。静。これが双子の神と言われる所以。そして、その存在、思考、能力の全てにおいて正反対の存在。まさに陰と陽の存在。おそらく、巴というのは陰の存在なのだろう。あの時に感じた絶対的な恐怖は今も忘れられない。人を人とも思わぬ考え方。まさしく忌神と呼ぶにふさわしい存在。ならば、その対をなす神とはどのようなものか。私の興味はそこにあった。
だが、全く分からない。あの社と成和村の過去に関係がある。そこまでしかわからない。私に何が足りなかったのだ。いや・・・違うな。足りなかったのではない・・・間違っていたのだ。自らの身、可愛さのあまり娘を殺した父親。全く無関係な少女を己のエゴのために巻き込み、親子の間を引き裂いた男、己の欲のためにもう一人の娘すら見捨てた最低の父親。そんな人間にはわかるはずのないことなのだ。
そして、最近私の近くには巴の気配を感じる。あの時のような圧倒的な力は感じられないが、私が死ぬのを待っている、いや、ようやく私に復讐する時が来たと言わんばかりの威圧感。おそらくは、私の心臓をひねりつぶすくらいの力はあるのだろう。今も病室の入り口近くで私の方を見ている。
「巴・・・そこにいるんだろう?」
独り言だった。別に巴に声が届くと思って語りかけたわけではない。だが、巴は答えた。
「やぁ、丈夫。いつから気が付いていたんだい?僕の気配がわかるようになるなんて、ずいぶんと成長したじゃないか。」
二十年ぶりに見る巴。その姿は少女の姿ではなく、二十歳前後の女性の姿。長い黒髪に黒のロングワンピース。顔面は蒼白ではあるが見るものを虜にするであろう美しい顔。まさか、これが巴なのか・・・
「その姿・・・」
「あぁ、これかい?前にも言っただろう?僕にとって姿なんて言うのはどうでもいいんだよ。ただの情報に過ぎないんだ。大切なのは僕が僕であることだ。そして、この世に生き続けることだ。君は僕の一つの念願を壊した張本人だ。まさかこんな貧弱な人間に邪魔されるとは夢にも思わなかったけどね。でも、まぁいいさ。僕の宿願はもうすぐ叶うはずだ。今となっては君に感謝しなければならないかもしれない。静の存在を思い出させてくれた君にね。」
そう言って、凍てつく視線をこちらに向けて続ける。
「静は僕の姉なんだよ。もうどのくらい前になるのか・・・すっかり忘れていた。君たち人間を恨むことになった理由。それを思い出したんだよ。本当に君には感謝するよ。僕が生にこだわった理由も思い出した。僕はすぐには復活できない。なんといっても器が脆弱だからね。麻耶に移した依代としての資格を失いかねない。まぁ、転生くらいの力は与えたから、あとは勝手に僕を復活できる器を見つけるだろうさ。その時・・・すべてが終わる。終わらせる。人間たちすべてに復讐する。」
そう言った笑い出す。
「巴、何を考えている?静のことを恨んでいるのか?」
「ダマレッ、ニンゲンガッ」
私の言葉に敏感に反応した巴が怒りを顕わにする。髪は逆立ち、目は血走っている。
「・・・く・・・」
「ふ・・・いやぁ、申し訳ない。僕としたことが、ちょっとだけ本気になってしまったよ。もういいよね?君と話をするのも疲れた。そろそろ死のうか、丈夫。」
そう言って右手を私に向かって伸ばしてくる。恐ろしいほどに冷たい。その手が私の胸の中に入り込んできた。全てが止まる。私の呼吸、鼓動、思考・・・これが・・・死・・
「そうだ、最後に教えてあげるよ。君の愛しい娘の子孫。これが僕の復活のカギなんだよ。はははははは・・・・」
何を・・いって・・イルノカ・・・ワカラナ・・・・・・・
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