第九章 その四

 数日後、私は高橋家に来ていた。高橋家というのは麻耶という少女の家だ。私は自分の恐ろしい考えを実行するためにここにやってきていた。


「先日、うちの娘が行方不明になりましてね。探していたんですよ。まさか、あなた方が連れ去っていたとはね・・・」


 少し芝居がかった話し方ではあるが、そのくらいの高圧的な態度でなければ騙しきることはできない。


「・・・・」


 父親は下を向いたまま何も言わない。


「村の崖、小さな社があるところなんですが。ご存知ですか?」


 私が投げかけた言葉に父親はビクッと肩を動かす。


「そうですか・・・知っているようですね。・・・実は、あの崖の下から少女の死体が見つかりましてね。いろいろと調べたところ、どうもお宅の娘さんのようなんですが・・・どういうことなんでしょうかね。」


 敢えて低く、小さめの声で話す。少しでも説得力を増すように。今私が話している内容は全てでっち上げだ。あの少女は紛れもなく高橋家の子供であり、崖下に落ちて死んだのは私が突き飛ばした舞だ。


「申し訳ありません。」


 そう言って高橋夫妻は頭を下げる。小刻みに震えているのは恐怖からだろうか。私は思い通りに進んでいるのに喜び、思わずほくそ笑んだ。


「申し訳ありませんと言われましてもね。どういうつもりなのでしょうか。娘を連れ去ったんですよ?」


 ここぞとばかりに畳みかける。この夫妻の心を折るなら今しかない。


「まことに・・・誠に申し訳ございません・・・」


「そう言われましてもね。こちらも困るのですよ。」


「娘さんはお返しいたします。ですから、どうぞお許しください。」


 そう言って夫妻は床に土下座し、私に懇願してくる。全く持って私の狙い通りに事が進んでいる。ここまで簡単に事が進むとは思っていなかった。単純な奴らだ。このあたりで一つ策を打っておくか。


「・・・実は、私の方からもお願いがあるのです。」


 敢えて口調を変えて私と夫妻の距離を近づけようとして話を続ける。


「実はですね・・・私の村には双子を忌み嫌う信仰がありまして・・・ご存知でしょうか。」


「いえ・・・まったく・・・」


 父親が返事をする。


「いえ、ご存じないのも当然です。小さな村ですからね・・・まぁ、悪しき風習なのでね、私はこの風習を変えたいと努力してきたのです。なんといっても私の娘も双子ですからね・・・」


「はぁ・・・」


 父親が顔を上げて何を言いたいのかわからないという表情をしている。当然だろう。突然娘の話ではなく、村の話を始めたのだから。しかし、これは伏線なのだ。これから私が話そうとしていることの。


「私たちの村が漁業で主な生計を立てていることは知っているだろうか。しかもその状態は日に日に悪くなってきているということも。それはちょうど三年前くらいから始まったことなのだ。そしてそれを私の双子の子供たちのせいだというのだ。こんなバカなことがあるだろうか。魚が取れなくなることと双子の子供が生まれたことに何の因果関係があるだろうか。」


 多少、演技臭いところはあったかもしれないが、本心だ。・・・いや、本心だった。


「・・・そうは思いますが・・・どういうことなのでしょうか。」


 父親はまだ話が呑み込めないようだ。まぁ、それも当然だろう。今私が考えているのは己の保身のこと。私が娘を殺したということがバレてしまっては困る。


「つまり・・・」


 そこまで声を出してから渾身の演技を見せる。高橋夫妻に頭を下げ、舞を麻耶として育ててくれるように頼むのだ。一般人には十分すぎる金も準備した。この出費は正直痛いところではあるが、私の立場を守るためだ。致し方ない。


「舞を・・・麻耶さんとして育てて頂けないだろうかっ。村では恐ろしい計画が持ち上がっていることを知ったのだ・・・私の娘のうち、一人を殺すというのだ。私がそれを許すわけがない。だが・・・悔しいが私一人の力ではどうにもならない。それならば・・・いっそ・・・この方が舞にとって幸せだと・・・思いたい。」


 決まった。これでこの夫妻は落ちた。これで私は安泰だ。地位も守られ、巴という恐怖を排除することができる。あとは、双子の神とやらのことを調べ、どう対処していくのかということだけだ。神と名乗るだけの力があるのならば、うまく利用できれば私にとっても有益なものになるのかもしれない。それまで・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る