第八章 その九

 外に出た時、屋敷はすでに半分ほど火に包まれていた。


「旦那様!急いで下さい!」


 自動車から雪子の声が聞こえる。娘達は泣きべそを浮かべながら私の方を見ている。

 私は走った。自動車に駆け寄り、セルモーターを回し、一気にアクセルを吹かし屋敷の門から外に出る。その際、屋敷の周りに誰もいなかったということに私は気がついていなかった。


 一気に村を脱出しようとした私達だったが、屋敷を出てすぐの道の真中に立ちはだかる男がいた。その男は両腕を広げ、私たちに自動車を止めるように促している。


 その男は弥彦だった。


「参ったな。弥彦には見抜かれていたのか・・・」


 独り言のように呟く。


「旦那様。どうしますか?このまま突破しますか?」


 雪子が恐ろしいことを言う。


「いや、そうも行かないだろう。」


 そう言って私は自動車を停める。自動車が停まったのを確認した後、弥彦が運転席に近付いてきた。


「早くいけ。お前たちは全員あの屋敷で心中したということにしてやる。」


 弥彦は私の顔を見もせずに言った。


「弥彦、お前・・・」


「俺だって、娘がいる。殺したいわけじゃない。けど、村のためだった。」


 弥彦には弥彦の事情がある。そして、私には私の。


「すまない。」


 私はそれだけ口にして自動車を発進させる。

 弥彦は腕組みをしたまま燃え盛る屋敷をただ、じっと眺めていた。




 どのくらい走ったのだろうか。

 あたりは少し暗くなってきていた。

 このあたりの道は道幅が狭く、崖が切り立っている。頼りない明かりを頼りにしてゆっくりと運転していく。

 幾度も繰り返されるカーブを抜けホッとしたところに少女がいた。

 いや、少女だと思われるモノがただ立っていた。

 私は少女をかわそうとしハンドルを・・・道の先は崖になっていた。

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