第三章 その四

 高無家を購入して一年が過ぎた。

 まだ、姉には会えていない。


 一度は訪れてみたもののやはり何も感じないし記憶もない。

 わかってはいたが初めて来た土地としか感じない。

 高橋という苗字もありきたりだから、おそらく簡単に村に溶け込むことができるだろう。だが、私には一つ狙いがあった。姉である『愛』に私の存在を気が付かせることだ。どこに住んでいるのかもわからない姉。連絡も取りようがない。私立探偵に姉の調査を依頼しようかと考えたこともあったが、家を購入したばかりでその資金もなかったからそそれもできなかった。


 幸い、あの洋館を購入した際に特典としてついたものがあった。それは高無丈夫の・・・つまり父の遺言であり、五千万円以内の改築を許可し、代金は高無丈夫が支払うというものであった。正直、この金額は家屋の価格を超えており、彼がどういった意図で弁護士に依頼したのかはわからない。そして、この特典には制約もあった。建物の外観を大きく損なわないことと、万が一、高無家の人間が尋ねてくることがあったら客間を貸し与えること。

 それから、もっとも重要なこと。購入者が高橋麻耶、もしくは高無愛であること。この三点だった。

 私にとっては何も問題がなかったので電気と水道、ガスの工事、一階にあった使用人室の改築を行った。

 私は一階に住もうと思ったからだ。この家は高無家の香りが残りすぎている。おそらく、二階にある部屋が父である丈夫の部屋なんだろうが、そこには本や家具も残されており、彼の遺言でここにあるものは特に異存がない場合はそのままにしておいて欲しいとのことだった。

 これも私にとっては全く関係のないことだった。その部屋を使う気がないからだ。


 私は何度も言うが高橋麻耶だ。

 高無家自体がどうなっていようとどうでもいい。

 姉である高無愛に出会えればよかった。


 それだけだった。

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