まかせるのだ!アライさん

今井三太郎

ジャパリまんじゅうこわい

 ロビーに集まった面々は食い入るようにタイリクオオカミの話に耳をかたむけている。

 ロッジアリツカでは見慣れた光景だが、その日はいつもより少しばかりにぎやかだった。


「まんまとまんじゅうをせしめた若者はこう言ったのさ、今度は熱いお茶が怖いってね」

「なるほど! 巧妙こうみょうな心理トリックだったんですね先生!」

「すごいのだ! かしこいのだ!」


 鼻息を荒げるアミメキリンと肩を並べ、目を爛々らんらんかがやかせているのは何を隠そうアライさんである。


「“まんじゅうこわい”ってお話なんだけど……これもある意味、怖い話ってことになるのかな? ふふ、また図書館でいろいろ仕入れてくるとしよう」

「ふーん。なるほどー、おもしろい話だねー」


 端の席で大きな耳を傾けていたフェネックは、「ぬふふ」と不敵な笑みを浮かべるアライさんを横目に、静かにまぶたをせた。


 タイリクオオカミのかたりがひと段落つくと、ちょうどロッジのオーナーであるアリツカゲラが昼食を運んできたところであった。


「皆さーん、お昼ご飯お待たせしましたー。ロッジアリツカ名物……というわけではありませんが、ジャパリまんですよー」


 ぐうう、と、アライさんのお腹の虫がかわいらしい鳴き声をあげた。

 このところずっと帽子泥棒を追いかけていたこともあり、少しばかり食いっぱぐれ気味なのだ。

 だが多少頭に栄養が行っていないからといって、そのへの行動力にかげりが出るようなアライさんではない。


「かしこいアライさんはいいことを思いついたのだ!」


 アライさんは口の端をニッと吊り上げると、相方のフェネックに向かってグッと親指を立てた。

 当の相方はというと、特に驚いたり期待するような素振そぶりを見せることもなく、相変わらずの間延びした口調で応える。


「アライさーん、だいたい想像はつくけど、ほんとに上手くいくかなー?」

「心配しなくても大丈夫なのだフェネック! アライさんにおまかせなのだ!」


 いったいどこにそんな自信のきどころがあるのかと小首をかしげるフェネックをよそに、アライさんは両手で頭を抱えこんだ。


 するとどうだろう、むおんむおんといかにも苦しそうにもだえはじめたではないか!


「うあー、ジャパリまんなのだ! アライさんはジャパリまんが怖いのだー! ふかふかでもっちりしたあの食感とジューシーな中身の絶妙なハーモニーがおそろしいのだー! ああーっ!」


 迫真はくしんの演技であった。アライさん自身、なによりもおそろしいのは己の演技力と才能である。妄想の中のアライさんはけもデミー主演女優賞を片手に、黄色い声援を一身に浴びていた。ありがとう、ありがとうなのだ。え、サインがほしい? まかせるのだ! ふははははー!


 鬼気迫ききせまりながらふにゃんと顔をゆるませるアライさんの演技は、アリツカゲラも思わずたじろぐほどであった。


「そ、そうなんですか? じゃあ仕方ないですけど、これは片付けちゃいますね。けど困りましたねえ、お昼ごはんどうしましょう」

「あれ? あれれーーーっ!? 待ってほしいのだ! ジャパリまんが怖いのだ! 怖いのだーーーっ!」


“まんじゅうこわい”とは、まんじゅうを極端きょくたんに恐れる不思議な若者を困らせようと、村人たちがこぞってまんじゅうを持ち寄り、意地悪いじわるをしようとする話である。

 その嗜虐的しぎゃくてきな行いを、奉仕精神ほうしせいしんに満ちあふれたアリヅカゲラに求めてよいものだろうか、いやよくない。


「そんなにジャパリまんのことが怖かったなんて……! ごめんなさい、怖い思いをさせてしまって。ご安心ください、私が責任をもって処分します! パクッ、おいしー!」

「ああーっ! アライさんのジャパリまんがーーーっ!!!」


 あわれ! アライさんのジャパリまんはアリツカゲラの小さなお口へと姿を消したのであった。

 策士は策のプールでおぼれ、2ジャパリまんを追う者1ジャパリまんをず。

 あとに残ったのはご飯をねだる腹の虫だけである。


「アライさーん、やってしまったねえ」

「むおおおおん……フェネックぅ……! フェネックぅぅ……!」


 号泣ごうきゅうであった。これが演技であれば、けもデミー主演女優賞は間違まちがいなくアライさんが手にしたことであろう。

 よよよぉーと泣きくずれるアライさんに、フェネックがすっと手をべる。


「ほらー、アライさん、私のジャパリまん半分あげるから元気だしなよー」

「フェネ”ッグぅ……!! ありがどう”なのだあ……!!」


 アライさんの小さな両手がフェネックの背中に回される。

 半分に割られたジャパリまんからは、ホワホワと温かい湯気があがっていた。



「……涙の味がするのだ……!」

「そう? わたしはいつもより美味しく感じるけどなー」


 半分のジャパリまんを頬張ほおばるフェネックは、心なしかいつもより少し上機嫌であった。


「ふふふ、やっぱりアライさんはかわいいなあー……」


 ジャパリまんに夢中になっているアライさんがにぶいだけなのか。それとも彼女たちの職業柄しょくぎょうがらゆえか。作家と探偵はそのふくみのある笑みを見逃しはしなかった。


「あの子やるねえ……、いいネタいただきました」

「なるほど、たしかにこわいですね、先生!」

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