44.

 手首に繋がる縄が緩くなったと感じた時、ゲズゥ・スディル・クレインカティの中で危機感が弾けた。

 縄の先に連なる人物が動きを止めたのだ――沼に潜って以来、ずっと勝手知ったる様子で先導していたというのに。

 確認せんと回り込む。しるべは互いを結び合わせる縄だ。何せ、三フィート(約0.91メートル)以上先は何も見えないのである。リーデンが入手した水めがねのおかげで水中でも視力はほぼ保たれているものの、藻や泥などの遮蔽物まではどうにもならない。

 とにかくゲズゥは小柄な少女の肩を掴んで引き寄せ、その様相に注目した。

 異変があったのは明らかだ。ガラスの向こうの茶色い瞳は近くの物に焦点を合わせていない。これは何かを見ている目ではなく、脳の中で記録などの映像を「視ている」目だ。

 ゲズゥは五秒数えようと決め、観察を続けた。

 だが四まで数えた時点で己の中の危機感が頂点に達した。思考を中断して沼底を全力で蹴る。

 聖女ミスリア・ノイラートは、呼吸をしていなかった。周囲からは気泡が上っていないし、胸や腹部などの呼吸をする為の筋肉が停止しているのが見て取れる。

 こうなる可能性は最初から見通していた。これは聖地に面する際のミスリアの恒例の反応とも言えるからだ。場所が水中でなければ放って置いたかもしれない。そもそも聖地によっては、最初の岩壁の教会みたく、ゲズゥのような穢れた人間を近付けさせないわけだが。

 幸いこの沼にそんな制限はなく、むしろ毎日管理する者さえ居ない。したがって、ミスリアの潜水に付き合うことができた。

 あと少しで水面に届くところで。少女が急に身じろぎしだして――

 ――抗った。

 変わらずにどこを見ているのかはっきりしない眼差しで、ミスリアは水面とは反対方向に泳ぎ出す。

 縄がゲズゥの手首に食い込んだ。切迫感と小さな体躯に似合わぬ異常な力が伝わってくる。

 何がしたいのか、ミスリアは水草に覆われた底を両手の指で漁った。確信を持った動きだ。

 そう長くは息がもたないだろうに、この必死さは一体――。

 水めがねが囲う視界の端で石が淡い輝きを放つのが見えた。

 人間の眼球と同じくらいの大きさの石が、少女の白い両手の中に納まる。大切な宝物を優しく包むような手つきだ。

 胸騒ぎがした。

 あの石を見ていると、落ち着かない気分になる。何故か左眼からは疼痛が沸き起こっている。

 反射的に瞬いた。

 すると瞼の裏に身分の高そうな男の姿が浮かんだ。長身痩躯で、真っ直ぐな長髪を一つにまとめている。今からさも重要な用事に向かわねばならんとでも言いたげな、上向きな顎。見下ろすような視線。それがいつしか疑心暗鬼と恐怖の色に塗り替えられていく。

 そこでようやく記憶から呼び起こせた。長い間、夢の中ですら振り返ることのなかった事件。たとえ振り返りたいと思ったとしても、鮮明に脳裏に残っていたのはこの男の死に顔だけ。そう、邂逅して間もなくこの男を殺したのは、紛れもなく自分だった。

 しかし何故にこんな時に思い出す?

 ――ごぼっ。

 夢から覚めたように、ミスリアが苦しそうに身悶えした。ゲズゥも我に返り、今度こそ息継ぎの為に水面に戻った。

 まずは自らの頭を水の中から突き出し、流れる動作で小脇に抱えた少女の頭も水から上がらせて、共に肺一杯に空気を吸い込んだ。

 まだ肺活量に余裕のあったゲズゥと違ってミスリアは急くように息を継ぎ、喘鳴交じりの咳をしていた。

「大丈夫?」

 同じ掛け声を重ねる男が二人。片方は神父の黒い礼服を着た聖人で、もう一人は伸びた銀髪を馬のしっぽのように一つにくくったリーデンだ。

 ゲズゥは沼を横切り、待つ者らに向かって泳ぐ。

 十分に近付けたところでミスリアを聖人の方に預けて、自身は弟の手を借りて地に上がった。その場に座り込み、水めがねを外して手首にかける。

 春と言ってもまだ、正午の気温は濡れた肌にはこたえる。沼の水だってかろうじて人間が触れてもいい温度というだけで、決して温くはなかった。

 リーデンが差し出すタオルを有難く受け取って使った。ついでに手首の縄も切り離してもらう。

「何か収穫あった?」

「そ、ですね……」

 ほとんど寝巻き姿と変わらない簡素な薄着を纏った少女にも、リーデンはタオルを差し出した。生理現象で全身に震えをきたしているミスリアに代わり、聖人がタオルを受け取って身体を乾かしてあげる。丸まった背中や華奢な肩、栗色の髪や濡れた衣服から、着々と水気が吸い取られていく。

「沼の底で、これをみつけました」

 水めがねを外し、握っていた拳を開いて、ミスリアは先ほどの光る石を提示した。

 それが目に入るとまたしても嫌な印象を受けた。

 そして驚くべきことにリーデンも同じ印象を受けたようだった。むしろゲズゥ以上に過剰に反応し、天敵に出会った野生動物のように瞬時に数歩後退った。

 腰を低くして片手を地につけ、三角形による不屈の体勢を築きつつ、右手は既に愛用のチャクラムを手にしている。

 左眼を眇めた。いつになく低い、警戒に満ちた声で問う。

「ねえ。その石は、なんなの」

 呆気にとられた聖人と聖女の二人は、おもむろに石を見つめた。

 改めて見直すと、随分と平べったく円い石だ。青だか紫だかの透き通った色で、沼の底に転がっている石にしては不可思議な外観である。

「これは水晶だね。聖気を含んでいる、それもかなりの高密度で。これだけ純度の高い水晶は特殊な場所でしか発生しないと言われている」

 懐から取り出したハンカチで、聖人はそっと石をミスリアの掌から広い上げた。雲間から漏れる日光がもっとよく当たるように高く掲げ、あらゆる角度から眺めている。水晶を通って屈折した陽の光が、聖人の琥珀色の瞳にかかる。

 眩しい。左眼を瞑らずにはいられないほどに。耐えかねて、ゲズゥは僅かに視線を逸らした。

「特殊な場所ってのは、つまり聖地のことかな」

 未だに警戒を解かないリーデンが更に訊ねた。

「その通り。ただし最後に聖獣が蘇って以来、二十九の聖地はとうの昔に教団に隅々まで検証されていて、今更新たに水晶が見つかる可能性なんて皆無に等しいんだけどね。さすがに、沼底は検証しきれなかったか」

「これとよく似た、教団で保管されていた物を見たことがあります。聖獣の鱗ですよね。剥がれ落ちた後、しばらくして水晶化するという」

 毛布で身を包んだミスリアが立ち上がった。宝物を見つけた子供のように、茶色の双眸が輝いている。

「そうだね。聖獣の鱗で間違いない。これはすごい発見だよ。人の手にまだ触れられていない、加工される前の水晶には相当な希少価値があるからね」

 聖人はハンカチに包んだ水晶をミスリアに返し、賞賛を込めた微笑をかけた。

「ところで、一つ訊いてもいいかな」

 そして直立してゲズゥとリーデンを順に見やった。

「うん? 何かな、聖人さん」

 ほんの少し警戒を解いたリーデンが答える。体勢は普通に佇んでいるだけに戻っているが、水晶との距離は開いたままだ。

「君たちのその左眼は……魔性に通じているのかい?」

「知らない」

 質問の意味を吟味する間も置かずに、リーデンがそっけなく返事をした。

「知らない?」

 聖人がオウム返しに訊く。

「そ。誓って、嘘偽りは言っていないよ。族長だった父さんは僕には何一つ教えてくれなかった。この眼について僕が持っている知識は、自分で考えたり経験したり、或いは従兄たちに聞いた話だよ。由来とか本質とかそういった核心に迫る情報は、何故か秘匿されてたってこと」

「じゃあもう誰にもわからないんですか」

「そうとも限らないよ。兄さんは、族長に直に聞いていたはずだから」

 落胆気味なミスリアの言葉を聴いてやっと、ゲズゥは自分にも話が振られるかもしれないと察した。案の定、弟の視線を感じる。

 緑色の瞳と目が合った。色付きのコンタクトとやらに覆われた左眼が妖しく光ったように見えた。

 一同の注目を浴びて、ゲズゥは無意識に唾を飲み込んだ。

 何故これまで一貫してミスリアにさえも隠し通して来たのかと問われても、確固たる理由を答えることはできない。単に説明するのが面倒だったのもまた、事実だ。

 心の奥底では一族の証たる「呪いの眼」を怖れているのかもしれない。たとえば他人、特に旅を共にする相手に、みなまで知られることを恥と捉えているのかもしれない。

 確実なのは――自分でも理解し切れていない現象を他者に説明するのは無駄だと、そう感じている点だ。

 再度一考してみると、それは大した問題にならないのだと判断した。何故なら話を聞く三人の理解力はおそらく自分のそれを遥かに超えているからだ。

 そして、他ならぬリーデンには知る権利がある。子供だ弟だと思っていても時は過ぎるのを止めない。冬生まれのリーデンはもう十八歳のはずだ。二十歳になるまで残り二年と無い。今話さなくとも、いずれは必ず伝えねばなるまい――。

 一度ため息をつき、次いで深呼吸をしてから、ゲズゥは由縁について打ち明けた。

「始祖は魔物と一体化して超人の域に到達しようと目論んだ…………コレはその名残だ。実験は果たして成功したのか失敗したのか、結果だけをとってもどちらとも言えないがな」

 相対する三人は各々目を見開いた。話してもらえたことに驚いたのか、内容そのものに驚いたのか。多分両方だろう。

 数秒の沈黙を最初に破ったのは聖人だった。

「魔物と一体化って。これはまた、とんでもない事実をぽろっと零してくれたね」

「…………」

「混血、ってわけじゃないよね。魔物に繁殖能力は無いし。かと言って魔物のままで存在しているわけでもないのかな? どうにかして人間の身体に根付いた……そうでないと、君たちは昼間は左眼が霧散して消えるはず」

「原理までは伝えられていない」

 聖人に倣って少しは考えようとしたものの、ゲズゥは既に面倒臭くなっていた。生活の、肉体の一部でしかないモノを他人が大事として騒ぎ立てるのはどうにもいただけない。そんな流れになる前に話題を転換しようと、口を開いた。俯いて表情の見えなくなっているリーデンはひとまず視界に入れないことにした。

「そんなことより、次の行き先は」

 呆然とこちらを見上げる少女に問いかける。聖女ミスリアはぴくりと肩を震わせ、気を取り直すように頭を振った。

「えーと、渓谷です。向かい合う面にそれぞれ寄り添う民家が立ち並んでいて、架け橋もいくつかあって。一番標高の高い領域には教会が建っていたかもしれません。それから、後は何でしたっけ――」

 ミスリアが口頭で描く風景には心当たりがあった。ゲズゥは記憶の中の地名を一言呟く。

「カルロンギィ」

「ああ、北東の都市国家の一つか。これはまた難関だね。都市国家群の中は教団の影響力が弱いし、共通語もあまり浸透していないらしいね」

「でも兄さんは結構長い間その辺に住んでたんじゃないのー? 勝手ぐらいはわかるでしょ」

 聖人の発言の後、俯いていたリーデンがパッと顔を上げた。銀色の尻尾が軽やかに揺れる。

 よく憶えていたな――そう思っても、口には出さなかった。

「確かに俺は都市国家群には居たが、あの地を踏んだことはない。当時カルロンギィは別の国の傘下にあった」

「そりゃあ都市国家群の勢力図はやたらと変動するもんね。ちなみに兄さんが居たのってどの辺だっけ」

「シウファーガ領付近」

「それって灰と岩の地? だよね」

「大方、そんなところだ」

 そんな会話をリーデンと交わしていたら、興味津々とミスリアたちも会話に入ってきた。

「シウファーガという地名は初めて聞きます。カルロンギィも」

「教団の書物を調べても多分同じ名では出てこないよ。それにしても渓谷、か……。聖獣は飛行できるからいいとして、その軌跡を人間の足で辿るのはやはり苦労のかかるものだね」

「でも行きます。行かなければなりません」

 毛布に包まった少女は揺るがぬ意思をもって告げた。聖人はそんなミスリアに微笑みかける。

「一つ幸いと言えるのは、今までの君の巡礼の旅で『後退』がないことかな。聖獣が君を引き寄せているのだとしたら、今後も距離は縮まるのみだと良いね」

「だといいねー」

 聖人の指摘にリーデンが能天気に同意した。

 言われてみれば――これまで寄り道はすれど、一応おおまかには北へ進んできた。旅の始まりが南東最先端の国であるシャスヴォルからだったのも一因ではあるが。

 そういった要素を除いて聖地だけを取り上げても、最初のナキロス、次のクシェイヌ城、今回の塔と沼そして都市国家群と、一箇所ずつでも北上し続けているのは確かだ。

「ミスリア、沼から拾ったその水晶をどうするかは一応司教さまとも相談をしよう」

「はい」

 方針も決まったところで、全員で帰路についた。前方を歩くミスリアと聖人がのんびり喋っている。

「僕は、それは君が持っているべきだと思うけどね」

「そうでしょうか?」

 ゲズゥは聖人の意見を聴いて片方の眉をぴくりと吊り上げた。今後もあれが、あの鱗が近くにあり続けるのかと思うと、不快感が小さな針みたく胸の内に刺さった。

「うん。聖獣との縁が強いからこそ君の手元に流れ着いたのだとすれば、君以上にそれを扱える人間は居ないんじゃないかな。今後の旅路で何かの役に立つかもしれないし」

「そう言われてみると、確かに純度の高い水晶が傍にあるのは心強い気がしますけど……こんな貴重な物を持ち歩くのは責任重大で心配になりますね……」

 不安がるミスリアに、聖人は笑って「大丈夫だよ」と答える。

 ――実用できるのならあれが近くにあるのもやむをえないか――とゲズゥは己に言い聞かせて納得させようとした。

 ふと、隣のリーデンがこそこそと母語で話しかけてきた。

「ねー、兄さん。都市国家群に向かうってことはヤシュレ通りそう?」

「……可能性はある」

「だったらちょっとだけ野暮用で抜けようかな。数日くらいで済むと思う」

「そういうことはミスリアに訊け」

 などと答えたものの、おそらく問題無いだろうとゲズゥは予想していた。知っている範囲では、渓谷に近付くまでは大きな困難や障害が待ち受けていない。数日ほど護衛が二人から一人に減ったところで差支えないはずだ。

「そういえばカルロンギィを傘下に治めていた都市国家って――」

 先を行く聖人が都市国家群について何か言っているのが聴こえたが、ちょうど眠気と大きな欠伸に襲われて、ゲズゥは会話の肝心なところを聞き逃すこととなった。


_______


「行ってしまわれるんですか?」

 ティーセット越しにミスリアは友人に訊ねかけた。質問の冒頭に「もう」と付かなかったのは自ら心を律したからである。人にはそれぞれ都合があるし、これでも何か月も同じ町で過ごせたのだから贅沢は言えない。

 言わないけれど、しゅんとした表情を向けてしまっても仕方がないだろう。

「うん。しばらく気ままに行動できて良かったよ」

「何か特別なご用事ができたのですね」

 向かいの青年は、調べ事やら人と会ったりしていた合間にも聖人としての仕事をこなしていたのだ。自然と、また何か頼まれたのかと考える。

「教皇猊下から勅令が届いてね。『慰問がてら、ある場所に向かって欲しい』みたいな内容だよ。猊下は僕を試されているのか、認めてらっしゃるのか、まあ行ってみれば少しはわかるかもね」

「その場所とは?」

「追って連絡をするって。とりあえずは本部に戻るよ」

 そうですか、と答えてミスリアはミントティーを啜った。カップの中が空になると、待ち構えていたかのようにカイルがすかさずおかわりを注いでくれた。琥珀色の液体が純白の陶磁器の中で揺れる。

 ヴィールヴ=ハイス教団本部は、アルシュント大陸中北部の非法人地域に位置している。ミスリアの旅の終着点である聖獣の安眠の地も北にあると言い伝えられている以上、いずれ通過する可能性は高い。そう思うと寂しさも多少は薄れた。

「一度結ばれた縁は消えない」

 穏やかな声のした方へ、ミスリアは顔を上げた。

「たとえ二度と会えなくても、明日死に別れる運命だとしても、片方が記憶喪失になっても片方が憶えている限りは――互いの存在を知らなかった日々に決して戻らない。その縁さえあれば、いずれは別の形になってでも、再び出逢えるでしょう――」

「カイル、それは……」

「以前、猊下に謁見した時にいただいたお言葉だよ。すごいと思わない?」

「……はい。あの方らしいですね」

 ほう、とミスリアは吐息を温かいお茶に吹きかけた。立ち上る湯気が鼻先をくすぐった。

 ――認識していない人間に想いを馳せることはできない。

 たとえば墓場を歩く時、知らない人間の墓石の前で立ち止まることが幾度あるだろうか。刻まれた文字を、その人の名前と人生を謳う文句を、じっくり読んでみることは。

 一度ひとたび目を通すだけでも繋がりは生じるというのに。読んだからと言ってその家族に会ったり、会話をしたり、互いの人生について語り合うだろうか。そんな可能性は極めて低い。試みてもなかなか果たせることではないし、日頃の生活というものはそれほど暇でもない。

 だからこそ、人は短い一生の中で結んだ縁を、できるだけ大切にするべきなのだ。

 それを持っている喜びを忘れてはならない。

「これからも手紙を出しますので、またお話しましょう」

「勿論。そうだ、ミスリア。まだ言ってなかったけど」

「何ですか?」

「僕は、枢機卿を目指そうかなと思ってる」

 返事を返すまでに、ミスリアはその発言の重みを噛みしめた。

 枢機卿の位を持つ者は常に六人、教皇猊下直々に選ばれてその任に就いている。内、枠の半数は教団と結び付きの深い家系から選出されている。聖女レティカの大叔父がその例だ。

 残る三枠は家柄を問わずに聖人・聖女上がりの人間で埋められるらしい。なので聖人カイルサィート・デューセにも、今後選ばれる見込みは十分にあった。問題があるとすれば――

 なんとも不確定な話だが、枢機卿以上の人間には一つの噂が密かについて回る。

 彼らは代替わりがひっきりなしで――つまるところ、短命なのである。

 一般的に聖職に携わる人間が長命なのに対し、上層部の人間はほとんどが齢五十まで生きていない。歴史を振り返れば、四十に満ちる前に他界した教皇だって何人も居た。教皇に就任するには最低でも三十五歳以上でなければならないというのに。

 それは事故や事件といった急性な原因が添えられているものではなく、名の知れた病に罹るわけでもない。いつからか身体がどんどん衰弱してしまう類のもので、他には何もわからないのだ。聖気を施すにしろ薬を処方するにしろ、そんな末路を免れる手立ても確認されていない。

 挙句、「出世し過ぎたら早世する」という暗い噂が若輩者の修道士たちの間で囁かれてしまうわけだ。

 ミスリアは友人の将来を案じた。けれど何かを言う前に一度唇を噛んだ。

(彼の決断を信じる)

 伴う危険性を熟慮していようが無視していようが、カイルは考えなしで行動をするような人間ではない。困難だらけでも、短い間しか生きられない未来でも、必ず意味のある時間と成すはずだ。

「貴方がこれからどのような道を歩み、どんな決断をしても、私は変わらずカイルの味方です。私に手伝えることがあったら何でも言って下さい」

 テーブルの上で手を伸ばし、自らのそれを青年の手にのせた。

 すると下の手が翻り、握り合う形となった。包み込むような温かさだ。そこに迷いは感じられなかった。

「ありがとう」

 友人は口角を微かに吊り上げ、項垂れた。

「一体何年かかるかまだイメージできないけど」

「では、それまでに聖獣を蘇らせますね」

「大きく出たね」

 驚いたように瞬く琥珀色の瞳と視線が合った。

「なんてったって今、やる気をいただきましたから!」

 ミスリアは精一杯の力でカイルの手を握り返した。言葉通り、彼の意思の強さには感じ入るものがあったのだ。

 枢機卿に就任すれば相当な発言権を得られる。求める目標に近付く為には、きっと必要なのだろう。

 魔物に怯えずに済む世界――それを実現したいと願う心には、ミスリアも同調している。力になりたい。

「……そうだね。そうしてもらえるとすごく助かる。聖獣の復活を頼んだよ、聖女ミスリア・ノイラート。君なら……君たちなら、必ず果たせる」

「カイルに断言していただけると本当にそうなりそうで、心強いです」

「なるよ」

 亜麻色の髪の青年は爽やかに笑って立ち上がった。風通しの良さそうな白い上着をふわりと肩にかけて袖に腕を通す。

 再会した頃に比べてすっかり春の服装になっているのが印象的だ。

「さて。帝都を出るのは数日後だけど、お互い慌ただしくなりそうだし、今の内にお別れの挨拶をしよう」

「そうですね」

 自らも席を立ち上がり、ミスリアは元は同期であった友人と抱擁を交わした。

 以前、ユリャン山脈付近で別れた時のような悲観は無い。そう遠くない未来でまた会えるような気がするからだ。会えない日々がまた始まっても、彼は彼なりに遠くで元気で頑張っていくのだろうと、そう思えば心は軽かった。

 やがてミスリアから離れると、カイルは居間の窓の隣まで歩み寄った。そこには始終無言で何かの作業に没頭するゲズゥが床に座り込んでいる。近付いて来た青年の影を追って、黒い瞳が動いた。

「あれ、鞘変わった?」

 膝に手を当て、ゲズゥの手元を覗き込むようにカイルが問う。なんとなく興味を惹かれてミスリアもその隣に並ぶ。

 護衛の青年は自身の最大の持ち物である湾曲した大剣の手入れをしているようだった。そしてバネで開閉する仕組みであった鞘は壁に立てかけてあり、青年の手によって拭き磨かれている品は全くの別物だった。

 ミスリアにも見覚えの無い、暗くて深みのある赤茶色の木材でできた一品だ。剣の研ぎ澄まされた刃の部分だけにぴったり重なる、同じく湾曲した形。

「ナキロスで手に入れたアレは軽量化した鉄ではあるが、長く使うならそれ以上に軽い方が良いと……新調した」

「なるほど。さすがは帝国の技術ってところかな」

 カイルが感心したように言った。

 木製の鞘は二つのキャップのような役割を果たすパーツでできている。刃と柄近くの鋸歯部分を覆う片方、そして逆側の鋸歯部分を覆う方。左右のパーツは剣に合わせて非対称的、形も長さもかなり違う。

 両半分は剣の大きさに合わせた絶妙な幅を保っている。二つを繋ぎ合わせる鉄のフレームみたいなものは、大した重量を加算しないであろう、ハーフインチ(約1.27cm)と無い細い棒で組まれている。

 ゲズゥは鞘を剣には嵌めずに、装置の仕様を見せた。

 フレームは圧力に応じて開閉するらしい。上から押すと、がちゃりと左右のパーツの幅が一気に広がった。もう一度押せば引き寄せられて元に戻る。

「自分で考えたの?」

「まさか。抜剣のアクションを短縮したいと店に頼んだだけだ」

「君のそういう静かな向上心、いいね」

「…………」

 ゲズゥは半眼になって何も答えない。

「まあ要するに、ミスリアを頼んだよ。弟くんにもよろしく」

 そう言って、カイルは右手を差し出した。ゲズゥは握手を求める手をじっと見つめた後、自分の両手に視線を落とした。錆やら油やらで目に見えて汚れている。

「あはは。ごめん、間が悪かったね」

 行き場の無い右手は、胡坐をかいたままの青年の肩へと流れた。ぽんぽんと二度親しげに叩き、そして最後には指先だけで軽く握った。その間、ゲズゥは拒絶の素振りを見せなかった。

 一瞬後には裾を翻したカイルに対し、低い声が浴びせられる。

「……死ぬな、と言っておく」

 ミスリアは目を見開いた。まさか彼が他人への心配を露にするなど――。

「ありがとう。その言葉はそっくりそのまま君にも返すよ」

 カイルは左肩から振り返り、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。足を止めることはしない。

 次には部屋の隅で静かにハンカチを畳んでいたイマリナの前に歩み寄った。彼女はきょとんとした様子で細面の聖人を見上げた。

 彼女の使う手話をいつの間にか学んでいたのか、カイルが何か手を動かす。イマリナは満面に笑みを浮かべて応じた。

(なんて言ったんだろう)

 イマリナは「声」が不自由なのであって聴覚は普通に機能している。そのためか彼女に話しかける人間は居ても、話を聴こうとする人間はそう多くない。

 ミスリアは何かあれば大体筆談を要求している。しかし本来ならば、なるべく相手にとって楽な手段で話しかけてあげるべきだ。イマリナは字も決して下手ではないけれど、手話の方をより速く繰り出しているし、気持ちよさそうに使う。

 そこまで思いやれない自分はまだまだだな、とミスリアは苦笑した。今度からリーデンやイマリナに簡単な言葉だけでも教えてもらおうと決意する。

 挨拶が済んだ後、カイルを教会の玄関前まで見送った。

「それじゃあ、またね」

「はい。またお会いしましょう。どうかお元気で」

「君たちもね」

 そうして聖人カイルサィート・デューセは去った。背筋は真っ直ぐに伸びて歩みには気品が漂うが、そこには無理に型にはまろうとしている緊張感は無く、あくまで自然な動作だった。

(また会う時までに頑張るから)

 不思議な余韻を――高揚感を抱いたまま、ミスリアは跳ねそうな足取りで先程のアクティビティ・ルーム(子供たちの遊び場など、大勢が集まって様々な用途にあてがえる公共スペース)に戻った。イマリナの姿は忽然と消えていて、ゲズゥだけが窓際で黙々と作業を続けている。

(あ、私もあれ今やろうかな)

 ミスリアにも取り掛かるべき手作業があったので、一旦寝室に戻ってあらかじめ買った材料をかき集めた。クローゼットから座布団を取り出し、

「お隣よろしいですか」

 と青年に声をかけた。ゲズゥはこちらを一瞥して頷いた。既に彼は大剣から短剣の手入れに移っている。

 座布団を敷いて、ぽすん、とミスリアは座り込んだ。膝上に衣類と布数枚を広げ、ハサミと縫い針の準備をした。

 先日手に入れた水晶を収める場所を作るのである。カイル同様、司教さまも「その水晶は聖女ミスリアが持っているべきです」とおっしゃったのだ。自分の手で手繰り寄せられた分、聖獣からのお守りとして特別な幸をもたらしてくださるのではないか、と想定して。ならば大切に預かろう、と覚悟を決めるしかなかった。

 まずは薄くて柔らかい麻布を四角に切って端々を縫い合わせ、引き紐を通して小さなポーチとした。次いで、数着の下着の内側に、ポーチを丸ごと収めるポケットを作った。

(ボタンは、一個で足りるかな。ううん、二個にしよう)

 ミスリアは一度教団に賜ったアミュレットを取り落とした経験があったため、すっかり用心深くなっていた。それよりも更に貴重な水晶には、たとえ逆さに吊るされても激しく揺さぶられても落ちないくらいの入れ物を用意したい。

 一針、二針、生地に細い鉄の針を通す。糸を引っ張るリズムと一緒に、物思いに耽った。

(ゲズゥはこの旅が終わったら――)

 いつかは彼とも道が別れる時が来るのだろうか、とふと思考が過ぎり、ミスリアは隣の男を盗み見た。ちょうど短剣を鞘に入れ直しているところだ。青年はこちらの視線には気付かない。

(また処刑台に立たされるのかな……)

 旅が終われば対犯罪組織ジュリノイも動き出すだろうし、「天下の大罪人」なんて大仰な二つ名を持ったゲズゥは遅かれ早かれ裁かれねばならない。それがどういう形に終わるのかは、まだ皆目見当もつかないけれど。

(やっぱり火刑かな。それとも断頭台かな。なんだか……嫌だな)

 もやもやとしたこの感情は何だろう。人の一生が終わる瞬間を想像したから気分が悪くなっただけとするには、どうも違うようだ。

 なんとか助けてあげたい、と思う。なのにその気持ちに後ろ暗い部分があるように感じるのは、気のせいとは思えない。

 ゲズゥに生きていて欲しいと願うのは、果たして彼自身の為か、それとも自己満足か――。

(まだ他に何か)

 あるような気もする。無いような気もする――とにかく、かつてないほど自分の気持ちがわからない。

 どこからか沸き起こる動揺を自覚し、戸惑い、苛立ちを覚える。そんな調子で悶々としていたら別の思考が割り込んできた。

(……そういえば、魔物を身体に取り込んだ実験って)

 そちらの問題についてもまだ整理が足りない。かの左眼が魔物と関連しているとなると、前に瘴気が漂っていたように見えたのも説明がつく。

 昔ながらの迷信か言い伝えかとしか思っていなかった「呪いの眼」が、もっと現実味を帯びた身近な存在に感じられて、これまた複雑な気分にさせてくれる。

 考え込んでいる内にうっかり針を刺す位置を外した。糸を引き抜いて、やり直す。

「ハサミ」

 前触れもなく話しかけられた。危うくミスリアは再度手元を狂わせそうになった。

「あ、はい、どうぞ」

 ずっしりと重い布きりバサミを空いた左手で取って、隣の青年の掌にのせた。その拍子に、指同士が触れる。

「ごめんなさい」

 反射的に手を引いて謝った。遅れて、何も謝る理由が無かったのではと、と思い付く。

(どうして……)

 落ち着かない。肌色の濃い、錆に汚れた無骨な手を凝視した。異性の手なら、ついさっきカイルと手を握り合わせたばかりだと言うのに。何が違うというのだろう。

 手を凝視している自分の顔が凝視されていることを、やがて感じ取った。黒い右目と視線が交錯した。こういった、無言で観察される回数は出会った当時から数知れないだろうに、今になって気にかかってきた。

「あの、私の顔に何か、ついてますか」

 つい視線を逸らした。

「…………いや。ついてはいない」

 それきり、静寂が舞い戻る。ここぞとばかりにミスリアは静かに深呼吸をして、心を落ち着かせた。

 それから何分作業したかはわからない。下着につけるポケットが三枚ほど完成した頃には、いつの間にか武具の手入れを終えていたゲズゥが今度は靴や鞄などの手持ちの革製品を磨いていた。なんだかんだでマメな性格だ。

「もう行くの?」

 突然、声が聴こえてきた。ミスリアはパッと振り向いた。アクティビティ・ルームの中に他の人の姿は無いので、廊下にひょこっと顔を出してみる。突き当たりの角の向こうに誰か立っているらしい。横を向いた姿の中でも背中半分しか見えないが、金色の髪が目に入った。

「週明けには発つ予定だけど」

 済んだ青年の声。質問に受け答えした相手はリーデンのようだ。

「そう。残念だわ」

 ティナの声だった。

 そういえば彼女は最近、恩師である司教さまや都中の教会によくご奉仕をしに来る。料理の差し入れだったり、力仕事の手伝いだったり。合間に用心棒の仕事は未だに引き受けるようだが、贖罪の一環でまだ労働も残っているしで、とにかく忙しそうだ。

 孤児院の管理権限は教団に移ったものの、ティナはそこに住んで子供の世話を続けることを許されている。忙しそうだけれど、幸せそうでもある。まるで内に抱えていた曇りがやっと晴れ渡ったかのように。

「……あんたはさ、あたしのこと愚かだったって思ってる?」

「えー、いきなり何訊くの」

「もうすぐ会えなくなるんだから他にいつ訊けばいいってのよ。あの男の言いなりになってたことよ。それで、人を恐喝したり襲ったり……無垢な子供の未来の為に、手を汚すなんて」

 彼女の口調には自嘲する重みがあった。

 盗み聞きはいけないと思いつつも、ミスリアは部屋の中に戻ることはできなかった。というより、戻ったところでやはり聴こえてしまいそうな気がする。

「いいんじゃないの、別に。君のしたことは人間の倫理観の中で正しいわけじゃないけど、細かいことをいちいち気に病んで何もできなくなったら、本末転倒でしょ」

「慰めてるの?」

「そんなワケないじゃない。僕は自分の考えをそのまま口に出してるだけだよ。それを聞いて君が勝手に元気を出そうが落ち込もうが、どうだっていいよ。ま、この僕が倫理観なんて語っても滑稽なだけだけどねー」

「そうね。あんたはそうなんでしょうね」

 一拍置いて、リーデンはまた口を開いた。

「他人の言いなりになってたのは馬鹿だなと思うけど……守りたいものの為に他の誰かを踏みにじるのは、当たり前の選択でしょ。でないと結局何も守れなくなる。そこに罪が生まれるならそれは君だけのもので、子供たちが背負うもんでもない」

「一緒に背負おうとしてくれたわ。デイゼルは」

「そーだったねぇ。じゃあ一度思いっきり『やったー!』って叫んでから、元の生活に戻りなよ」

 彼らしい提案だとミスリアは思った。たとえ話で、護衛として彼らが死んでも「思いっきり泣いた後は僕らの屍を踏み越えなよ」みたいなことを過去に言われた身としては、くすりと笑いを漏らさずにはいられない。

 軽薄そうな反応と捉える人も居るだろう。ミスリアにはそうは思えなかった。リーデンは彼なりに、相手の想いを汲んでいる。ティナたちが何気ない日常を取り戻すことを、きっとデイゼルは何より望んでいる。

 ようやっと部屋の中に戻ろうと足を踏み出した。だが聴こえてきた次の一言に、不意を突かれてつまずきかける。

「ねえ。リーデン・ユラス・クレインカティ。あたし、あんたのこと好きみたい」

 当然のことを当然のように告げているだけ――そんな声で始まり、語尾に向けて勢いが抜けて行った。思いがけない真剣な響きに、ミスリアは打たれたように硬直した。

(え!?)

 これこそ盗み聞きしていい会話ではないのに、足が凍り付いて動けない。

「それはどーも。僕もティナちゃんのことは、結構好きだよ」

 あまりに気安い応答だった。意味に食い違いがあったのかと思ったら、まだ続きがあった。

「好きだけど――必要ない。君のような我の強い子を傍に置きたいとは思わない。だから君とどうこうなることもない」

「あら、そう。なるほどね。まあ予想していたよりはまともな返事だったわ」

「僕は都合の良い人間にしか興味無いから。そーゆーこと」

 足音がしたかと思えば、あっさり遠ざかった。

(え……な、に……いまの)

 俯き、額を掌で押さえた。何か大事なやり取りが交わされたのを聴いてしまった。それなのに感想の一つも浮かばない。

「ミスリアちゃん」

「ひゃあっ!」

 間近な場所からティナの声が降りかかってきた。跳び上がって身構えたのは不可抗力である。

 視界に入ってきた凛々しい女性の表情は、意外にも晴れやかだった。こういう時はもっと落ち込んでいるのが通常なのではないか? と、疑問に思った。

「聴こえてたのね」

 ティナは小さく舌を出した。

「すみません、立ち聞きしてしまいました」

「別に構わないわよ。勝手に廊下なんかでそんな話始めちゃったあたしが悪いんだし」

「はあ……」

 次の言葉に詰まったが、何かを察したのかティナがふわりと微笑んだ。

「あたしなら大丈夫。こんなことでミスリアちゃんと気まずくなるのは困るわ」

 返事の代わりにミスリアはぶんぶんと頭を振った。

「なんていうか、結婚相手とか恋人に欲しいって思ってたわけじゃないのよ。言えただけでよかった」

 青緑の双眸は澄み渡っている。心惹かれる色だった。

 ふいに、その光の奥にあるものをもっと突き詰めたいと思った。

「お訊きしても良いでしょうか。リーデンさんの、どこを好きになったんですか?」

「どこでしょうねえ。会うといっつもイライラしたし」

「は、はい」

 ほぼ顔を合わせる度に言い合いになっていたことは周知の事実である。

「あんなに全力で誰かと接したのって、珍しいことだったわ。しかも思いっきりブチ切れた後、何故かいつもスッキリと後味がいいの。アイツ、気まぐれだし人を適当にあしらってばっかだけど。よく考えたらそんなに適当でも無いのかなって、見透かすような言動ができるのはちゃんと見てくれているからなんだなって、後になって気付いちゃったりして。そしたらなんだか楽しくなってきちゃった」

 ミスリアはころころと百面相するティナの話に黙って聴き入った。

 いいなあ、本当に楽しそう、と少しだけ羨ましくなる。

「恋なんて曖昧なものよ。実際には人を好きになるのに理由なんていらないわ。ある時気になり出して意識してた、ってだけでもいいの」

「理由は、いらない……?」

「でも、好きでい続けるには理由がいると思う」

 彼女は笑って首を傾けた。

「理由付けっていうか、努力かな。長く続いた恋人なんて居たことないからよくわからないけど。ミスリアちゃんは、しっかり頑張ってね」

「頑張るって、何をですか?」

「ああもう、可愛いなあ! そこまでは教えてあげない」

「!?」

 何故かティナはそこで抱き着いてきた。良い匂いがするが、苦しい。

「また帝国に来ることがあったら、絶対ルフナマーリに寄ってね。あたしは、これからもここで暮らしてくから」

 締め付ける力が少し弱まったので、なんとか答えられた。

「約束します。友達ですから」

「ありがとう! それまでにそっちが進展してるか見物だわ!」

「むぐっ!」

 またしても締め付けられた。柔らかい金髪が頬をかすって、くすぐったい。

 どこか、彼女のこの明るさは度が過ぎている印象がある。或いは心の内を誤魔化す為の空元気ではないかと疑念が沸いた。

(落ち込むくらいには、やっぱり本気の恋だったのかな――)

 はしゃぐ声と圧迫する腕の力に気を取られて、ミスリアはそれ以上何も考えられなくなった。

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