100.三人が出した結論~陸~
夕食時、やはり紗奈と梨花の会話はなかった。食事を終えると俺の隣の席の梨花が食器をシンクに運んだ。俺は一度紗奈と目を合わせ、お互いに首肯した。そして俺はキッチンに立つ梨花に言った。
「梨花、話したいことがある」
梨花は虚を突かれたような表情で一度俺を見た。しかし、すぐに真剣な表情になった。俺の顔色と声色を感じてのことだろう。
「うん」
梨花は食器をシンクに置くと再び俺の隣に座った。すぐさま俺と紗奈もダイニングテーブルの上の食器をシンクに運んだ。そして片付いたダイニングテーブルを囲って俺と紗奈と梨花は対峙した。俺の隣に梨花、俺の正面に紗奈。最近変わったそれぞれの指定席だ。
「紗奈と話したんだ」
俺は切り出した。心なしか梨花の肩に力が入ったのがわかった。話があると言った時点で話の内容の予測はできていたのだろう。それでも緊張を隠せない様子だ。
「もし良かったら、俺の彼女になってくれないか?」
「え? 何言って――」
「それから」
俺は条件反射のように梨花の言葉を遮った。とにかく言いたいことをまず言ってしまおう。
「紗奈の彼女にもなってくれないか?」
「え? え? ちょ、どういうこと?」
「俺と紗奈は今まで通り別れない。けど、二人とも梨花の気持ちが嬉しかった。だから、三人で恋人関係を築かないか?」
「……」
呆気に取られる梨花。まぁ、無理もない。突拍子もない打診だからな。梨花は紗奈を一度チラッと見た。
もしかするとあれ以降梨花は、初めてまともに紗奈の目を見たのではないだろうか。しかしその紗奈は顔を赤くして俯いている。俺が話すとは言ったもののやはりこれは良くないな。
「紗奈。やっぱり紗奈からもちゃんと自分の気持ちを言いな」
「う、うん……」
紗奈は恥ずかしそうに、そして緊張を隠さず返事をした。紗奈も今の状況が良くないことは理解したようだ。紗奈は一度深呼吸をした。そして梨花の目を見た。それに合わせて梨花も紗奈の目を見た。
「私も梨花のことがたぶん好きなんだと思う。だから、その……、これからは、恋人としてお付き合いしてほしい……」
「……」
梨花が完全に固まっている。て言うか、俺も言わなくては。
「梨花」
「は、はい」
梨花が畏まって俺を向いた。緊張しているのがわかる。俺も緊張している。
「俺も梨花のことが好き。紗奈のことも好き。だから俺は三人で付き合いたい」
「……」
言葉が出ない様子の梨花。無理もないだろう。とにかく梨花から言葉が出るのを待とう。急かしたところでいいことはない。
すると程なくして梨花が口を開いた。
「あ、あの……。えっと……。二人とも本気なの?」
「もちろん」
俺は即答した。紗奈も梨花のその問いにはっきりと首を縦に振った。
「えっと、いいの? あたしも入れてもらって。割り込む形だよ?」
「俺と紗奈がそう梨花を求めてる」
「うぅ……」
あぁ、泣くなよ。こういう時はどうしたらいいのかわからん。すると紗奈が会話を繋いでくれた。助かる。
「梨花。これからは恋人として、これからも仲良くしよう?」
「うん、うん……」
梨花は鼻と口を手で押え、涙を流しながら何度も首を縦に振った。梨花が俺と紗奈の気持ちを受け入れてくれた。これに安堵した。紗奈も笑顔だ。やっと紗奈がいつもの笑顔を梨花にも向けてくれた。紗奈も安堵の意味が大きいのだろうが。
そして梨花が落ち着くと紗奈が問い掛けた。
「えっと、まず何がしたい? 私とデート? それとも陸先輩とデート?」
「これから二人ともあたしと手を繋いで歩いてくれるの?」
「もちろん」
「でも、紗奈との関係を公表するのは無理か。あたしが少数派だとバレちゃうから」
「そうだね。けどこれからは私も梨花と同じバイセクシャルだよ」
確かに。紗奈もそういうことになるのか。まぁ、ただ紗奈と梨花が手を繋ぐことは今までもあったし、それくらいは誰に見られても問題ないだろう。
けど、紗奈と梨花が恋人関係になることは隠さないといけないな。そうなると俺と梨花の関係も同じか。俺だけが二股ということになってしまう。
この後、このように三人での話がまとまった。公表できるのは進行形の俺と紗奈の関係だけだ。そして廃止されていた同棲生活決まり事第七条が改正されて復活した。
『第七条、梨花の恋愛事情を口外してはならない』
俺から見た梨花との関係も、紗奈から見た梨花との関係も、梨花の恋愛事情に触れるので口外禁止だ。更にとうとう俺もこの生活を同棲だと認めた。
「あの……、デートは予定してくれればいつでもいいから。他にしたことが三つあるの」
「三つ? なに?」
紗奈が反応して問い掛けた。梨花は恥ずかしそうに、そして緊張しながら答えた。
「順番があるんだけどね、まず陸先輩とキスしたい」
う……。そうきたか。恥ずかしい。そして俺に緊張がぶり返す。
「あ、そっか。今ここでする?」
紗奈のその問いに梨花が首肯した。相変わらず恥ずかしそうに俯きながら。そして紗奈を上目遣いで見て。紗奈はそれを確認するとテーブルに手を付き、立ち上がりながら言った。
「じゃぁ、私席を外すね」
「待って」
紗奈を梨花が制した。まさか……。
「紗奈にもちゃんと見ててほしい。あたしと陸先輩がキスするところを。これからのことがあるから」
やっぱり。俺は今から梨花とキスをする。そしてそれを紗奈に見せる。
「わ、わかった」
紗奈はそう言うと、一度上げかけた腰を椅子に戻した。紗奈も梨花も恥ずかしそうに顔を赤くしている。俺も同じだろう。すると梨花が俺を向いて言った。
「陸先輩。いい?」
「う、うん」
真剣に梨花を見てみる。あぁ、可愛いな。こんなに可愛い子と今からキスができるのか。更に両想いで、俺の彼女になった。しかも紗奈と別れずに。幸せだな。
俺は梨花の腰に腕を回した。紗奈同様細い腰だ。梨花は俺の腕に自分の手を掛ける。梨花の目も真剣だ。動悸が激しくなる。俺はもう片方の手を梨花の手の甲に添えた。すると梨花が手首を立て、俺の指に自分の指を絡めて握ってきた。
俺は梨花に顔を近づける。梨花は俺の肩に頬を寄せる。それでも唇は俺を捉えている。そのまま接近し、俺と梨花の唇は重なった。幸せだ。紗奈とキスをする時と同じ気持ちだ。
やがて唇を離すと、顔の距離は近いままお互い見つめ合った。梨花のうっとりした表情に、俺もうっとりする。もっとしたい。俺は再び梨花にキスをした。唇で唇を優しく噛むと梨花もそれに応えてくれた。
お互いに気が済むまでキスを交わすと、俺と梨花は離れた。そして二人して紗奈を見た。紗奈は膝に手を置き、思いっきり肩に力が入っていた。そして顔を真っ赤にして俺達を凝視している。すると梨花が聞いた。
「えっと、どうだった?」
「す、すごく良かった」
紗奈が恥ずかしそうにそう言った。そうか、良かったのか。安堵した。紗奈に俺と梨花のキスを見て嫌悪感はない。そして紗奈は言葉を足した。
「凄く幸せな気持ちになった」
むむ、それは俺と梨花と同じ感想ではないか。俺も紗奈と梨花のキスを見る時は幸せな気持ちになるし、梨花も俺と紗奈のキスを見るとそうなると言っていた。出だし好調。これはうまくやっていけるのでは?
「で? 梨花、他の二つって?」
「えっと。二番目は紗奈と一緒に寝たい」
ぼっ。既に真っ赤な紗奈の顔。更に紅潮した。血圧大丈夫だろうか? 今までこの二人にはよくあったはずの一緒に寝るとは違う、そういう意味だよな? 紗奈と梨花の絡みを想像して興奮する俺がいる。
「わ、わ、わ……、わかった。三番目は?」
「陸先輩にあたしの処女を捧げたい」
「「ん?」」
これには俺も紗奈も頭に疑問符が飛び交った。紗奈とはそういう行為をしないつもりなのか? するつもりなら矛盾している。俺がその疑問を口にすると梨花が教えてくれた。
「女の子は女の子とエッチをしても、処女を守れる場合があるの。だから、その……、えっと……」
「なるほど。わかった」
言いにくそうなので俺は梨花の言葉を切った。言わんとしていることがわかったのだ。梨花がそういう希望を持っているなら叶えよう。と言うか、俺には願ってもない話だ。
「い、いつにする?」
紗奈が恥ずかしそうに聞く。それに対して梨花は。
「明日と明後日は学校が休みだから、今晩紗奈と一緒に寝て、明日の晩は陸先輩と一緒に寝たらダメかな? 来週末だと部活の都合もあるから。それに大丈夫だと思うけど来週は紗奈の女の子の日も可能性がなくはないし」
「わ、わかった。私は、いいよ」
「お、俺も、問題ない。今週は部活はいいのか?」
とは言ったもののいきなり今日と明日か。心の準備ができていなかった。紗奈がいいと言うので、俺も同意してしまった。梨花も恥ずかしそうなのだが、明らかに俺と紗奈の方が動揺している。
「部活は、土曜日は午後だし、日曜日はオフだから」
「わかった。その予定でいこう」
「今晩、あたしと紗奈に寝室貸してくれる?」
「わかった。俺は紗奈の部屋で寝るよ」
「ありがとう」
そうか。俺のセミダブルのベッドで今日紗奈と梨花が一緒に寝るのか。どうしよう。興奮してきた。梨花は俺と紗奈の行為を覗いていたと言っていたな。俺も覗いたらダメかな。見てみたいな。さすがに二人の最初の行為でそれは無粋か。今日は我慢しよう。
「先輩」
すると突然紗奈に呼ばれたので、俺は「ん?」と喉を鳴らして答えた。紗奈は真っ直ぐに俺を見据えている。
「あくまでもこの三人だから成り立つ関係だからね」
「そ、そりゃ、そうだろ」
「梨花以外の人とのキスやエッチを認めるわけじゃないからね」
「それはあたしからも言いたい」
梨花もそれに続いた。これほど可愛い二人を同時に彼女に持てるのだ。これ以上の欲をかくつもりはない。ただ、紗奈も梨花も彼氏がいながら彼女も持てるのだから、同じことは言えるのか。とは言え、このことには俺の方こそ立場が弱そうだ。
「わ、わかってるよ」
「浮気したら彼女が二人いる分、制裁も二倍だから」
「お、おう……」
これは怖い。浮気をするつもりなんて毛頭なかったが、改めて浮気はダメだと自分に言い聞かせた。
一時は一周回った三角関係だと思っていた俺達三人。その回り方は反対方向にも回り始めた。
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