76.決断の夜~梨花~
絶景の夜景が広がる最上階のラウンジ。うっとりする。本来ならばだが。しかし今のあたしは緊張している。秘書の仕事の話でせっかく打ち解けたと思っていたのに、最大の秘密を知られて、そしてベッドに誘われた。それでまた緊張がぶり返したのだ。
カウンター席は避けてもらい、二人掛けのテーブル席に腰を据えるあたしと麻友さん。窓際なので神々しいほどのネオンが見下ろせる。緊張しながらも、カクテルのグラスを傾ける麻友さんにあたしは質問をした。
「麻友さんは、男性経験はあるんですか?」
「えぇ、あるわ。大学生の時にね、どんなものだろうと思って行きずりの人と寝てみた。けど自分には合わなかったな」
こういった話をするためにバーテンダーや他のお客さんが近くにいるカウンター席は避けてもらったのだ。あたしは自分の目の前にあるノンアルコールのカクテルを一口飲むと質問を続けた。
「初体験はいつですか?」
「高校一年の時よ。女子高だったから」
「そうなんですね」
そらに聞いた通りだ。女子高は少数派が必ずしも少数ではないんだな。そらに聞くまでそれはずっと偏見だと思っていたのだが、こうして証明してくれた人が二人目だ。
「梨花ちゃん、キスの経験はあるの?」
「あ、はい。紗奈が友達としてならしてくれるので。陸先輩もそれには理解を示してくれてます」
「そっか」
「あ、陸先輩はあたしが少数派だってことは知ってます。それから紗奈のことが好きなことも。紗奈はそのことをどっちも知りませんが」
「へぇ、それで天地代表は自分の彼女とのキスを許容するって、器が大きいのね。それとも……」
麻友さんが押し黙ってしまった「それとも……」の後。なんとなくわかる。
「けど陸先輩にカミングアウトした時は、あたしは自分のことを同性愛者だと思ってて、その後陸先輩のことも好きなことに気づいて」
「そっか。じゃぁ、天地代表は梨花ちゃんのことをビアンだと思ってるんだ?」
「はい。そうです」
ペラペラとよくしゃべるなあたし。こんなこと初めてだ。相手がレズビアンだと知って話すのも初めてだ。あぁ、だから何でも言えちゃうのか。話し出すとわかる。緊張より興味の方が圧倒的に勝っている。
この後は麻友さんの恋愛遍歴を色々と聞いた。今彼女はいないらしい。これは良かった。いたら今晩のお誘いは断っていたところだ。経験人数はもう数えていないらしい。かなり多いみたいだ。そりゃ、もてるだろうな。
麻友さんは、あたしが処女を紗奈か陸先輩に捧げたいと望んでいることに理解を示してくれている。これが叶う可能性は限りなくゼロに近いが。
そして話は単純な雑談に移った。あたしは学校のことと家のことをたくさん話し、麻友さんは食事の時よりも更に詳しく秘書の仕事を教えてくれた。
そしてどんどん興味が増す秘書の仕事。麻友さんが言うあたしの育成は、学生のうちは外国語学部に進学すること以外特に意見はないそうだ。単純に学生生活を楽しめとのこと。
陸先輩が開設するのであろう会社に入社できれば問題はないが、もし他社に入社の場合は秘書課に配属される保証はないとのこと。これはキダグループホールディングスの全グループ会社も共通だ。確実に秘書をするのならば、コネによる陸先輩の会社だ。
こうして色々な話をしていると麻友さんが腕時計を見た。あたしもそれに合わせて腕時計を見る。この日のために陸先輩が買ってくれた時計。高校生が持つには少し高い腕時計だ。
時刻は午後9時45分。再び襲ってくる緊張。けど確実に打ち解けている。目の前の飛び切りの美人と。心を許している自分がいる。そしてその人が言った。
「どうかしら?」
「は、はい。陸先輩に外泊していいかのメッセージを送ってみます。オッケーの返事が10時までに返ってきたらお願いしたいです」
「わかったわ」
あたしの心はもう既に決まっていた。けどあたしは陸先輩にメッセージを送る。陸先輩は電話の時既に外泊は任せると言ってくれていた。これはあたしの最後の抵抗である。
『泊まってもいい?』
あたしは送信ボタンをタップした。明日は代休で学校は休み。部活もオフ。特に予定も入れていない。すると陸先輩からすぐに返信が来た。
『うん、いいよ。迷惑掛けないようにね。川名さんによろしく伝えといて』
決まった。あたしの今日の夜が。恐らく陸先輩と紗奈も今日は甘い夜を過ごすだろう。そのことに嫌悪感はない。あたしが邪魔者扱いされている意識もない。けど今日は二人で心置きなく過ごしてほしい。
あたしは一度顔を上げて麻友さんに言った。
「お、お願いします」
「えぇ。行きましょう」
あたしは麻友さんに連れられてラウンジを出た。もうこの時には期待と緊張しかなかった。後戻りの選択肢は全くない。
仕事の話もたくさんしたので、帰ってから紗奈や陸先輩に何を聞かれても答えようはある。それこそ秘書の仕事に興味を持ったと言える。嘘ではないのだし。
陸先輩はあたしが少数派だと知っている。しかし、あたし以外の少数派の人が自分の周りにいることは知らないと思う。だから少数派同士で会っているとは思うまい。あたしも麻友さんと会うまで麻友さんがレズビアンだとは知らなかったのだから。
更に陸先輩は夏休みの帰省であたしの実家にそらを泊めたことにも何も言わなかった。つまりあたしが手当たり次第女の子に手を出すわけではないことも知っている。だから今日この後、あたしが経験することを陸先輩に知られることはない。
やがて連れられて入ったホテルの個室。立派な部屋だった。あたしの初体験を迎える場所。凄く高めてくれる。あたしは窓際に立った。ラウンジとは方角の違う夜景が綺麗だ。
「今お風呂入れてるから少し待っててね」
「あ、はい」
窓に映るあたし。後ろに麻友さんが立っている。何回見てもすごく綺麗な人だ。紗奈と陸先輩の存在がなければ確実に惚れていた。
スッ。
後ろから麻友さんに抱きしめられた。ビクッと身体が跳ねた。ドキドキが止まらない。
あたしは体の向きを変えられると麻友さんにキスをされた。柔らかなキスだった。とても大人なキスだった。あたしは麻友さんが唇を離した瞬間に麻友さんの背中に腕を回した。お互いの頬が触れる。麻友さんからすごくいい香りが漂う。
麻友さんが一度あたしの顔を離すと再びキスをしてくれた。口を開けられ、舌が侵入してきた。あたしは積極的に麻友さんの舌に自分の舌を絡めた。うっとりする。とても気持ちがいい。麻友さんはしばらくあたしを抱きしめ、たくさんのキスをしてくれた。
「そろそろ入れるわ。一緒に入る?」
「は、はい……」
こんなに綺麗な人と一緒にお風呂に入れる。それだけでも感無量だ。あたしは恥ずかしかったが迷いなく答えた。
麻友さんは脱衣所まで手を引いてくれた。柔らかな手。すごく素敵だ。キスも最高だった。色々と期待してしまう。
あたしはまず髪を解いた。すると麻友さんがあたしの服を脱がせてくれた。期待とドキドキが止まらない。多少の怖さもあるけど、麻友さんの美貌にうっとりしている。
麻友さんも服を脱いだ。大人な感じの凄く色気のあるランジェリーを身につけていた。下着姿を見るだけでも興奮する。そして麻友さんは裸も綺麗だった。紗奈のようにスタイルが良いのだ。
あぁ、わかった。麻友さんはどことなく紗奈に似ているのだ。顔が直接的に似ているわけではない。しかし紗奈は、将来こんな美人になるのだろうと思わせるような人なのだ。
髪を結ってバスルームに入ると麻友さんはあたしの全身を優しく洗ってくれた。紗奈とは背中しか洗い合ったことがない。初めての感覚に身体が震えた。麻友さんもあたしに体を洗わせてくれた。初めて触れる女性の肌のデリケートな部分。興奮した。
体を洗い終わり、あたしと麻友さんは二人してバスタブに浸かった。
「うふ。早速一回イッたようね」
「うぅ……。バレちゃいましたよね……」
「可愛かったわ。これからもっとあの顔が見られるなんて楽しみ」
「恥ずかしいです……」
裸の麻友さんは後ろからあたしを抱いてくれている。すごく柔らかな麻友さんの身体。
「あの……」
「ん?」
「キスしてほしいです」
「いいわよ」
あたしが首を捻ると麻友さんは濃厚なキスをしてくれた。その時に体を触られ、またあたしは震えた。だめだ、かなり敏感になっている。
「続きはベッドでね。出ましょうか?」
「はい」
バスルームを出ると麻友さんはあたしの体を拭いてくれた。そして自分の体も拭き、服を着ないままあたしをベッドに誘導した。
身体がぐったりする。
麻友さんと絡んでどのくらい時間が経っただろうか。日付はもう変わっているような気がする。あたしは途中から、体がどういう状態なのかもわからないほどの感覚に陥っていた。ずっと昇りっぱなしだった。
「どうだった?」
余裕のある表情で言う麻友さん。けど麻友さんに色々教えてもらって麻友さんの色っぽい声もたくさん聞けた。上手にできたかはわからないけど、麻友さんも何度か導くことはできたようだ。
「さ、最高、でした」
呼吸が整わない。けど本当に最高だった。たくさん恥ずかしい声も出た。いつも一人で慰めていた自分の身。まだこれほどまでに未開発だったのかと思い知らされた。そして麻友さんの身体を心置きなく味わった。
「女同士だと色々と好みはあるから、パートナーとよく確認し合って自分たちに合う形を見つけてね」
「わかりました」
「梨花ちゃんにパートナーができる前ならまた誘ってもいい?」
「はい。ぜひお願いします」
嬉しい。麻友さんがまた相手をしてくれる。こんなに素敵な女性が。
「梨花ちゃんも上手にできてたわ。私びっくりしちゃった。とても良かったわ」
「そんな……」
恥ずかしい。けどこれはお世辞ではないと思いたい。また相手をしてくれるのだから、これをあたしの自信にしたい。
「麻友さん。ありがとうございます」
そう言うと麻友さんは優しくキスをしてくれた。たくさん指導してもらった。たくさん快楽を与えてくれた。あたしは心地よい眠りに就いた。
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