74.その気があった~紗奈~

 スイッチが入った時の梨花って……、強烈だ。一昨日の体育祭の日。帰るなり、まずキス。そして私がご飯を作っている時に、手伝いに来たと思ったら何度もキスを求めてきた。更には食材を唇で挟んで口移し。

 まぁ、梨花とのキスは嫌いじゃないし、と言うか好きだけど。そもそも体育祭で梨花が陸先輩に勝って、私の唇を一日独り占めできる権利を得たわけだから。それには陸先輩も私も納得のことだからいいけど。


 ただ圧巻は食後。一緒にお風呂に誘われてそこでキスの嵐。裸の状態でするとさすがに変な気分になったことは内緒。その気があると思われたら恥ずかしいから。自分ではないと思っているのだけど。

 そしてお風呂上りはリビングでずっと私を離さない。ソファーでたくさんキスをした。そして陸先輩に見せ付けるように舌まで入れてきた。それされると弱いんだよな、私。不覚にもうっとりしちゃった。


 更には寝るのも一緒。金曜日は陸先輩と一緒に寝る約束の日なのに。梨花は寝る時まで私の唇を独占していた。こんなに私にべったりの梨花、中学の時以来だ。よく言い寄って来る男子を躱すために私の後ろに隠れていたな。


 この晩は陸先輩のベッドだったのだけど、キスの嵐にさすがにムラムラするから困った。陸先輩が隣で布団敷いて横になっていたのに、けど私は私で抵抗できなくて、梨花の求めに全て応じていたし。

 もう何度陸先輩の布団に忍び込んで、陸先輩を誘惑してやろうと思ったことか。けど梨花が同じ部屋にいる時にそれはできないし。とにかく私はさっさと寝たよ。梨花ってキス魔だ。そんなに私とのキスが好きなのかな。陸先輩の理解があるから私はいいけど。


 すると私は明け方に目を覚ました。梨花も陸先輩もぐっすり眠っていた。私は自分の部屋に移動し、自分のベッドに潜りこんだ。そして自分を慰めた。はぁ、自分でするのって前も梨花に舌を挿し込まれた時だったな。まったく、梨花の性欲生産機め。


 そして昨日の文化祭を経て、今日は学校がお休みだ。片付けの日なので、実行委員や一部の生徒は登校している。けど私はクラスの片付け当番を外れたからお休みなのである。陸先輩と梨花は部活に行った。他校で練習試合らしく、お昼までには帰って来るそうだ。


 さてさて、私は二人のために心をこめてお昼ご飯を作るのだ。今日は事務所も定休。とは言え、2日間学校祭で何もできなかったから、午前中少し仕事をしたけど。ただ月初だから特に問題はなし。ずっと部屋着のままだ。


「「ただいまー」」


 あ、愛しの陸先輩と梨花が帰ってきた。ちょうど今お昼ご飯できたところだからね。


「おかえりー」


 私は部屋着にエプロン姿でお出迎え。陸先輩と梨花におかえりのキスをしてあげる。

 そして二人が洗面所で手を洗ってくるとお昼ご飯が始まった。


「紗奈、後で髪やって」

「うん。いいよ」

「陸先輩。本当にお金いいの?」

「うん。気にするな」


 今日、梨花はこの後お出掛けである。と言っても夕方から。私は梨花の髪のセットをしてあげたら陸先輩とデートだ。うふふ。デート。明日が学校祭の代休で、部活もオフだから、貴重な平日の休みに二人して一日仕事の予定を入れている。


 そして意外なのが梨花のお出掛けの理由である。なんと木田社長の秘書の川名さんとのお食事なのだ。以前陸先輩を通して川名さんから梨花を指名で、二人で食事がしたと連絡が入ったのだ。

 しかし、梨花にお仕事の話でもするのだろうか? 梨花は陸先輩のお仕事を手伝っていないのだけど。

 陸先輩が言うには川名さんはとっても美人だそうだ。木田先輩をマンションの下まで迎えに来たことはあるけど、私は結局一度もお目に掛かったことがない。


 昼食を終えると、私は梨花の髪をセットしてあげた。ポニーテールにアップすると梨花がとっても可愛くなった。いつも可愛いけど。髪留めも可愛い物を使った。服装はカジュアルなドレスと言った感じのワンピースだ。

 事前に川名さんにお店を聞いたところ、ホテルのレストランだった。それなので他にもハンドバッグやアクセサリーまで全て陸先輩が買ってくれた。そして高校生が持つには多い額の現金も持たせている。


 ちなみに私には陸先輩が以前に買ってくれていた。夏休み中に数回そういった場での会食やパーティーがあったから。


 それが終わって私は陸先輩と出掛けた。陸先輩は、今日はボウリングに連れて来てくれた。夏休みにそらが来た時に来たそうで、私を連れて来たいと思っていたようだ。そういう時に私を思い浮かべてくれるのが本当に嬉しい。


「梨花、しばらくソファーから動かないって言ってた」

「髪と服が乱れるからか?」

「そう。……あ、あぁ」


 10番ピンが残っていた2投目が、ガーターに落ちてしまった。むむ、久しぶりにやるけどボウリングってなかなか難しい。けど燃えるな。


「それに緊張してた」

「やっぱり?」

「うん。テーブルマナーもわからないし、正しい言葉遣いもわからないのに、なんであたしなの? って」

「確かに何で梨花なんだろうな? ……お、やった」


 むむ、ストライク。陸先輩ってボウリングうますぎなんだけど。フットサルのゴレイロと何やら関係があるという御託を並べていたが、右から左だった。


「私もまだ川名さんとは会ったことないのに」

「今日は会社にも通してないって言ってたぞ」

「ん? それってプライベートってこと?」

「そうなるのかなぁ。……なぬ」


 イエーイ。ストライクだぜ。ハンデを少しもらったからこれは勝てるかも。


「陸先輩から見て梨花って、仕事に繋がるようなことあるの?」

「そうだな……、やっぱり分析力」

「具体的にはどんなお仕事?」

「それこそ川名さんみたいに秘書とか合うんじゃないか? ……あぁ、くそっ」


 1ピン残し。それくらい陸先輩なら2投目で倒せるだろうよ。悔しがらなくてもスペア確定ではないか。


「ふーん。秘書って私が憧れてたんだけどな」

「まぁ、確かに紗奈にもできるとは思うけど、紗奈はやっぱり営業だろ?」

「営業?」

「うん。実績を積めば取締役とか。まぁ、一般企業の場合だけどな。……よし」


 危なげなくスペアかよ。面白味もなんともない。ちょっとは空気読んで盛り上げろよ。


「例えば、普通に大学通って、一般企業に就職してって場合だよね?」

「そう。ただ女子は結婚や出産のこともあるからそこまで昇り詰める人は少ないけど」

「そっかぁ。まぁ、私はもう就職決まったようなもんだけどね。……きゃー!」


 ダブル達成。どうだ、見たか、陸先輩。ハイタッチを待ってくれている。やった、彼氏とハイタッチ。


 パチンッ!


「そうは言っても会社設立はまだ確定じゃないぞ?」

「陸先輩の中でどのくらい?」

「そうだな……。90%くらいかな」

「結構高いじゃん。ちなみに私は100%陸先輩と結婚するつもりだけど」

「え……」


 あ、あら。陸先輩動揺しちゃったのかな。ガーターに落としちゃった。せっかくの前投スペアが。


「嫌なの?」


 ちょっと拗ねた顔で言ってみる。まぁ、揶揄かうためのわざとだけど。まだ高校生だからそこまで考えてないよね。私は本気だけど。何せ、片想いの期間が長かったから、陸先輩以外考えられないのだよ。


「それ本当?」


 陸先輩が私の隣に座って詰め寄ってきた。次投げないのかよ。2投目まだ10本も残っているぞ。て言うか、陸先輩目が真剣。そう来るとさすがに私も怯むな。


「ま、まぁ。私の中ではだけど。でもまだそんなこと考えるのは早いってわかってるから。何年も先、その時に真剣に考えてくれればいいよ。……んっ」


 え? どうしたの? 陸先輩。私今キスされている。こんな大衆の面前で。陸先輩って、梨花以外の人前でこんなことする人じゃないのに。動揺するよ、私。


「会社起こして、安定してきたらちゃんとプロポーズする。それまで俺を信じて付いてきてほしい」


 私の唇を解放するとそんなことを言ってきた陸先輩。私、頭が真っ白だ。あ、そうだ。


「に、2投目」

「あ、うん」


 陸先輩がボールを手に持って私に背中を向けた。すると私の目から涙が零れた。良かった、間に合って。陸先輩に見られるところだった。

 て言うか、感無量で頭が真っ白なのだけど。陸先輩に私と結婚する気があった。そんな、そんなことって。どうしよう、すごく嬉しい。


「いつまでも付いていくね」


 ガシャーン!


「おっしゃ。スペアで返した」


 今ピンアクションの音で陸先輩に届かなかった私の言葉、絶対にまた言うから。私が今のお仕事にもっと自信がついた時に。それまでもう少し私の面倒を見てね。


 この後ボウリングを終え、私と陸先輩はゲームセンターでひとしきり遊んだ。そして洋食レストランに入った。晩御飯を二人で外食って今まであったかな。記憶の限り初めてかも。今日は梨花が外で済ませて来るからね。仕事の時は二人ではないし。


「くそー、勝てると思ったんだけどな」

「ゴチになります」

「あのガーターが痛かったよな」


 陸先輩と結婚の話をした時のゲームでこの晩御飯を賭けて勝負していたのだ。今日は陸先輩の驕り。ハンデもあったけど。て言うか、私がご飯奢ったことないな。今度何か理由を付けて奢ってあげよう。


「奢りになるとやたら機嫌良くなるな」

「そりゃ、まぁね」


 機嫌がいいのは、本当はそのことではないのだよ。鈍いなぁ。むしろ奢ってあげてもいいくらい機嫌がいいのだから。


「しかし、結構遅くなっちゃったな。もう8時だよ」

「陸先輩がクレーンゲームで向きになるから」

「だって……。つーか、梨花はまだ食事中かな」

「どうだろうね」

「あ。その梨花からだ。……もしもし?」


 陸先輩が携帯電話で話し始めた。陸先輩の言う通り梨花はまだ食事中だろうか。帰って来て心配して電話を掛けて来るにはまだ早い時間だよな。何の用事だろう。


「梨花今日遅くなるって」


 陸先輩が電話を切ると私にそう教えてくれた。


「そうなの?」

「うん。しかもよほど遅くなったら泊まっていってもいいかって聞かれた」

「え? 川名さんのとこ?」

「その場合は川名さんがホテル取ってくれるらしいけど」

「へぇ。何の話してるんだろ?」

「さぁ。とりあえず相手が川名さんだし、任せるって言っといた」

「そうだね」


 梨花が外泊とは珍しいな。まぁ、相手が社会人の女性だし安心はしていいのだろうけど。

 ん? 待てよ。と言うことは、今日は家で陸先輩と二人きりの夜。うほーい。初めてだ。梨花と陸先輩はゴールデンウィーク中にあったけど。別に梨花を邪魔者扱いしているわけではないよ。ただ私だってたまにはね。彼女なんだから。


「先輩」

「へへ。梨花が外泊なら一昨日の金曜日を取り返そうな」


 やんっ。陸先輩ったら。わかってるぅ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る