65.アンバランス~紗奈~

 だめだ、寝付けない。なんだか体が火照っている。今日は月曜日か。金曜日まで長いな。金曜日なら陸先輩と一緒に寝るから、たくさん愛してもらうのだけど。


「はぁ……」


 薄暗い部屋の中、ベッドで仰向けの私は天井を見上げる。今日、梨花とキスをした。陸先輩のキスは優しくも力強い。梨花のキスはとにかく柔らかい。男と女でこんなにも違うのか。

 とは言え梨花とキスをするのは二回目だ。一回目は私が陸先輩にファーストキスを捧げた日だった。その時は恥ずかしさと、陸先輩に対する申し訳なさで頭が一杯で、二人のキスを比較する余裕なんてなかった。


 けど今日は、陸先輩が梨花とのキスを許容してくれてのことだった。陸先輩がいいのならばと思い、私は軽い気持ちで梨花にキスをした。女の子同士だし梨花とは仲良しだしな、って深くは考えていなかった。しかも陸先輩が見ている前で。

 すると陸先輩から出た一言。


「もっかい見せて」


 私は唖然とした。嫉妬どころかもっと見たいと言ってきたのだ。陸先輩は私が他の人とキスをするのは平気なのだろうか? いや、それはないと思う。なぜなら梨花とキスをする前に陸先輩から発せられた一言。


「梨花しかだめだけど」


 つまり、私が陸先輩以外の人とキスをするのは梨花しか許容していない。その真意はわからないが、恐らく私と梨花の仲を理解してのことだと思う。ただそうは言っても、まだ見たいとは……。

 そう思っていると梨花が私の頬を優しく包んだ。梨花に視線を向けると梨花は嬉しそうな目を向けていた。やる気満々だと一瞬で悟った。


 そんなに私とキスがしたいのだろうか? 前回も今回も梨花から言ってきてのことだし。しかもファーストキスが私。私の知る限り、梨花のキスの経験者は私しかいない。意味不明だ。

 そして座ったままの梨花は立った状態の私の顔を引き寄せた。私は反射的に梨花の脇に手を差し込んだ。そしてお互いの唇が再び触れたのだ。さっきよりも強く。梨花の唇は見た目にはわかりにくいけど、プルプルで柔らかい。


「はむ……」


 正にそんな言葉が聞こえてきそうだった。突然梨花が自分の唇で私の唇を噛み始めたのだ。ひどく困惑した。その時からドキドキし始めた。なんなの? 陸先輩は一切何も言わないし。目は閉じていたが、陸先輩の視線は感じるのだけど。


「ん……」


 それを続けていると梨花のキスは更にエスカレートし、舌が挿し込まれてきた。さすがに声が出てしまった。恥ずかしい。けど、どうしよう、気持ちいい。陸先輩とは違う、柔らかくて小さい梨花の唇と舌。けど、陸先輩に見られているから困惑が消えない。

 梨花は私の口の中を弄って舌を絡めてくる。私は梨花と唾液を交換し合っている。本当にどうしよう、嫌じゃないのだ。けどこの気持ちは陸先輩に悟られたくない。だから私は梨花の口の中に舌を挿し込むことはせず、自分の口の中で梨花の舌を存分に受けていた。


 かなり長いこと梨花と私はディープキスをした。そして梨花がやっと私を解放してくれた。梨花の目がトロンとしている。私もたぶん同じなのだろう。瞼が陸先輩とたくさんキスをした時と同じような感覚だ。横で見ている陸先輩には悟られたくないな。


「ごちそうさま」


 梨花が満足そうに言った。小悪魔のような笑みだ。すると私はそれにまんまと引っ掛かったカモなのか? けど誰もが羨むほどの美少女。その女の子のファーストキスを奪ったのは私だ。それはそれで優越感があるのだけど。




「陸先輩と一緒に寝たいな」


 天井に向かって呟く独り言。こんな夜はたくさん陸先輩を感じたい。たくさん私の中に入ってきてほしい。そして陸先輩の愛をたくさん感じたいのだ。けど二人でしっかり話して決めた。一緒に寝るのは金曜日だけだと。やっぱり梨花に気を使うから。


「はぁ……」


 私は横になったままハーフパンツを下ろしてみる。そして下着の上から大事な所を触ってみた。湿っているような気がする。やっぱり欲しているのかな。どうしよう。落ち着かないな。


 夏休みは昼間の仕事の合間にたくさん陸先輩に抱いてもらった。梨花が部活で家を空けることが多かったから。日に日に感度が増す自分に戸惑いながらも、陸先輩に抱かれることに喜びを感じていた。心待ちにしていた日もある。

 陸先輩はたくさん私の体を触ってくれた。思い返してみる。陸先輩はどこをどう触っていたのかを。私は下着の中に手を挿し込んでみた。今までは怖くて直接触れなかった所。陸先輩がたくさん触ってくれたので、今なら触れる気がする。


「う……」


 少し体がのけぞった。かなり潤っている。陸先輩はいつもこんなになった私を愛してくれていたのか。私は手を抜かず陸先輩がたくさん刺激してくれた箇所を探し当てる。


「あっ……」


 だめだ、声が出ちゃう。陸先輩がしてくれるほどの良さはない。けど気持ちいいのは間違いない。私は体を横に向け、首を捻って顔を枕に押し付けた。うん、これなら声が漏れない。


 陸先輩……、大好き……。


 私はこの夜、生まれて初めて経験する行為に耽ったのである。




 いつも通りの朝。6時になると起きてくる陸先輩と梨花。私は二人より30分早く起きて、朝食とお弁当の準備をしている。辛いとは思わない。二人のためにやっているのだと思うと嬉しさすらも込み上げてくる。


「じゃぁ行ってくる」


 梨花と肩を並べて玄関で言う陸先輩。むー、今日は行ってきますのちゅうはしてくれないのかな。できれば陸先輩からしてほしいな。私からしてやろうかな。すると横から梨花が陸先輩を肘で突く。それに理解を示したのか陸先輩が言う。


「紗奈」


 陸先輩が私の肩に手を置いた。きた。いってきますのちゅうだ。


「ちゅっ」


 そんな音でも聞こえてきそうな一瞬のキスを交わした。あぁ、幸せだ。


「紗奈、あたしも……」


 あら、梨花ったら。梨花のおねだりって可愛いな。上目遣いで恥じらい顔だし。


「ちゅっ」


 梨花には私からしてあげた。陸先輩、ガン見だし……。まぁ、嫌じゃないならいいや。


「いってらっしゃい」

「行ってきます」


 満足そうに梨花がそう返すと、二人は揃って家を出た。


 さてと、まずは洗い物かな。私はキッチンに戻った。この家のキッチンは食洗器が付いているので実に楽である。食洗器に入らない調理器具だけ手洗いで、食器はサッと流して食洗器に入れるだけ。


 次は洗濯だ。梨花の朝練が始まったので、これは私が引き受けた。と言っても洗濯機は梨花が起きてすぐに回してくれている。それなので私は干すだけである。

 それでもこの9月から梨花は、申し訳なさそうに「お願いね」なんて言っていた。気にしないでね、梨花。頑張っている二人をサポートするのは私の役目だよ。私も早起きになって、このくらいの余裕はあるから。だからわざわざ梨花まで早く起きる必要はない。


「あれ?」


 たまにあるのだよな、こういうこと。洗濯物を自分で干すようになって気づく。梨花の下着が一枚多いのだ。けどブラジャーは多くない。何だろう。


 洗濯物を干し終わるとホッと一息。ダイニングテーブルでコーヒーを飲みながらスマートフォンでSNSのチェックだ。あまり苦いコーヒーは苦手なので、牛乳を入れてカフェオレにする。そして自分のアカウントに届くどこの誰かもわからない人からのメッセージに気づく。


「まったく、もう」


 本当に必要な人からのメッセージが埋もれてしまう。まぁ、本当に必要な人からのメッセージは、直接メッセージアプリに届くからいいけど。


「彼氏とのツーショットか……」


 中には彼氏と撮った画像をアップしている女の子もいる。アイコンの画像にしている子も少なくない。いいな。私も陸先輩とオープンにお付き合いができたらな。けど、高校生ではなかなか経験できない同棲をしているのだから、そこまで求めたら欲張りか。


「あ、そろそろ時間だ」


 時計を見た私はマグカップをシンクに置いて自室に入った。着替えて学校に行かなくては。寝間着に着ていたハーツパンツとTシャツを脱ぐと、部屋の全身ミラーに写る半裸の私。パンツ一枚の格好だ。


「むむむ……」


 自分の姿を見てあまり宜しくないことに気づいた。そう言えば昨晩、パンツを穿いた状態で自分を慰めた。どうせ短パンは穿くから見られることはないけど、臭いとかってどうなんだろう? 自分ではわからないな。気になるな。

 陸先輩に抱いてもらう時はいつも全裸だし、そもそも金曜日だから翌朝学校に行くことはない。夏休みは昼間がほとんどだったが、来客や訪問の前にしたことはない。今まで気づかなかったな。


「全部着替えよう」


 私は全裸になってタンスの引き出しを開けた。中から上下お揃いの下着を選び、そして制服で身を包んだ。これで心置きなく学校に行ける。キャミソールも着たし、短パンも穿いたからばっちりだ。

 私は洗面所に行き、洗濯ネットに脱いだ下着を入れた。


「あ……」


 ここで私は気づいた。アンバランスに洗濯物が増えてしまったことに。もしかして梨花も……。二人とも夜はノーブラだ。……するからこのミスマッチが生まれるのでは……? いや、気づかなかったことにしよう。


 そう言えば今日はゴミの日だ。家を出る時間も迫っているし、さっさとゴミをまとめてしまおう。そう思い、私は家中のゴミをかき集めた。

 それは寝室のゴミ箱を収集用のゴミ袋にひっくり返した時だった。


「え? いつの間に……」


 ゴミ箱から出てきたのは大量のティッシュだ。一瞬焦った。私は陸先輩のベッドの下の引き出しにある避妊具を確認した。


 ほっ……。


 ちゃんと数は揃っている。まぁ、こんな所で浮気ができるわけないか。一瞬でも疑ってごめんね、陸先輩。しかしこのゴミ……。わかってしまったけど、もう考えるのはやめた。皆年頃の高校生だもんね。


 そして登校し、道中の満員電車だ。この路線はまだマシな方らしいが、それでも人が多い。陸先輩と梨花と三人で登校していた時は、陸先輩が私たち二人にしっかり寄り添って睨みを利かせてくれていた。私はその時は気が付いていなかった。その陸先輩の優しさに。

 夏休み明け最初の日。一人で登校した時に私は痴漢に遭った。私はそれがショックだった。陸先輩しか触れてはいけない体なのに。悔しくて、悔しくてしょうがなかった。それで私は翌日から女性専用車両に乗るようになったのだ。


「紗奈、おはよう」

「あ、遥。おはよう」


 電車を降りて学校へ向かう途中で遥が私を見つけて声を掛けてくれる。こうして今日も私のスクールライフが始まるのだ。

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