64.百合萌え~陸~

 9月も下旬。時折涼しくも感じ幾分過ごしやすい。ただ10月に入ったらすぐに中間テストだ。テストのことを考えると憂鬱になるのが高校生。普段から勉強はサボっていないが、俺も例外なくその一人だ。

 そしてもう一つの憂鬱、今日は月曜日の朝だ。学校が嫌いなわけではないが、やはり週の始まりである朝は憂鬱だ。部活を始めたおかげで早起きだし、週末も部活に時間を取られてなかなか寝坊もできない。


「ごめん、お待たせ」

「うん。行こうか」


 玄関で待つ俺のもとに現れたのは梨花。梨花と二人だけでの登下校も随分板に付いてきた。紗奈が梨花だけには二人で仲良くすることに理解を示してくれる。その紗奈は寝間着にエプロン姿で俺達をお見送りだ。


「先輩、行ってきますのちゅうしてあげな」

「お、おう」

「やんっ」


 両手で頬を覆ってはにかむ紗奈。俺と紗奈は玄関でキスをした。


「いってらっしゃい」

「行ってきます」


 梨花と紗奈も互いに挨拶を交わして、俺と梨花は家を出た。


 これが不思議なのである。3日前の金曜日、突然梨花が俺と紗奈のキスを見たいと言い出した。俺は梨花の紗奈に対する気持ちを知っている。梨花を失恋させた張本人だ。それを梨花の目の前で紗奈とのキスを見せるなんて凄く抵抗があった。

 しかし梨花は俺達のキスを見ると満足したようにその場を後にしたのである。嫉妬しないのかな? 好きな人が目の前で他の人とキスをするのを見るなんて。俺の場合、紗奈が他の男となんて……考えただけでも嫉妬で狂いそうになるのに。まぁ、梨花もだが……。


 ただやっぱり俺が想う紗奈とのキスは俺だってしたい。紗奈もキスは好きなようで、梨花に見せて以降、梨花が家にいても、梨花の目の前だろうがするようになった。ディープキスはしないが。もちろんそれ以上のことも。


「平気なのか?」


 俺は駅に向かう道中で梨花に聞いた。


「何が?」

「紗奈が俺とキスしてるのを見て」

「うん。幸せそうにしてるのを見てるとこっちまで幸せな気分になってくるから」

「紗奈のことが恋愛感情で好きなんだよな?」

「そうだよ」


 わからないな。価値観が違うのだろうか? もしかして俺を自分に置き換えて、紗奈とキスをしている気分を味わっているとか? いや、こんな考えは無理矢理過ぎる。


「紗奈とキスしたいか?」

「そりゃ、まぁ……」

「紗奈とキスするか?」

「え? いいの?」


 途端に声が弾む梨花。よほど紗奈とキスがしたいのか。惚れているのだから当たり前か。


「まぁ。キスくらいなら」

「でもあたしの気持ちは本気だよ? 紗奈には言えないけど」

「うん。紗奈がいいなら、俺は別にいいよ」

「やった。今日家に帰ったら紗奈におねだりしてみる。紗奈にとってはだけど」


 そっか、友ちゅうか。それはそれで微笑ましいかも。そういう意識ならあまり抵抗はないな。大所帯のアイドルグループだって、しているのをテレビで見たことがあるし。相手が男なら絶対に許さんけど。


 駅に着いて電車に乗り込む俺と梨花。朝練が始まる前までは満員電車が多かった。しかし朝が早くなって車内の人口密度は減った。とは言え、それでも人は多い。


「先輩、ちょっと怖いから捕まってもいい?」


 唐突に梨花が言ってきた。この人口密度は電車の揺れでバランスを崩すと近くの人にぶつかるからそれなりに危ない。むしろ詰め込まれた方が安定するのではと思うほどだ。だから梨花の言葉にも納得ができる。ただ、今まではそんなこと言ったことないのに。


「あぁ、うん」


 俺が返事をすると梨花が俺の手首を握った。俺は反対側の手でつり革を握っている。梨花の反対側の手は肩に掛けた鞄を握っている。


「紗奈には内緒にしてね」

「うん。わかった」


 俯き気味に言う梨花の耳が少し赤いようだ。最近様子がおかしいし、やっぱり体調でも悪いのだろうか。足に力が入っていないのか、梨花は俺の胸に少しだけ額を預ける。ほんの触れる程度だが。

 紗奈に聞いた梨花の生理は先週終わっている。確かにその間は家でちゃんとショートパンツを穿いていた。土日は結局いつもの薄着に戻ったけど。そうすると生理とは関係のない体調不良かな。心配だな。


 俺は電車が安定する過程で一度つり革から手を離し、梨花の額に触れてみた。梨花は一瞬ビクッと肩を上下させた。驚かせちゃったかな。ちょっと申し訳ない。

 熱は……、あるような……、気がする。サッカー部が大事な時期だし、無理していないといいけど。一度、木田がそうであったように。家での薄着も止めさせようかな。これから気温は下がっていくわけだし。


「梨花、体調悪いとかない?」


 俯いたまま黙って首を横に振る梨花。俺の胸を梨花の髪が霞める。ここは梨花の返事を信じるしかないか。無理に突いても反って失礼な時もあるし。女子って男にはわからないことがあるから。


 俺の心配をよそに、この後学校に到着すると梨花はいつも通りマネージャーとして活動をした。練習の合間に気にかけて見ていたが、安心した。


 朝練後、俺が着替えて校舎に入ると昇降口に紗奈がいた。癒される笑顔を向けている。


「ダーリン」

「だからその呼び方、止めろって」

「ちゃんと周りに聞こえない声量で言ってるよ」

「……。で? なんだよ?」

「忘れ物」


 そう言って紗奈は口の空いていた俺の通学鞄に手を突っ込んだ。


「ん?」

「間食用のおにぎり」

「あ、そっか。ありがとう」


 俺の言葉に続けて紗奈は笑顔を返してくれた。そう言えばせっかく紗奈が作ってくれたおにぎりを持って出るのを忘れていた。弁当はしっかり鞄に入れたのだが。紗奈は周りの生徒にわからないように、忍んで俺の鞄におにぎりを入れたわけだ。


「じゃぁね」

「あ、待って」


 俺は紗奈を引きとめた。「ん?」と言って振り返る紗奈。俺は周りに声が聞こえないように気を付けて紗奈に言った。


「今日弁当食べたら一緒に屋上で過ごそうか?」

「え? 天地塾は?」

「全カリキュラム終了につき今日から閉講」

「やった。絶対行く」


 そう言って紗奈はご機嫌で自分の教室に向かった。


 そう、天地塾は一旦解散となった。これ以上塾形式で講義をする内容がないからだ。征吾と林は聞きたいことがあれば俺の所へ随時質問しに来ることになっている。まぁ、林が素直に質問に来るとは思えんが。

 ゴールキーパー以外の部員も必要に応じてグループメッセージで招集を掛けることになった。それなので招集が掛からない限り開講しない。皆それぞれクラスでの付き合いもあるだろうから、ダラダラと続けていても仕方がないのだ。

 紗奈とは一緒に暮らしているとは言え、部活を始めてから家以外での時間が少なくなっていた。学校は危険だと思いつつも、だからこそ今日の昼休みは紗奈を誘ったのである。




 この日の夜。俺が書斎でちょうど仕事を切り上げた時だった。パソコンの電源を落とすのがわかったのか紗奈が立ち上がり俺の横まで来た。梨花がそれを目で追っているのがわかる。最近梨花は学校の宿題や予習復習も書斎でやるようになった。

 紗奈が両手で俺を包み込むと俺の額にキスをした。まったく。いくら梨花が許したとは言え、梨花の目の前で遠慮がない。俺が紗奈に顔を上げると紗奈が唇を重ねてきた。


「紗奈、梨花が見てる。ちょっと恥ずかしいんだけど」

「えへへ。私は梨花なら見られてもいいもん」


 見られてもと言うよりは、見せつけているような行為なのだが。しかし抵抗できなかった。それどころか、紗奈が近づいてきて期待をしていた。口を吐く言葉とは裏腹だな。

 今日は昼休みに学校で紗奈と過ごすことができた。仕事の話は一切せず、ただただ高校生らしいカップルとして同じ時間を過ごした。俺はそれに満足をしていた。その満たされた気分はこの時までも続いていたのだ。


 すると梨花が言った。


「さなー。あたしにもしてー」


 あ、きた。朝言っていたやつだ。軽い感じで言ってはいるが、早速梨花が行動に移した。大丈夫だ。多分耐えられる。


「だめー。彼が焼きもち焼いちゃうからー」

「梨花とだったら俺は別にいいぞ?」

「え? いいの?」


 意外そうに俺の顔を覗き込む紗奈。


「うん。梨花しかだめだけど」


 言っていて我ながら思う。なんでこんなに梨花に協力的なのだろう? けどな……、梨花を失恋させたのは俺だし、これくらいは……。女の子同士。友ちゅう、友ちゅう。


「けど、私は先輩と梨花がちゅうするのは許容できないよ?」

「それはわかってるよ」

「じゃぁ、する」


 むむ、紗奈はする気があるようだ。それを聞いて途端に明るい表情になる梨花。あぁ、なるほど。今まで気が付かなかったが、確かに恋する乙女の顔だ。少し恥じらいも見て取れる。聞いてはいたものの、梨花は紗奈に本気なのだと実感する。


 そして梨花の脇まで移動すると、紗奈が梨花を両手で優しく包んだ。梨花がその温もりを愛おしむように紗奈の腕に頬を摺り寄せる。そして紗奈が一度梨花を離すとすぐに顔を近づけ始めた。


 ドクン。


 なんだろう? この気持ち。動悸が激しい。そして息が苦しい。顔を寄せる二人。すでに二人ともキスをする時の顔になっている。梨花のそんな顔は初めて見る。麗しい。おかしい。俺の動揺は嫉妬ではない。これは期待だ。訳が分からない。


 そして触れた。紗奈と梨花の唇が。優しく、ソフトに触れている。お互いの柔らかい唇が形を分け合っている。


 綺麗だ……。


 これが俺の抱いた感想である。俺が誰よりも想っている紗奈。そして想いを断ち切れない梨花。更に美少女である二人。その二人のキスは芸術ではないかと思うほど美しいのだ。


「ちゅっ」


 紗奈が梨花から顔を離すと少し照れながらも、言葉にしてそんなことを言った。言葉の方が遅れているよ。て言うか、そんな揚げ足取りのツッコミは置いておいて、まだ感動が消えないのだが。


「もっかい見せて」

「「は?」」


 何を言っているのだろうか、俺は。サナリーが意外そうな顔をするが、まだ見ていたい。俺ってそんな趣味があったのか? 百合萌えって言うのだっけ? いや、たぶんそんな趣味はないはずなんだけど。


 するとすぐに自我を取り戻したのは梨花だ。それなのに魅惑的な笑みを浮かべている。そして優しく紗奈の頬をホールドして、紗奈を引き寄せた。再び重なる二人の唇。梨花は俺に見せつけるように紗奈の唇を求める。終いには調子に乗って舌まで入れていた。紗奈は困惑顔だ。

 けど俺は興奮で二人から目が離せなかった。

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