54.誕生日おめでとう~陸~

 男女それぞれ大浴場で風呂を済ませると、日も暮れた頃、宴会場で宴会が始まった。宴会と言っても高校生なので酒はなしだ。

 しかし浴衣姿の女性陣にうっとりする。何だろうな、温泉宿の浴衣の魅力って。髪を上げたことで見えるうなじなのか、それとも肌蹴そうな胸元や脚なのか。そしてご機嫌な梨花。あぁ、今女子の大浴場に入ってきたからね。納得だよ。


 宴会場に並んだ料理は豪華である。仲居さんがご飯のお代わりのためだけに一人付きっ切りだ。なんだか申し訳ない。メンバーの半分は体育会系のノリだからな。大学生になったらここに酒が加わり収集が付かなくなるのかな。


 そして料理を平らげるとお待ちかねの誕生日会である。一度照明を落とし、旅館の人がケーキを運び入れてくれた。主役は紗奈と圭介なので、16歳と17歳か。蝋燭はどのようにするのだろうと思っていたが、単純に4本刺さっている。ま、無難だな。


 二人揃って蝋燭を吹き消すと、他の8人で『誕生日おめでとう』のコール。これには二人とも顔を綻ばせていた。圭介は当日ではないので、自分が祝ってもらえると思っていなかったようだ。サプライズ成功である。


「ほれ、圭介」


 俺は圭介にプレゼントを渡した。すると圭介が喜びの表情を向ける。ラッピングされていて中身は見えないが、その中身は10円チョコの詰め合わせだ。

 吉岡の時はクッキーの詰め合わせだと決めている。公太は、まぁいいか……。水野と小金井の時はちょっと真剣に考えよう。


「これ紗奈にな」


 と言って紗奈にも用意していたプレゼントを渡す。梨花からのプレゼントと合わせて両手に持ち、目を潤ませる紗奈。まだ中も確認していないのに、泣くなよ。泣いたら俺、梨花との約束違反になってしまうからな。


「先輩、ありがとう」


 まぁ、この嬉しそうな顔と、この言葉を聞けただけで俺は満足だ。初めてできた彼女に、初めて渡すプレゼント。すごく感慨深いよ。

 そして俺達は仲居さんに集合写真を撮ってもらった。俺と紗奈と梨花のスリーショットも撮った。それはいいが、なぜ愁斗と永井は写真撮影になった途端に梨花に群がる。今の主役は紗奈と圭介なのに。


 夜も更けると男子部屋に全員が集まった。


「王様ゲームやろうぜー!」


 これは即却下。残念だったな、公太。そう簡単に紗奈には触れさせん。そして梨花にも。その公太は吉岡に蹴りを入れられているし。幼馴染とは言え、やっぱり仲いいな、この二人。


 そして始まるトランプ大会。まずはババ抜きだ。円になって男女千鳥に配置され、俺の両側は水野と小金井だ。

 まずは俺が水野から抜き取る番。俺は真剣にカードを選ぶ振りをして、その先に見える水野の胸元を目に焼き付ける。

 あぁ、今わかった。これが和服の良さか。日本人は基本的に小さい。そして和服が似合う。なるほどね。これが俺好み。わかる人にしかわからんと思うが。


「早く引きなよ」

「ん? 今透視中」

「バカか」


 はいバカです。むむ、殺気が放たれた。恐る恐る首を回すと……。あぁ、紗奈だ。やばい、調子に乗り過ぎた。次こそミドルシュートかも。

 罰が当たったのか引いたカードはジョーカー。なんてことだ。とりあえず俺は手札をシャッフルさせて小金井に向ける。

 手札の先に見えるのは小金井の豊満な谷間。見ようとしなくても目立っている。うむ、比較してみてわかる。俺が求めるのはこれではない。しかしでかいな。そんなことを思っていると手札が一枚軽くなった。


「あぁ、ババです……」


 おい、言わなきゃいいのに。せっかく俺が持っていることを隠していたのに。


 やがてトランプ大会が終わると始まったのが怖い話。語り手は吉岡だ。紗奈と水野と小金井は怖がっている。圭介と永井も顔が引きつっているし。語り手のいい鴨だ。しかしなぜかけらけらと笑っている梨花。うむ、一番心臓が強いようだ。

 まぁ、トランプと怖い話は定番だよね。とりあえずここで中締め。女子は女子部屋に帰って行った。そして始まったのは二次会。照明も落とさず、みんな布団の上であぐらをかいて座っている。どうやら仕切りは公太だ。


「童貞、手を上げろ」


 いきなり公太がそんなことを言う。すかさず手を上げる圭介と愁斗。ん? そうだ、俺も上げておかなきゃ。美鈴さんのことも紗奈のことも秘密だった。しまったな、ちょっと出遅れた。そう言えば、永井は? するとそれに反応する公太。


「ほう、一年ながら経験者か」

「はい。中学の時に彼女いましたから」


 中学生の時にすでに経験していたのか、こいつは……。それを根掘り葉掘り聞く輩ども。俺もその輩の一人だが。そして公太の尋問は俺に向く。


「今、陸、遅れて手を上げたよな?」

「そんなことないって。あはは」

「いや、遅かったっす」


 愁斗め、なぜ拾う? 先輩を立てろよ。いや、公太も先輩か。


「陸の童貞って怪しいんだよな」


 疑う公太。いかんな。うちで歓迎会をした時のことがあるからな。ここは的を変えよう。


「そういう公太は?」

「俺はもうすぐ百人切りだ」


 本当なのか、嘘なのか。愁斗と永井の好奇の目が公太に向き、色々質問をする。その中で爆弾発言をする公太。


「陸の唇柔らかかったぜ」


 お前だったか……、俺に絶望を与えた命の恩人は……。それより、俺は気になっていることがある。


「圭介?」

「はひ」


 動揺している。圭介も俺から何かが来ると予感していたのだろう。そう、何かが。


「一年で仲良くしてる子いただろ? どうなった?」

「……」

「八組の綾瀬里美」

「……」


 黙りこむ圭介。すかさず拾う公太。それどころか愁斗と永井も拾う。


「誰だそれ? 可愛いのか?」

「俺も知らねっす。どんな子っすか。つーか、隣のクラスだから休み明けに見に行きます」

「八組遠いから俺も見たことないっす」


 そりゃ、一年も関わるネタだからな。そしてその後のしつこい尋問に耐えられず、とうとう圭介が黙秘権を放棄した。


「こ、告られた……」

「「ぎゃー!」」


 俺と公太の悲鳴だ。背中から布団に倒れ込む。愁斗と永井はぽかんとしているが、いや、だって圭介だよ? あの圭介が告白されたって。女好きだが、地味ィズで、浮いた話の出てこない圭介だ。

 よくよく話を聞いてみると、どうやら俺と紗奈がダブルデートをした日の帰りにそんなことがあったらしい。紗奈から送って行けと言われて送った時だな。とりあえず体を起こす俺と公太。


「な、何て、こ、答えたんだ?」


 公太、興奮で噛みまくり。その気持ちはわからんでもないが。


「いや、えっと……。まだ相手のことよくわかんねぇし。けど連絡取ったり、遊んだりは嬉しいから、まずは友達としてならって答えた」

「「うおー!」」


 また叫ぶ俺と公太。意外と圭介って慎重派なんだな。浮かれてオッケー即決タイプかと思っていた。


「陸はどうなんだよ? きっかけは陸と日下部と4人で遊んだ時じゃん」


 げ、圭介の鋭い返しで話が俺に戻ってきた。と言うか、あの日のきっかけは圭介にこそある。俺は紗奈と秘密のデートをしようとしていたのだ。俺は巻き込まれた側だ。なんてことは言えないよな……。


「日下部とはどうなんだよ? 一回噂になったし、今日もやたら一緒にいたし」


 むむ。質問の手を緩めない圭介。ここはいつもの……。


「可愛い後輩」

「それ、聞き飽きたって」


 むむ。公太も愁斗も永井も逃がさないと言う目を向ける。そんなに問い詰められてもな。もしかして紗奈も今頃問い詰められていたりして。


「紗奈も梨花も可愛い後輩だって」

「月原もっすか?」


 愁斗が反応した。しかしいきなり食いついてきたな。どうしたんだよ? 心なしか永井の目もギラついている気がする。


「ん? そうだよ」

「陸さん、月原好きな奴いるらしいんすけど、知ってます?」


 知っている。て言うかそれ、超トップシークレットだ。これを口外したら梨花が生きていけない。大げさではなく本当に。


「そういう奴がいることは知ってるけど、誰かは聞いてない」

「そっかぁ……」


 落胆の表情を見せる愁斗と永井。俺の家でやった歓迎会の時にそう聞いている。だからこの答えでないと、公太と圭介の認識と矛盾してしまう。ただこれ以上は絶対に言えない。て言うか、こいつら梨花に気があるな。とりあえず俺から話が逸れて良かった。


「ほうほう、一年諸君も意中の相手がいるようだな」

「俺は断然月原っす」


 うお。公太の言葉にはっきり断言した愁斗。潔いな。格好いいな。


「俺もっす」


 続く永井。あら、愁斗との間で火花が散っちゃった。俺も言いたいな。俺は紗奈と付き合っていて、紗奈が一番です。そして梨花に対してもそういう感情を抱いています、って。

 言えないよな。学校生活もだけど、何より一緒に暮らしていることがあるからな。それは梨花にも関わることだし。それにそもそも俺って気持ちが二股の最低男だし。


「そうか、そうか。それなら俺達は皆彼女なしだな。仲間だ。ただ、今は圭介が一番早そうか」


 公太ごめん。実は俺います。言いたいな。紗奈って今までこんな気持ちだったのかな。俺なんかのどこがとは思うけど、彼氏を自慢したかったんだろうな。胸を張って俺のことが好きだって言いたかったんだろうな。やっとそれが俺にもわかったよ。


「ちょっと待て。公太は吉岡とどうなんだよ?」


 締めようとした公太に待ったをかけたのは圭介だ。それは俺も小なり思ったことがある。さっきから鋭いな、圭介。


「ただの幼馴染だ。以上」


 逃げやがった。ずるい。公太は自分のことは言わないまま、夜は更けていった。




 翌朝、一行は旅館を出ると温泉街を回った。土産物選びだ。午前中はこれに費やして昼食を食べたら東京に帰る。

 それは前日の午後同様、入れ代わり立ち代わり2~3組に別れ、俺が圭介と水野と広い土産物屋にいる時だった。


「先輩」


 どこから湧いて出たのか俺の服を引っ張る紗奈。俺はそのまま紗奈に連行された。そして着いたのは土産物屋の軒が並ぶ通りの裏手で、川に面した崖地だ。


「どうした?」

「ん? せっかく彼氏との初旅行なのに、一回もイチャイチャしてないなと思って」


 なんて可愛いことを言うのだ、俺の彼女は。海の家で膝枕してもらったことは、ここは敢えて突っ込まない。


「ここならたぶん誰も来ないし、誰にも見られないよ」


 俺は当たりを見回す。崖とその下に川。反対側は土産物屋の裏手の外壁。確かにここは人目に付かない。


「ぎゅっ」


 するといきなり抱き付いてくる紗奈。まったく、胸が躍るではないか。俺は紗奈を抱き返し、片方の手で頭を撫でた。紗奈って頭を撫でられるのが好きだから。


「ちゅうして」

「うん」


 俺は紗奈とキスをした。今度は二人で来ような、紗奈。誕生日おめでとう。

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