おまけ。献身心母

 髪に泥がまとわりつく。不快だ。

 やはり三者懇談など無視しておけばよかった。あの息子なら、私やくだらぬ教師の言葉などなくとも自分の道を歩むだろうし、何より……


「奥方様。一旦どこかで、湯浴みなされますか?」


「聞くまでもないでしょう! すぐに手配しなさい!」


 広井の悲鳴が聞こえた。駄目だな。これでは八つ当たりだ。

 私は努めて笑顔を作ってみた。だが、どうにも上手くいかない。表情筋が引きつりを起こしているのが分かる。


 あの娘。森泉といったが、まだ子供だから許した。しかし、収まらん。腹の虫が怒り狂っている。あんな辱めを受けたのは、あの人との初夜以来である。許し難い。

 最近の女子とはあんなものなのだろうか。まったく嘆かわしい。親の顔が見たいものだ。きっと格も品もない、有象無象の代表のような輩であろうが……


 ふと、娘の事を思い出す。私は、あの子にちゃんとした教育をしてきただろうか。

 しきたりとはいえ、遠く離れた英国に預けて早十数年。世話係のラングリーを信じていないわけではないが、心配だ。

 もしあの子が、先の猿のような恥知らずに育ってしまったとしたら……怖気おぞけがする。いかんな。これは早急に手を打たねばなるまい。


「広井。行き先変更です。羽田へ向かいなさい」


「はぁ……お湯はどうなさいますか?」


「その後に決まっているでしょう!」


 再び悲鳴が聞こえた。だが、今のは広井が悪い。十二分に反省してほしい。

 そんな事より我が娘である。幸いにして明日は面会の日。予定していた出立時刻より少し早いが、この目で、あの子がどれほど沢田の人間として成長しているか見定めよう。もし、成長していないようなら……


 窓の外には陽炎が立っている。

 私は不安を募らせながらそれを見た。どうかこの憂いも、一夏の陽炎のように、儚く消えてくれるよう願いながら……

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