おまけ。義父と海

 僕は蘭の父親、つまるところ義理の父に呼び出されていた。

 場所は浜辺。移動に要した時間は、およそ九十分。

 渋いじゃないか。こんな時期に海だなんて。きっとトレンチコートに中折れ帽を被り、サングラスをかけて葉巻を吸いながら現れるに違いない。


「申し訳ありません沢田様。お待たせしてしまいました」


 後ろから声をかけられた。よいよい。暇潰しがてら早めに来たのだ。それでは、どのような出で立ちかとくとご拝見!



 普通のスーツとビジネスコートであった。

 いや、作りは確かにいいのだが、まったく、失望させてくれる。


「あの……お怒りでしょうか?」


「あ、いえ。申し訳ありません。あまりに公的な出で立ちでございましたので、つい萎縮してしまいまして……」


 義父は和かに「この歳で洒脱はできませんよ」と笑った。その理屈も分かるのだが、多少は遊び心を持ってもいいのではなかろうか。

 まぁいい。さっさと本題に入ろう。


「ところで、お話というのは……」


 そう切り出すと、途端に真面目な顔つきとなった義父は煙草を取り出し「どうですか」と僕に進めた。愛煙家ではないので断わると、彼は自らも紫煙を燻らすことなくそっとそれを閉まい、代わりに言を発したのであった。


「沢田様。私は、愚かな父親です」


「何を仰るのですか。ご立派でございますよ」


 急な告白にしどろもどろとなる。なんだなんだ。どうしたというのだ。


「……私は、先に行われた結婚式の時に、貴方が来なければいいと、ふと考えてしまったのです」


「それは、僕が信用できなかったからでしょうか」


「確かにそれもありました。蘭は女といっても身体は男。女性と結ばれた方が自然だと、今でも思ってしまうのが、私の器の狭量さです。しかし、それより更に質の悪い邪を、私は考えてしまっていました」


「……沢田の権力ですか?」


 僕の問いに、義父は小さく、うな垂れるようにして頭を縦に振った。

 無理もない話である。僕が彼でも、同じ事を考えるであろう。金を借り、肩身の狭い思いをしている家族を彼は見ているのだ。近しい者が苦しんでいる姿ほど、胸の痛む話はない。


「私は、父として、人として悪質です。娘が信じた相手を信じる事ができず、立場や金だけの事しか……」


「お義父さん。それ以上は言わないでください」


「沢田様……」


「僕自身。未だに娘さんを幸せにできる力もなく、またその身でない事は百も承知なのです。ですから、どうか、僕を信用しないでください。ずる賢い狐が娘を攫ったのではないかと、常に穿った見方をしていてください。僕はその疑いを、自身の努力と覚悟によって晴らしてみせます」


 信用とは結果である。結果とは努力である。努力とは、いかに覚悟して物事に取り組むかという事である。即ち、腹を決めて事に挑めば、必ず結果はついてくるのである!


「……分かりました。しかし、その内の覚悟はもう見せていただきました。後は、努力の方を期待させていただきます」


「いえ。覚悟もまだ決まっておりません。ですが、これから決めに行きますので、お義父様だけにはその内をお伝え致します。くれぐも、ご内密に……」


 僕は義父に、去勢をする旨を伝えた。すると彼は「そんな事はやめて下さい!」と、必死に懇願したが馬の耳に念仏。申し訳ないのだが、吐いた唾は飲まぬ主義なのだ。


 静かな海辺で、静かな男が騒いでいるのが面白かった。玉をとったら、是非とも見せてやろうと思った。

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