駒鳥の結婚式 中

 翌日。身体中痣だらけであったがなんのその。僕は一度しか袖を通していないタキシードに身を包み、勢いよく外に飛び出した。


 空は快晴。地表の熱が容赦なく宇宙へと吸われていきやたらと寒いのだが、それが身も心も引き締めてくれて都合が良かった。沈みゆく月が僕の憂いと重なる。夜は明けた。これより先、我が征くは黄道の一筋。これから先。もはや影など差そうものか! 

 一歩、また一歩と足を進める。その度に、僕の心に火が灯る。挫けぬ心を持ってして、花嫁略奪いざ参ろう!


「待てよ」


 誰だ僕を止めるのは。そう思って振り返ると、見たこのあるようなないような男達が三人ほど首を揃えていた。どうでもいいが間が悪い。何の用か知らぬが、僕は忙しい。構っている暇などない。


「この前は世話になったな。あんたに殴られた傷が未だに疼くぜ。聞いた話、あんたは沢田っていっても何の権力もないそうじゃないか。バックがいないなら怖くない。礼を返させてもらうぜ」


 何の話か要領を得ないが、つまるところ僕を袋叩きにしたいようだ。どこの誰だか知らんが、暇なやつらめ。馬鹿どもなどに構っていられるか。


「悪いが今日は忙しいのだ。日を改めてくれ。事前にアポイントメントを取ってくれると助かる。それでは」


「馬鹿か。逃がすかよ」


 逃走を試みる。が、回り込まれてしまった。逃げられぬか。少し寝坊した故、あまり時間がないのだがな。仕方がない。応戦してやろう。


「!」


 先手必勝である。僕は目の前に立っていた男の睾丸を蹴り潰し、返す刀、いや足でその隣に立っていた禿げ頭の顎を砕いた。やっていてよかった格闘技。その辺に生息する野生のチンピラの始末など、赤子の手を捻るより容易い。


「お前……殺してやる!」


 最後に残ったリーダー格と見られる男がナイフを出して叫んだ。物騒な話だ。そんな物を持って職務質問でもされてみろ。一発で連行されてしまうぞ。しかし刃物か。あまり怪我はしたくない。面倒だが、説得を試みてみるか。


「まぁ落ち着け。光物など出したら洒落では済まなくなる。ここは見逃してやるから、また来い」


 僕はなんと慈愛に溢れているのだろうか。勝ち目なくヤケクソになった相手をなだめ、あまつさえ再戦のチャンスまで与えるとは。情深いにも程がある。釈迦やキリストと肩を並べてもまったく問題ないだろう。いやはや現代に生きる聖人か。改めて考えてみると照れるな。


「黙れ!」


 だが男には馬耳東風であった。か細い腕で持ったナイフを僕に向かって突き出してきたのである。向こう見ずなやつだ。勇気と蛮勇は違うのだがな。

 無闇な刺突を回避しつつ隙を伺う。動きは鈍いし狙いも荒い。武器を持ったからといって身体能力が向上するわけではないのだ。依然、優位なのは僕である。あまり時間をかけてはいられないが、急いては事を仕損じる。頃合いを見計らって、最短で……


「あ……」


 急いていなくとも、仕損じることはあるようだ。目測を誤り、僕の左の掌には深々とナイフの刃が入り込み貫通している。

 それを見て男は立ち止まって大声を上げ笑い、「俺に逆らうから!」とまるで勝者のような妄言を吐いた。馬鹿だなこいつは。


 僕はそのまま男に近付き顔面に思い切り拳をめり込ませた。柔らかい肌の奥にある骨が砕ける感触があった。喧嘩に刃物を持ち出すような人間に手加減する必要なし。無様に寝ていろ悪漢め。抜けた歯の治療費にせいぜい苦しむがいい。





 僕は刺された部分をネクタイで止血して、タクシーを拾い教会に向かった。運転手は僕のナリを見て困惑した様子であったが素直に発車してくれたので助かった。

 しかし無意味な前哨戦をしてしまった。おかげで左手は使い物にならなくなってしまったし、右手からも出血がある。殴った時に歯で切ったのだろう。

 思えば、二人倒した時点で逃走も可能だった気がする。僕とした事が、闘いについ熱中してしまい冷静な判断ができなくなっていたようだ。これも家系の血だな。


「ところでお客さん。今更で申し訳ないんですが、あの教会かなり距離がありまして、その、言いにくいんですがお値段の方も……」


 弱気な運転手である。はっきりと「金がかかるぞ!」と言えばいいものを。


「かまわん。全速力でそこまでやってくれ。金はほら、この通りだ」


 懐から十万円を出して前の席に向かって放り投げる。すると、運転手は途端に笑顔となって「了解です!」とアクセルを踏み込んだ。ゲンキンな奴だ。だがまぁこれで間に合うだろう。傷は痛むが知った事ではない。こんなもの、蘭の苦しみに比べたらどれだけ軽症か。

 蘭か……今頃は新郎の待合室にいるのだろうか。本来であれば、花嫁衣装を着たかったろうに。

 過ぎ行く風景を見て、僕は蘭の事を考えずにはいられなかった。それが、彼女との思い出を振り返るようになるまで、そう時間はかからなかった。

 妙なお見合いから結ばれた蘭との縁。その日蘭は、僕が自分を女として扱ってくれて嬉しかったと言っていたな。それまではずっと、奇異と侮蔑の目で見られてきたのだろう。僕も事前に知らされていたら、同じように彼女を見ていたかもしれない。結果論ではあるが、何も伝えなかった母に感謝したい。

 森泉と飲み比べした時は悪い事をした。もう二度と、売り渡すような真似はしない。しかし、あの華奢な身体によくあれだけの酒が入ったものだ。

 誕生日にプレゼントをくれたのは彼女ただ一人だけであった。中身は小さなオルゴールだったな。彼女らしいと思った。事前におかしな催しはあったが、嬉しかった。

 兄の花嫁と対決させた事もあったな。わざわざ引っ張り出してしまったのだが、嫌な顔一つせずに引き受けてくれた。おかげで兄が抱えていた問題も無事解決。本当に、蘭がいてくれてよかった。


 一年足らずの、ごく短い期間であったが、彼女との思い出はすべてが得難く、楽しい出来事であった。いや、実際そうでもないのだが、ここはそうであったということにしておこう。

 共に過ごした時の中で、蘭は、いつの間にか掛け替えのない存在となっていたのだな。もう少し早くに気が付ければ良かったが、今更いっても仕方がない。今はともかく彼女に会いたい。拒絶されようが、恨み言を述べられようが、僕は蘭に好きだと伝えたい。身勝手なのは百も承知。だが、もはや自分でもこの躍動は止められん。蘭に会いたい。蘭と話をしたい。蘭と口付けを交わしたい。彼女を愛していると想えば、心臓が高鳴り血が湧く。肉が弾ける。恋とは、いいものだな。それだけで、生きているのが楽しくなる。

 だが、ここに至るまでに蘭を傷つけてしまった事実は変わらない。それは大いに恥じだと思う。だから、これから対面してもし、蘭が僕を受け入れてくれたのなら、その傷心を絶対に癒してみせよう。僕にはその義務と、権利があるのだから!






「着きました。お釣りは……」


「いらん!」


 タクシーから駆け出し僕は門をくぐった。その先には広い庭があり、教会本体は奥に小さく見えていた。これは計算外だ。もっと早くに起きれば良かった。


 仕方なく走る覚悟を決める。余計なダメージを負ってしまった故に体力は温存しておきたかったが、仕方がない。と、その時。傍にある小屋からいななきが聞こえた。馬だ。馬がいるのだ。

 小屋を覗いてみると、確かに馬がいる。しかも白馬だ。こいつはいい。少し借りるぞ。

 僕は馬に繋がれている紐を解き柵を解放した。馬はゆっくりと歩き出し、僕に顔を近付ける。うむ。いい馬ではないか。


「あんた! 何をやっているんだ」


 馬の頭を撫でていると、管理者らしき男が怒鳴りながらこちらに近付いてきた。舌打ちをする。まったく、不粋なやつだ。


「うるさい!」


 僕は男を殴って馬に飛び乗った。鞍もいい。しっくりくる。


「ちゃんと返すから、安心しろ! ではな!」


 馬を繰り庭を駆けた。後ろから待てと聞こえたが、待てるものか。鞭はなかったが、馬は僕の意思が伝わっているのかとんでもない速さで教会に向かって走ってくれる。白馬は駄馬だと相場が決まっているのだが、やるではないか。気に入った。貴様にはカンタカと名付けてやろう。


 教会に着いた。しかしカンタカは止まらない。おい。もういい。このままだと激突してしまう。止まれ。止まってくれ。止まってください! いかん。もう目の前には教会の扉が……

 死を覚悟した。だが、さすがは僕が惚れ込んだ馬だ。カンタカは衝突する瞬間に扉を蹴破り内部に侵入すると、そこからはゆっくりと赤い絨毯の上を進み、止まった。


「迎えに来たぞ蘭!」


「……貴方様!」


 どよめきが聞こえる。だが、僕にはそれがファンファーレに聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます