駒鳥の結婚式 前

 ちぐはぐながら、言葉に詰まりながら僕は森泉に話をした。

 彼女はそれを珍しく黙って聞いてくれた。合間合間に酒は入っていたが、茶化したり水を差したりすることもなく、僕が吐き出しきるまで待っていてくれたのであった。


「……というわけで、今現在、酷く苦しいのだ」


 僕の締めの言葉を聞いて森泉は盃を空けた。最初の笑顔はどこかへ消えて、彼女は無表情に自分の爪を見つめていた。何かを考えているのだろうか、ときおり顎に手をやり首を上げたりしている。


「すみませーん。ここ二人、お勘定お願いしまーす」


 左右の人差し指をクロスさせながら森泉は店主にそう言った。突然の出来事である。何か意図があるのか。


「ここは奢ってあげるから、とりあえず外出ようか」


 僕は彼女に言われるままに金を出してもらい、促されるままに退店した。そしてそのまま「ついて来て」と手招きされて、後ろ姿を追っていくのであった。


 辿り着いた先は市街から少し離れた駐車場。車の数は少なく、人影は皆無。こんな所に連れてきていったい何をしようというのか。僕は訝しみながら森泉に聞いてみたが、答えは帰ってこなかった。


「ちょっと立ってて。動いちゃ駄目だよ?」


「……? よく分からんが、分かった。立っていよう」


 僕は指示された通りに直立不動となって待った。すると次の瞬間、森泉の下段蹴りが見事に入った。体勢が崩れる。そこを狙って今度は肋に鈎突き。腹に直蹴り。背に踵落とし。流れるような連続技に僕は打ちのめされ、地面と接吻をした。正直、かなり痛い。


「あんたねぇ。本当にどうしようもないよ。好きな女を盗られてグチグチと言ってどうすんの。馬鹿なの? あ、聞くまでもないね。この馬鹿! 死ね!」


 森泉は僕の髪を掴んで頭を持ち上げ、顔に向かって唾を吐きかけてきた。本当に死にそうなほどのダメージを負っているのだが、いきなり何なんだ。何を言いだすんだこいつは。好きな女? 万古蘭が? 冗談も休み休みに言って欲しい。僕には男色の気などないし、好きな女は目の前にいる。それを聞かせてやろ……うっ!


 痛みに堪え、そのまま反論を試みようとするももいきなり髪を離され顔が落下。鼻を打ってしまい口の中に血の味が広がる。そしてそのまま横腹に蹴りを入れられ、咳き込むようにうめいた。


「おかしいだろ……」


 ようやくと蹴りが止まったので血を吐きながら口を開くと、森泉は足で僕の身体を抑え付け「何が」と、明らかに怒りに満ちている声で聞いたのであった。


「僕が好きなのは、お前……」


 再び蹴り。内臓を直接いたぶられているような鋭い衝撃が容赦なく僕を襲う。


「あんたは好きな女の前で他の女がいなくなって辛いなんて話をするのか!? ありえないでしょう!」


 言われてみれば確かにそうである。いやしかし、単純に友情を裏切った後ろめたさからの事かもしれないではないか。

 そうは言っても聞く耳持たぬだろう事は、容易に想像がつく。だが、言われっぱなしと言うのも癪だ。ここはアプローチを変えてみよう……そうだ。万古蘭は男の肉体を持っているのだ。森泉も彼女を男扱いしていたし、そこを突けば言い負かせられるかもしれん。よし、トライしてみよう。


「あいつは男だ。僕は男には……っ!」


 また蹴りだ! 反論は許されぬというのか! 

 しかも先のものより遥かに強烈である。痛みで意識が飛びそうだ。


「あの子は女でしょう! 身体が男だからなに!? 好きなら関係ないじゃない!」


 お前、散々万古蘭の事をからかっていたではないか。とんでもない二枚舌だ。地獄に堕ちたら閻魔が難儀するだろうな。


 おのれ、ここまできたらもういくところまでいってやろう。ネックとなる部分をすべて吐き出して、痛みに変えてやる。

 しかし不思議なものだ。問えば問うほど、蹴られれば蹴られるほどに、僕は失われた覇気を取り戻しているように感じられる。今までの弱気が嘘のようだ。腹の底から、雄の力が湧き立っている。


「……まだ、奴と出会って年月が少ない。そんな簡単に、愛だの恋だのとほざけるか……っ!」


 そら来た! いいぞ! 僕の中に潜んでいた悪鬼悪霊が逃げ出していく! この荒療治、効果は覿面だ!


「人を好きになるのに時間なんか関係あるか! きっかけなんて話していて楽しいとか笑顔が可愛いとかで十分! ごちゃごちゃ考える必要なんてない! 好きなら好きでいいの!」


 身体の中からみしりと音がした。肉が断たれたか? 骨が割れたか? いいや違う。これは、僕の迷いが破裂し、覚悟が完了した音だ。


 笑った。夜空に轟く大豪笑。馬鹿だな僕は。森泉の言う通り、好きなら好きでいいではないか。認めよう。僕の気持ちを。

 身体が男だからなんだ! 会っていた時間が短いからなんだ! 自身でも気付かなかったとはいえ、僕は今まであいつと一緒にいて、蘭を愛していたという事実に嘘などないではないか!


 自分に腹が立つ。だが、そのおかげで成長もできた。いい経験だ。生まれて初めて願った死も、これからの人生をより豊かにする糧となるだろう。

 そして、これから行うは生涯一度の天王山。森泉への告白など、これに比べれば小さい小さい! 明日。僕は姉から、万古蘭を略奪しよう! 家族を敵に回したって構わない。いや、世界中から戦線布告をされたとしても、この決意は絶対に揺るがない! 痛みは消えた。闘志が身体を戦士に変えたのだ。僕はやるぞ。絶対に打ち勝つぞ!


「……ちょっと強くやり過ぎちゃったかな……」


 こだまする笑いに森泉が狼狽している。そうでない事を教えてやらねばな。

 僕は立ち上がって血反吐を吐き捨てた。蝕んでいた毒が抜けたようで体調はすこぶる良好。心のデトックス大成功である。


「森泉。卒業式の時、僕に蹴りを放ったのを覚えているか?」


「え? あぁ、うん」


「もう一度だ。もう一度、あの時と同じように、上段廻し蹴りを僕に食らわせてみろ」


 一瞬躊躇したが、森泉は小さく頷いて構える。直後、稲妻の如き蹴撃が僕の顔を目掛けて飛んできた!


「……!?」


 小さな足の甲が、僕の手首によって固定されている。残念な事に森泉はパンツスタイルだった。あの時のように下着は拝めない。


「僕は馬鹿だ。馬鹿だから何度も失敗をするし、痛い目にもあってきた。だが、その都度立ち上がり、次は上手くやろうと努力してきた。今回も、そうしよう。それが僕という男だ。もう取り返しのつかないところまで来ているかもしれん。だが、それでも僕は前に進む! ありがとう森泉! 僕は、僕を取り戻した!」


 足を下ろした彼女は「あらそう」と溜息を吐いて構えを解いた。これにて僕の治療は終了である。


「まぁ、応援くらいはしてあげるよ。後でどうなったか、聞かせてね」


「あぁ。きっと、いい報告を伝えよう!」


 森泉と別れ、僕は走った。身体が軽い。飛んでいるようだ。

 あぁ万古蘭。蘭。蘭! 蘭!! 好きだぞ! 大好きだ! 明日、絶対にお前の元へと行くからな!

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