I Killed Cock Robin'

クリスマス・来たる 異 中

 ほろ酔い気分で冬の風が心地いい。こんな日は風族……と思ったが、止めておこう。せっかく皆で楽しく飲んでいるのだ。一人抜け出すというのも不粋な話である。


「せっかくだ。二件目に行こう」


 僕がそう提案すると、万古蘭は驚いたような表情を浮かべ「え?」と手で口元を押さえた。


「いいのですか?」


「何がだ」


「いえ、私、貴方様の事ですからてっきり、お一人で色遊びでもなさるのかと……」


 こいつは僕を何だと思っているのだ。いや確かに一瞬チラと思ったが、そう正直に言われると癪に触る。


「蘭。愚弟にそんな金はないよ。なにせ右手が恋人なのだからな。それとも、左手を使う好き者かな?」


 お前もお前で失礼ではないか姉よ。いい加減、僕が学生よろしく手淫にふけっているなどというでまかせを正さねばならんな。


「姉上。僕はちゃんと女を買っている。いつぞやに森泉と会っただろう。あいつはそのうちの一人だ」


「ほう……それは良い趣味だな。母上が聞いたら、さぞお喜びになるだろうよ」


 脅迫だろうか。非道極まりないな。そういうのは冗談でも寿命が縮むので止めていただきたい。無駄なストレスは百害あって一利なしである。


「本当に、どうしてあのような女にうつつを抜かしているのか……こればかりは私も擁護できませんわ。あれなら、その辺りの犬と致して頂いた方がまだ救われます」


 遠慮もクソもない暴言ではないか。逆に清々しい。

 しかし、犬か。昔に一度、金のない時に挑戦してみようとした事はあったが、さすがに思いとどまったな。いやはや獣はまずい。今思い返してみるととんだ血迷いであった。


「まぁ森泉の話はこの辺りでよそう。酔いが覚めてしまった。早く店に入りたい」


 先ほどまではちょうど良かった寒気が身体を凍えさせる。酒を飲んで早く暖まりたい。


「そうは言ってもこの時期だ。どこもかしこも人でごった返しているのではないか? 現に、さっきの店もすし詰め状態であったぞ」


 確かに、座敷ではあったが他の客との距離が近く、居心地はあまり良くなかった。たまにカウンターを見ると、隙間なく料理と酒と人で埋まっており最悪だったな。あれでは何も楽しめまい。


「ふむ。では、僕の部屋か?」


「狭い上に面白みがない。それに、嫌な記憶が蘇りそうだ。違うところがいい」


 姉の顔が途端にやつれて見えた。余程母の襲来が堪えたと見える。あの場だけでも逃げ切れて良かった。結局捕まってしまったが……

 しかしそうなるとどうしたものか。僕もそう飲み屋には詳しくない。心当たりに乏しい。



「あの、それでしたら、私の家などはいかがでしょうか。実は、お二人にお世話になっていると申しましたところ、母様が是非ともご挨拶させていただきたいと仰っておりまして……ご迷惑でなければですけれど」


 万古蘭は控え目にそう言った。


「よし決まったな愚弟よ。行くぞ」


 決断が早い。僕の姉は案外自分の欲望に正直なようだ。きっと父に似たのだろう。


「まぁまて。娘が良いと言ったとはいえ、いきなり訪問するのは失礼。まずは蘭が連絡を取って了承を得られてからだ。そうして手土産の一つでも持って上がらせて貰うのが常識であろう」


「そ、そうだな。そのようにしよう。蘭。頼めるか?」


「はい。では、少々お待ちください」


 万古蘭が電話をしに行っている間、姉は苦笑しながら前髪を弄っていた。先走りを恥じているのだろう。歳頃の乙女だ。無理もない。


「ところで弟よ。貴様、彼女の家の事は知っているか?」


「知らん。何かあるのか?」


「いや、私も詳しくない上、本人がいないところでこんな話をしたくないのだが、知らずに相手方に無礼を働くのも良くないからな。私が持っている情報だけ伝えておこう」


 そう言って姉は、端的に彼女の家庭事情を話してくれた。

 どうやら万古蘭の家は歴史が古く実績もある名家らしいのだが、今の代。つまり、彼女の父親が打った悪手により巨額の負債が発生したのだという。

 現在では、先に会った小澤とかいう一族を始めとした幾つかの企業や事業者の援助により順調に立て直しが図られているらしいが、それでも未だに苦しい経済状態なのだという。


「だから金や仕事の話はするなよ」


 姉は最後にそう釘を刺した。なるほど。それはまずそうだ。まぁ聞かされなくともそんな話題は上げなかったと思うが、もしもということがあるからな。心に留めておこう。


「あいつも大変なようだな。姉上が家長になったら助けてやるといい」


「無論だ。それに、彼女には形上私の、む、婿になって貰うのだから、助力は当然の事。群がる屑共なぞに好きにはさせんさ」


 あっぱれな心意気である。これで安心して万古蘭を任せられるな。良かった良かった。それでは僕は、二人の仲を取り持つクピードーとなろうではないか。安心召されよ我が姉よ。きっと貴様の愛を成就させてやるからな!




「お待たせしました。母様も、お二人にお会いできると、喜んでいましたわ」


 戻ってきた万古蘭は弾けんばかりの笑顔であった。実にいい笑顔だ。なぜ女の身体を持って産まれてこなかった。いや本人が一番辛いのは分かってはいるが、どうしても僕は運命という悪魔を憎まずにはいられなかった。しかし万古蘭が名実ともに女であったなら僕と出会うこともなかったであろう。あちらが立てばこちらが立たず。ままならぬものよ。


「そうか。ならば、世話になるとしよう。姉上、くれぐれも粗相のないようにな」


「誰に向かってほざくか愚弟よ。伝統と規律の国で育った私だ。一から十まで、完璧にもてなされてやろうではないか。貴様こそ、無遠慮な振る舞いは慎めよ」


 鼻を鳴らす姉と舌戦を繰り広げつつ、僕達は万古蘭の後ろについて歩いて行った。僕は彼女の家を知っているので案内など必要なかったが、今日は客としての身である。前を歩くような差し出がましい真似はしたくない。


「そうだ。この先を左に行ってくれ」


「かまいませんが、いかがなさいましたか?」


「夜の店御用達の青果店があるのだ。あぁいう店は、何かと果物を使うからな。そこでメロンでも買っていこう」


 土産はメロンである必要はないのだが、なぜだかメロンでなければならない気がした。

 また、姉と万古蘭の目がやたらと突き刺さった。それはそれはもう、冷めたものである。僕が得意になるのがそんなに気に食わぬのかと思ったが、どうやら違う理由らしい。


「夜遊びを否定するつもりはないが、そこまで詳しいと何か嫌だな。気持ちが悪い」


「貴方様……私、殿方の嗜みは理解しているつもりでございますが、度が過ぎますと少しうがった見方をしてしまいます」


 ネオン街の店が利用している店を知っているだけでなぜこんなにも非難されるのだ。大変心外である。女というのはこれだから困る。仮にこれが男であったら「お! 情報通だな!」と拍手喝采を浴びせるというのに。


「いいではないか! さっさと行くぞ!」


 数分前に差し出がましい真似はしたくないと思ったが、バツが悪くなったので僕は先頭を早足で歩いた。その間にも後ろでひそひそと話しをされいい気分がしなかった。くそ。見ていろよ。いつかあっと言わせてやるからな。


 想定外の怒りを腹に溜め込みながら、僕はやってきた青果店で「一番いいメロンをくれ!」とヤケクソ気味に店主に怒鳴り散らし、また二人に後ろ指を指され精神を摩耗させたのであった。荒む。早く出よう。


「万古蘭! いくぞ!」


「あ、はい……」


 その腑抜けた返事はなんだ! 

 理不尽な対応に忍びながら、僕は再び後ろに下がった。姉のやれやれといった視線が疎ましかった。









「さぁ着きましたわ。と言っても貴方様には毎日送っていただいているので、見慣れているとは思いますが」


 彼女のいう通り、僕にはあまり新鮮味のない光景だった。お厳かで慎み深い万古蘭の家は、街中から少し離れていた場所に建っており静かである。この閑静な感じは、実は少し憧れていた。


「確かに外観はな。しかし中は初めて見る」


「そうでございますね。申し訳ありません。常々、お茶でもお淹れしたいと思っていたのですが、今日まで伸びてしまいました……」


「気にすることはないぞ蘭。エスコートは男の勤め。この愚弟も、それくらいの道理はわきまえていようからな」


 それはそうだが茶くらい飲ませてもらってもバチは当たらぬと思うぞ。


「そうでございますか。そう言っていただけると、気持ちが楽になります。それでは、どうぞ。粗末な家ですが……」


 そう言って万古蘭が玄関を開く。すると、目の前には一人の女性が三つ指をついて待っていたのであった。


「お待ちしておりました沢田様……本日は、宅のような所へご足労いただき、誠にありがとうございます」


 それは間違いなく、見合いの時に見た万古蘭の母親であった。趣深い家屋の中に、しっかりと仕立てられた黒の反物が、妙な色気を漂わせていた。

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