しおかぜ特急立て篭もり事件 後

 最後の車両に飛び込むと、男が女を羽交い締めにして、その頭に銃を突き付けていた。

 僕は最後くらい良い格好をしたいので万古蘭を退がらせた。男は鼻を鳴らし銃身をこちらに向ける。滑稽だな。阿呆丸出しだ。モデルガンがなんの脅しに……


 鈍い音と共に銃弾が頬をかすめた。振り返ると壁に穴が空いている。僕の後には何人かの乗客が続いていたのだが、その音と穴を見て、皆慌てふためき最後方まで逃げて行ってしまった。


「悪いが、こいつは本物だ。大体の事情は察しているよ。逃げ出した国民が、インタビューに答えていたからね……いやはや、よくもやってくれたものだ。君のおかげで計画が崩れてしまった。だが私は諦めていない。今ここで君を殺し、我が威光を今一度国民達に示せば、必ずや悲願は成就される。そうだろう? 我が子達よ」


 男が拳銃を客席に向けると拍手喝采が響いた。どこぞの独裁者か。胸糞悪い。


「暴力と個人崇拝の強要による統治は失敗すると、歴史で学ばなんだか。愚かな事よな」


「それは支配者が無能だったからだ。だが私は違う。なぜなら、私は人の為に生き、人の為に考えるからだ。決して私利私欲を満たす為にここに立っているのではない」


 お粗末な理論である。ポルポトと同じレベルの妄言だ。


「馬鹿馬鹿しい。何が人の為だ。他人の生殺与奪の権を握っている人間の台詞ではないな。矛盾も甚だしい。貴様がやっているのは単なる社会不適合者が起こした自棄だ。ワイドショーでは、さぞ笑い者となっているであろうよ」


 自分で言っていて松田のようだと思った。少し直接的に正論を言い過ぎてしまったか。男は手を震わせながら再び僕に銃身を向けてきた。


「貴様に何が分かる! 会社には捨てられ、再就職もままならぬこの私の気持ちが貴様に分かるものか! 何もかも社会が悪いのだ! 日本が悪いのだ!  そこから脱し、理想の国を作って何が悪い!」


 男はいきなり声を荒げ、狂ったようにそう叫んだ。呆れて物も言えぬ。まるで子供だ。口から発せられる言葉全てが、完全に敗者の弁である。それで国主が務まるものか。

 見れば肉体も、先に倒してきた衛兵達と同様に締まりがない。さてはこいつ、格闘経験すらない陰気者だな。きっとWebサイトにでも毒されてかような蛮行に走ったのだろう。人生経験の乏しい奴ほどあぁいったものに感化されるからな。哀れなものだ。


「分かった分かった。お前も大変だな。しかし丸腰の相手に銃を向けるのはいただけん。それに人質に女を選ぶとは非道もいいところ。どうだ。ここは一つ、話し合いで解決せぬか」


 とりあえず歩み寄ってみよう。こちらとしても痛い思いはしたくはない。身体に弾痕を刻むなど御免被る。


「馬鹿を言うな! 何が話し合いだ! お前も俺を馬鹿にするんだ! 信じられるものか! 許せるものか! 殺してやる!」


 いかんな。変なスイッチが入ってしまっている。怒りのせいか一人称まで変わってしまった。いやこれが正体か? まぁいい。仕方がない。落ち着けるか。


 僕は服を脱いだ。コートから順に、マフラー。シャツ。靴下。靴。脚絆と衣服を捨て去り、ついには最終防衛線に指をかけた。


「何をしているんだ!」


「脱衣しているのだが?」


 動揺しておる。愛い奴よ。どれどれ。それでは本番といこうか。どのような反応をするのか見ものである。


 そうして僕はとうとう全てを解き放し、文字通りの丸腰となった。慌てふためく男の姿が面白い。おっと後ずさりをし始めたぞ。愉快なものだ。

 その時、男の近くにある剥き出しにされた、僕達から回収したものであろう携帯電話の山から音楽が流れ始めた。着信だろうか? いや、アラームだな。誰かが停車駅付近で鳴るようにセットしたのだろうが、マナーモードにし忘れたのだろう。その曲は奇しくも僕が昔好きだった宇宙の刑事がばーんと活躍する特撮ドラマのオープニング曲であった。いいではないか。男や若さ。愛について語られるその歌は。まさにこの状況にピッタリである。


「さぁ、話し合おう。僕は無害だ」


 ゆっくりと男に近付く。悲鳴を漏らす彼に対し一種の慈しみさえ覚えそうだ。これが強さか。


「来るな! 止まれ! 服を着ろ!」


「全て却下である。貴様こそ銃を下せ。そんな震えた腕ではどうせ当たらん」


 武器を向けられている筈なのだが、なぜか恐怖はなかった。むしろ清々しい気分だ。生まれ変わったかのように身も心も軽い。足が勝手に動いてしまう。早く男の元へと行きたくて堪らない。


「お、お前に当たらなくとも、この女なら殺せるぞ!」


 男は銃を人質にしている女のこめかみに突き付けた。下衆なことをする。そして曲も終わってしまった。むぅ、これではせっかく高揚した気が削がれる。なんとかならんか……なんとかなった。携帯電話が再び曲を響かせたのだ。しかも今度は、宇宙の刑事が敵に必殺を食らわす際に流れるバックグラウンドミュージックであった。それを聞いて、僕のものはまるでブレードのように鋭く、ダイナミックにいきり勃ち、相手を威嚇したのであった。


 だが、不本意ではあるが、僕のレザーに覆われたブレードは思わぬ形でその効果を発揮した。客席の誰かが笑いを噴き出し、それに連れられて皆が声を出したのだ。そしてそれはとうとう目の前に立つ男にすら波及し、ついには顔を背け大爆笑の隙を見せたのだった。


 今だ! 


 僕は素っ裸のまま駆けようと両脚に力を込めた。だが瞬間。男が転がり、さっきまで羽交い締めにされていた女に技を極められている。


「このまま落ちてもらいます。大丈夫。死なないように加減はしますから、安らかに眠ってください」


 女は落ち着いた様子で恐ろしい事を言った。程なくして男の挙動は静止。そして痙攣。口から泡を吹き出し始めると、ようやく女は男を解放し束縛。ゆっくりと、僕の元へと近寄って来た。


「助かりました。隙さえつければあの様に造作もない手合いだったのですが……情けない話です。拳銃に、少々身がすくんでしまいました」


 ニコリと笑う女は僕に握手を求めてきた。それに応じるも、どうにも釈然としない。結局僕の活躍といえば、全裸になり笑い者となっただけだ。


「貴方様、御召し物をお持ちいたしました……」


「あぁ、すまんな」


「……あら、この可愛らしい女性は、お知り合いですか?」


 女は握手した手を離し、僕の服を持ってきた万古蘭に近付いた。なんだ。気になるのか?

 僕が「そうだ」と答えると、彼女は「ふぅん」と何やら思案し、満面の笑顔を見せた。逆に万古蘭は僕の後ろに隠れてしまった。どうしたのだろう。どうでもいいが、早く服を渡してほしい。


「な、なんでしょうか……」


「いえ。貴女、とても可愛いから気になってしまって……私の名前は森泉 涼子って言うんだけど、貴女のお名前、教えてほしいな。お友達になりましょう?」


 森泉……彼女は確かにそう言った。

 関係ないかもしれんが駄目で元々! 話をしたい! 

 だがその望みは絶たれてしまった。そう思った瞬間に警察が乱入し、僕達を取り囲み、仲を引き裂かれてしまったのだ。

 何という間の悪さか! 確かに僕は全裸で女の前にいる。問答無用で拘束案件である。仕方のない事だが、もう少し待って欲しかった。あぁ……せめて連絡先を……


 公僕に関節を極められ痛みに堪えながら僕はそう願ったが、混乱の最中でもはや誰が誰だか分からなくなってしまっていた。無念である。そしてこれから、聴取が始まるのだろう。愛媛への道が、また一歩遠のいてしまった。

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