しおかぜ特急立て篭もり事件 中

 行軍を始める前に僕達は倒れた衛兵の身体を漁った。するとハンディレシーバーを見つけた。これはまずい。定期連絡などがあるとしたらモタモタしていられない。可及的速やかに解決に当たらねば……

 

「あら、この男、案外だらしのない身体をしていますわ。きっと訓練や鍛錬の類などしたことがないのでしょうね」


 冷静さを欠きつつある僕とは対照的に、万古蘭はマイペースに拳銃を見ていた。その肝の座りようはなんだ。


「貴方様。これ、モデルガンですわ」


 万古蘭がそう言って見せて来た弾倉にはプラスチックの丸玉がはいっていた。思わず変な笑いがでる。無謀が過ぎるだろう。


「しかし腰にはナイフがありました。やはり、特攻は無理ですね」


 なるほど。ちゃんと殺す準備はしてきているか。しかし、拳銃ほど怖くはない。対処は可能である。


「そうだな。ならばここは、お前の策でいこう」


 万古蘭の策は単純なものであった。それは、彼女がよろめきながら衛兵の元まで通路を進み、ハンディレシーバーを使う隙を与えずに接触して、最初に倒した男同様、裸絞を決めるというものであった。もし衛兵が助け起こさなければ、僕が隙をついて一気に駆け抜け、万古蘭と協力し打倒する予定であった。

 この作戦は思いの外上手く進み、トントン拍子でとうとう七車両目まで制圧完了。あとは最後の一両を落とすだけのところまできてしまった。無能過ぎる。ちなみに僕は後方待機のみで事足りた。


 乗客たちにはその都度、騒がずそのまま落ち着いていて欲しいとだけ伝えた。何人か反対者がでると思い、奪ったきた拳銃を構えて脅しをかけたのが功を奏し皆黙ってこちらの要求を飲んでくれた。力こそすべてである。


 しかしあまりに脆い……ふいに「拍子抜けですわ」と万古蘭が呟いた。不謹慎ではあるが、確かにその通りである。もう少し手応えというものがあってもいいのではないか。これでは糠に釘だ。逆に罠なのではないかと疑うくらいには造作がなかった。

 だが、それもここまで。世の中上手くはいかないものである。僕が隣の車両を覗くと、そこには三人の人間が集まり、話し合いをしているように見えた。


「これは……まずいですね」


 万古蘭も向こう側を確認し声を沈めた。乗客がいる中で三人を相手にするのはさすがに不利だ。しかも相手は、おそらくナイフを持っている。よくて怪我。悪くて誰かの死だ。こちらもモデルガンとナイフは回収してはいるが、向こうが一人でも人質の首元に刃を突き付けたらもうそれで終わり。なす術がない。


「様子を見るか? 後手に回るのは避けたかったが、やむを得まい」


「……拘束した男達を連れてきて、こちらも人質を取りますか?」


「いや、そうなると小回りが利かないし、奴らが仲間の人命を優先するとは限らん。もう少し辛抱すれば、後ろで伸びている奴らと連絡がつかない事に気がつくだろう。そうすれば、少なくとも一人はあっちの車両に残して様子を見にくるだろうから、そこを狙う」


 僕の案に万古蘭は賛成したので、僕達は電車の出入り口にあるスペースに身を隠した。

 だがこの判断が正しいかどうかは分からなかった。なぜなら、一気に七人の仲間が音信不通となったのだ。僕だったら臨戦態勢を維持した状態で移動する。油断など入る余地はない。反撃はまず避けられぬだろう。僕ともかく、嫁入り前の万古蘭を傷物にしてしまったらそれこそ責任を取らねばならない。身を呈して守らなくてはならないのだ。それが果たして、できるかどうか……


「安心してくださいませ貴方様。この蘭。命に代えても貴方様をお守りいたします」


 違うそうじゃない。頼むからお前は守られていてくれ。ずっと任せ切りで言えた口ではないのだが、さすがに相手がその気の状態で対峙するのはやめてほしい。





「諸君。悲しいお知らせがある」


 僕達が待機していると車内放送が響いた。出だしからして良くない知らせなのは分かる。ここまできたのがバレたか。


「今テレビの報道番組を確認したところ、我が国から数人が脱走したとの情報が入った。数は不明である。私は、この報を受け大変心を痛めている。諸君。私は君達を殺したいわけではない。ともに栄え、世に類を見ない、素晴らしき国を作りたいと願っているに過ぎないのだ。しかし今回。このような裏切り行為が発生してしまった。元首として見逃す事はできない。そこで、これから見せしめとして、各車両から一人を選び計八名を処刑するものとする。人選はこちらで致す故、諸君ら黙って鎮座しているべし。以上である」


 開いた口が塞がらない。なぜ逃げる。馬鹿なのか? 我が身可愛いとしてもそれはいかんだろう。放送では言わなかったが、相手側は衛兵が戦闘不能であると予想は立てているだろう。すると向こうも当然敵がいると想定してくるだろうから、より解決が困難となる。やりにくい。また、更に危惧すべき事態がある。それは……


「あんたらが大人しくしていれば、誰も死なずに済んだんじゃないのか?」


 誰か一人がそう言った。やはりな。そうくると思った。途端、一斉に浴びせかけられる非難。後ろの車両も似たような感情を募らせているだろう。下手をしたら、衛兵を解放しているかもしれない。まったく、これだから愚民は困るのだ。自らは動かぬくせに、その身と腹具合だけは保障されて然るべきと思っているのだ。救い難い。


 そんな思いが頭をよぎると、僕の脳裏に森泉の姿が浮かんだ。こんな時になぜだろうか……しばし考える。


 あぁ。分かった。

 僕は森泉に同じような事をしていたのだ。彼女の過去や苦悩を考えもせず、ほんの一面だけを見て異常な人格が好きだなどと軽々しく口に、求めていたのだ。そうあって当然と、そうでなければならぬと縛り付け、彼女の心を理解しようとしなかった。にも関わらず、僕の都合で彼女を愛せるかどうか分からぬなどと抜かしたのだ。


 片腹が痛い。

僕はそんな小さな男か? 好いた女の全てを包み込めぬほど、器のない男か? そんなわけなかろう! 何が愛せるかどうか分からぬだ! 愛せるに決まっていようではないか! はからずして腹は決まったぞ! ついでに貴様らと僕に対して言いたい事を言ってやる! そこな群衆共! 良く聞けよ! これから僕は吼えるからな!


「黙れ馬鹿者共が!」


 一声静寂。ふん。気弱なことよな。


「貴様ら黙って聞いていれば大の大人が恥ずかし気もなく戯言を抜かしおって! 少しは臆病風に吹かれた性根を闘争に燃やしてみろというのだ! 貴様らのような奴らはいつもそうやって他人に頼り、いざとなれば責任を押し付ける! 実に楽な生き方よな! そんなだからこの窮地に誰も動けない! 誰も打開しようとしない! あまつさえ、解放に名乗りを上げた人間を非難する始末! そんなものは人間ではない。豚の所業よ! あい分かった。それでかまわん! 文句のある者は皆かかって来い! この男沢田が尋常に成敗してくれる! さぁ誰が一番だ! 早うせい!」


 名乗り上げる者なし。よし。もし本当に来られたらどうしようかと思ったぞ。


「万古蘭。あちらの車両はどうか」


「……貴方様の演説が聞こえたのか、二人接近中です」


 声を張り上げすぎたか。致し方ない。やるしかなかろう。僕は息を潜め奴らが来るのを待った。扉が開いた瞬間が勝負だ。さぁ、来い!


 その時である。僕達が待機している反対側の扉から、捕縛したはずの衛兵が現れたのであった。やはりいたか。自分だけは助かろうと、縄を解く人間が。まずいな。挟撃など最悪だ。打つ手がない。


「……! 貴様ら!」


 衛兵が僕達に気が付いた。せっかく真の愛を貫こうかと思ったのだが、儚い命だったな。だがせめて、万古蘭だけでも逃さなくては。僕は隣にある扉の緊急開錠用のドアコックを手にした。開けるのにどれだけかかるかは知らんが、やるしかないだろう。

 しかし、僕がドアコックを回そうとした瞬間、予想外の展開が起きたのであった。なんと乗客達が一斉に衛兵に飛び掛かり袋叩きにしてしまったのだ。衛兵の武器は僕達が取り上げている。数の暴力に抗う術はなく、衛兵はなすがままに殴られていた。

 その光景が見えたのか、向こうの車両から勢いよくやって来る二人の衛兵。迂闊な事だ。僕と万古蘭はその二人を素早く仕留めた。容易い仕事である。


 二人を縛ってこの場は無事終了。敵は恐らくあと一人か二人だろう。最後は突撃して構わない。僕の足なら、人質を盾にするより早く敵に到達できる。しかし、なぜ乗客達は助けてくれたのだろうか……


「あんたみたいな駄目そうな人間にコケにされちゃあ、みんな黙っているわけにはいかないよ」


 中年の男が僕に近寄りそんなことを言った。不名誉な助太刀だ……だがまぁ、現状の打開はできた。良しとしよう。

 さて、残りは一車両。今更迷う事はない。森泉の件も吹っ切れたのだ。さっさと終わらせよう。いざ、決戦だ!

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