歓楽街で捕まえて 前

 新幹線。実のところ初めての乗車である。

 乗り心地は極めて快適であり不満はない。そう乗り心地に関しては……


「貴方様! 雪降る海というのも風流ですわ!」


 なぜか隣に座る万古蘭。騒がしいといったらありはしない。

 早朝の駅に僕が鞄一つで到着すると、大きなキャリーバッグを提げて待ち受けていた万古蘭。聞きたくはなかったが何をしていると問うと、「愚問ですわ」と言ってチケットを見せてきたのであった。


「貴方様だけでは私、心配で心配で仕方がありません。旅というのは心細く苦難が付きまとうものです。お一人ではきっとお寂しいでしょう。今はそうでなくとも、そうなるに決まっています。故にこの蘭。貴方様に付き添い、与力としてお力添えしたく存じます。さぁ行きましょう。西方への小遠征へ!」








 なにが遠征か。狭い日本列島を横に切るだけではないか。アレキサンダー大王が聞いたら笑い死にするぞ。

 僕はビールを飲みながら、はしゃぐ万古蘭を挟んで外を見た。思ったよりも雪が強い。ふむ……


「お前が言った通り、名古屋で一旦降りるのは正解だったかもしれんな」


 僕がそういうと、万古蘭は「そうでございましょう」と得意げな笑みを見せるのであった。


 鉄道で愛媛まで行くのには、新幹線を使って岡山まで行き、そこから特急電車に乗る必要がある。だが予報通り、日が昇る頃には雪がちらつき始め今では大雪。飛行機はもちろん、鉄道にも影響が出る可能性は十分ある。こうなることを予想して、まずは朝一番で名古屋まで行き、状況次第で待機か、陸空いずれかの交通手段を使うかを決めようと万古蘭が提案したのであった。


「貴方様。今確認したところ、やはり空の便は欠航らしいです。そして雪も更に強くなる見込みとのこと。情報筋によれば、鉄道も運行見合わせの算段に入っているんだとか。これはもう宿泊しかありません。お部屋はどうなさいますか? ダブル? ツイン? あ、いっそ、シングルの狭いベッドの上で二匹の魚となりますか? いいいですわいいですわ! あ、間違えました。いやですわいやですわ! まるで駆け落ちではございませんか! 素敵ですわ素晴らしいですわ! 是非にそう致しましょう!」


 一人空想を繰り広げスマートフォンを操作する万古蘭。そんな昔のフォークソングのような展開になどなってたまるか。


「シングル二部屋だ」


「そんなご無体な!」


 嫌がる万古蘭からスマートフォンをひったくり予約を完了させる。場所は伏見という場所にあるビジネスホテルだ。伏見というと京都を思い浮かべるが、愛知にもあるのか。東海などという片田舎に、歴史ある古都と同名の地域があるとは知らなかった。何か関係があるのだろうか。


「着いたら少し観光でも致しますか? 悪天候ですので、行ける場所は限られるでしょうが……」


 益体も無い事を考えていると、万古蘭が目を輝かせながらそう言った。正直あまり気乗りしなかったが、色々と世話になったし、今後頼りともなろう。あまり蔑ろにはしたくはない。彼女がそれで満足するのであれば安いものだ。それにどうせ暇である。ここは快く付き合ってやろう。


「そうだな。到着するまでに、調べておいてくれ」


 僕はそう言って目を閉じた。隣では万古蘭があぁでもないこうでもないとブツブツ言っている。子守唄代わりにはなるだろう。慣れぬ早起きをしたせいか眠気が酷い。少し、休もう……








「貴方様。つきましたわ」


 万古蘭に起こされ、僕は新幹線から急いで降りた。名古屋駅に到着である。改札を抜けた後立ち止まり、辺りを見回す。だだっ広い割りに遮蔽物が多く、人通りも絶え間ないので非常に歩きにくい。おまけに作りが垢抜けない。前時代的な構造だ。これで三大都市とは笑わせる。


「とりあえず、大須というところに行ってみましょう。なんでも、地元民がこぞって押し寄せる大型商店街らしいです。アーケードは屋根付きらしいので安心ですわ!」


 愉悦に浸りながら駅の様子を眺めていると、万古蘭がスマートフォンを掲げそう言った。

 すっかり旅行気分ではないか。確かに遊興には付き合ってやるのだが、まったく、こちらは遊びではないというのに、お気楽なものである。しかし、それを表にだすのも大人気ないというものだ。仕方がない。ここは阿呆となりて遊んでやろう。人生切り替えが大切だ。いつまでも鬱ぎ込んでいては、解決する問題も迷宮入りとなってしまうからな。




 僕達は地下鉄に乗り、大須観音とかいう駅で降りしばらく歩いた。程なくアーケードに到着。通りにはなぜだか東南アジア系の料理屋が多く並んでいる。複数人の、明らかに日本国籍ではない恰幅のいい褐色の髭面がカタコトの日本語で客引きをしているのは、中々にシュールレアリズムを感じる。

 それだけではない。この街は、統一感というものがまるでないのだ。電化製品店が立ち並んでいると思えば突然和菓子屋が現れ、その次はサブカルチャーショップや古着屋が居を構えている。裏路地にはサイケデリックな蕎麦屋があり、奥にはソープランド。ごった煮であった。混ぜればいいというものでもあるまいに。まったく、品のない街だ。


 そんな雑多な街を見学がてらざっと一周して、買い食いや冷やかしをして過ごした。万古蘭がどうしても入りたいと言って仕方なく立ち寄ったメイド喫茶はそれなりの茶葉を使っていたが、一杯二千円という強気な値段設定に失笑を禁じ得なかった。だが、メイドはいい尻をしていた。


 時間は潰れた。特殊な観光地ではあったが、まぁ楽しめた。できれば、何もない時に来て文句などを笑いながら言いたいものだ。この件が無事終われば、また、来てもいいと思った。








「雪は止みましたが、飛行機は足止めを食った人達を優先で乗せるそうです。やはり、このまま鉄道を使い愛媛まで行くのがいいと思います」


 ホテルに着き風呂を済ませた後、僕の部屋で今後の予定を決める話をした。もっとも、万古蘭が調べて最善を提案してくれるので僕が頭を使う必要はなく、ただ「そうだな」とか、「それでいいだろう」とか言うだけでよかった。頼りになる事だ。


 しかし、それでいいのかとも思った。ここまで彼女に頼りっきりである。糸を織って貰うどころか、アリアドネ本人にラビュリントスに同行してもらっている気分だ。こんな様で果たして、森泉を連れ戻すことができるのだろうか。不安である。


「……あの女の事なら心配いりませんよ。心臓に毛が生えたような人間です。案外、もう帰ってくる準備をしているかもしれませんよ?」


 万古蘭の気遣いに頷き、話し合いは終了した。最後に彼女は微笑んで部屋を出て言った。痛み入る。

 そして一人。急に心細くなる。窓を見てみると色とりどりのネオンが曇ったガラスを彩っている。年末で、さっきまで雪が降っていたというのに、商売根性たくましい事だ。


「……」


 知らぬ土地に来て、女の一人も相手にせぬのは男の恥ではなかろうか? 古今東西の英雄譚を思い返すと、旅路の中で男女の秘め事がない方がむしろ珍しい。いやどうであったか? まぁいい。どうでもいい事だ。


 ふむ。いかんな。今日は少し感傷的になってしまっていた。これはよくない。本来の僕を取り戻さなくては。

 鍵を握り部屋を脱出。エレベーターを経てフロントへ。


「お出かけですか?」


 笑顔が張り付いたボーイに鍵を渡し「そうだ」と答える。夜間応対お疲れ様だ。プライベートで会ったらコーヒーでも奢ってやろう。

 彼とは裏腹に、僕は満面の笑みを彼に返した。さぁ、遊ぶぞ! 夜はこれからだ!

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