男装インザダーク 後

 ステージにライトが当たり一人の女性が現れた。その女性は入り口で対応してくれた美人であった。


「長らくお待たせいたしました。本日のメーンイベント。フロンティアオブサーガの開演となります!」


 舞台袖に立った女性がそ言うと暗転し、そのままナレーションが開始された。本格的である。







 不貞の疑いを掛けられ死罪となった白百合姫の無念を晴らす為、若き騎士にして王子であるアーセルは悪魔の王である薔薇の君オズワルドを討たんと、報せを伝えた白百合姫の側近であるイドゥンと共に魔の島リジョンに上陸したのであった。


 荊の城ファルシナール。常闇の世界。辺り一面に植えられた花々が煌々と光っている。城に繋がる跳ね橋は降りており、そこに走ってきたアーセルとイドゥンが城を見上げていた。


アーセル (姉)「とうとう来たぞファルシナール!  いまこそオズワルドを討ち、白百合姫の無念を晴らすのだ!」


イドゥン(棒付き飴)「貴様如きがオズワルド様に太刀打ちできるとは思わぬが、白百合姫様のお言葉に従い、最後くらいは見届けてやる」


 そこに現れるオズワルドの悪魔兵たち。アーセルとイドゥンが武器を剣を構える。一触即発。いつ斬り合いが始まるか分からぬ中、城の奥からオズワルドがやって来たのであった。


オズワルド(ヒバゴン)「控えよ。きゅ、剣を収めい」


(噛んだぞ)


(わざわざ言うな)


アーセル「オズワルド!  ここであったが百年目!  今こそ白百合姫の仇を取らせてもらう!」


 今にも駆け出しそうなアーセルをイドゥンが掴む。


アーセル「離せイドゥン!  向こうからわざわざ斬られに来たのだ!  この機を逃しては、黄泉で白百合姫に笑われる!」


イドゥン「落ち着け人間。オズワルド様がお目見えになった理由を考えろ」


 イドゥンの言葉が終わると、オズワルドの影から白百合姫が現れた。


アーセル「そ、そなたは……白百合姫……!  生きておられたのですか!?」








 その後の展開は実に陳腐であった。白百合姫が死罪となったというのは王が流した嘘であり、全ては人間であるアーセルを自分達悪魔と関わらせないように仕向けたことであったのだ。しかし王の意に反し仇を討ちに来たアーセルの覚悟を認め、白百合姫との結婚を承諾したのである。フィナーレはロンドが流れ演者がステージから客席まで縦横無尽に踊り尽くすというものだった。劇中は何度か歌はあったがオペラというよりミュージカルである。その辺りの差異を認識しているのかいないのかは知らぬが、どちらにせよ酷いデキであり、笑いよりも先に呆れが訪れた。



「いやはや傑作であったな。どうやら先に笑ってしまったのは俺のようだ。約束通り、ここの代金は持とう」


 上演中。松田は必死に笑いを堪えていたがヒバゴンのダンスでついに声が漏れ、派手にすっ転んだところで限界を迎えた。周りも笑いに包まれていたので良かったが、これが僕達だけであったらと思うとゾッとしない。


「しかしお前の姉は見事なものであったな。森泉なんぞより近親相姦でもいいからあっちとくっ付いたらどうだ?」


 他人事だと思って勝手を言ってくれる。確かに顔も知らなかった姉だ。事実同じ部屋で暮らしている中で一度でもそんな気持ちにならなかったといえば嘘になる。致すのに対し問題など微塵もないが、ここは倫理観を優先したい。


「畜生道に堕ちる気はない。お前こそ、言えば紹介してやるぞ」


 松田は「いらん」と言って酒を飲み干し時計を見た。


「いい時間だ。店を変えよう。不味い酒も不細工どももそろそろ飽きた」


 それもそうだと僕は頷き立ち上がった。そうして帰ろうと入り口に向かって歩いくと、店の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。


「あんたのその態度が気に食わないんだよ!」


 なんだなんだと覗いてみるとヒバゴンが姉の胸倉を掴み唾を飛ばしていた。これは面白い。何があったのだろう。


「なんだ喧嘩か。不細工が身の程を弁えず騒ぎ立てる様はいつ見ても愉快だな。せっかくだ、顛末を見守るとしよう」


 松田がそんな事を言うものだから仕方なしに二人の様子を伺うこととなった。話からするに、ヒバゴンは姉を見普段からやっかんでおり、さらに今回の催しで主役を奪われ怒りの限界点を超えたというものらしかった。

 なんという浅ましさか。不当な訴えは自らの品格を下げるばかりか第三者の信用さえ失うと分からないのだろうか。だいいち客の近くで内輪揉めをするな。営業に差し支えるぞ。


「貴様の言いたい事は分かる。しかし私は自らの容姿だけで主役の座に上り詰めたわけではない。全てにおいて貴様より優れていたから抜擢されたのだ。貴様は今日だけでどれだけの失態を晒した。どれだけの人間の失笑を買った。よくよく鑑みて猛省せよ」


 ズバリと物を言う。こういうところは母に似ているな。


「さ、最近入ってきた小娘が偉そうに説教を……」


「新参者にこれだけ言われる貴様の不徳に気付かぬか愚か者!」


 ヒバゴンは膝から崩れ落ち涙を落とした。遠慮も何もあったものではない。どう見てもヒバゴンが悪いのだが、あそこまで打ちのめされている姿を見ると哀れに思う。

 姉は翻った折にこちらに気付き、涼やかな笑みを浮かべ近寄ってきた。とんだ強心臓である。


「恥ずかしいところを見られてしまったな。無作法であったが許せ」


「えらく気の強い事だな。英国では喧嘩の仕方も教えてくれるのか?」


 松田がまた失礼な事を言った。この悪漢ぶりは見事なものだ。決して見習いたいものではないが。


「そうだな。私が日本人というのもあって陰湿な嫌がらせは多々受けた。その中で身の守り方や戦い方は自然に身についたよ。英国というのは存外排他的な国だ。いつどこで誰が敵になるか分からん。それに比べたらこんなもの、春のそよ風に過ぎんさ」


 清々しい受け答えであった。これには皮肉屋の松田も返す言葉がないようである。姉は「この後一緒に食事に行きたいから待っていてくれ」と言って仕事に戻っていった。僕達も金を払い店を出て、小さな居酒屋へと場所を移したのであった。






「まったく。あんな女はお前いかんよ。恐ろしいったらない」


「珍しいじゃないか。お前が女を怖がるなんて」


「気の強いのは苦手なのさ。だから今まで避けてきた」


「と、なると森泉もその口か?」


「いや、あいつは……」


 松田が口ごもった。もしや教師との裸の付き合い以外に何かあるのか?  これは問いただすしかない。と、口を開けようとした瞬間に着信があった。誰かは予想できるが、まったく、タイミングが悪いのは遺伝なのだろうか。ともかく僕は電話に出て今いる場所を伝えたのであった。


「なんだ。誰か来るのか?」


「姉上だよ。さっき一緒に食事をしたいと言っていただろう」


「それはいかん。俺は帰らせてもらう」


 残れと言っても聞かなかった。仕方なしに寂しく一人酒を飲み、姉を待つ。聞きたい事が聞けず胸に気持ち悪さが残ったが、酔いが回るにつれそんなものはどこかに消えてしまった。少し、飲み過ぎたようだ。姉の相手をする為にも僕は一杯の水とアイスクリンを頼み身体と頭を休ませることにした。カランと鳴るロックグラスの氷の音が、少しだけ眠気を誘う……





 気付いたら眠ってしまっていた。時間は十分程度しか経っていなかったが、いやはや不覚である。寝てしまったのもそうだが、いつの間にやら対面に座っていた姉に寝顔を見られてしまっていたからだ。


「友人は帰ったのか?  いい性格をした男だったじゃないか。英国向きだぞ」


 多分に込められた皮肉を気つけ代わりに酒を注いで乾杯をした。


「気の強い女は苦手だそうだ。案外、情けない奴だよ」


 姉は「次は是が非でも付き合ってもらおう」と笑い飛ばした。気持ちがいい。兄がいなくなったのは寂しいが、この出会いがあったのは良かったと、掛け値無しにそう思う。


「ところで万古蘭の話なんだが……」


 ……これ以外は、いい付き合いになりそうだ。

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