STOP!!万古蘭! 後

 何がお腹の奥がキュッと締まる感じだ。肥大しているではないか。


「貴方様はどちらがお好みですが?  私はどちらでも構いませんよ?  ネコもタチも完璧にこなしてみせましょう。床仕事も妻の勤め。生憎と経験はございませんが知識としては存じております。どのようなお望みにもお答え致しましょう。しかし、申し訳ないのですが後ろを利用する際は少し優しくしていただけると嬉しく思います。最初だけでも破瓜のロマンスとセンチメンタルを味あわせてください。私は今日の為に生き今日の為に死ぬのですから、どうか後生にございます。この願いを叶えていただきましたら他は何もいりません。貴方に付き慕い従う影となりましょう」


 尻の穴が開通したところでロマンスもセンチメンタルもないのだが問題はそこではない。やる気満々だ。どうしたことか、万古蘭の主砲は小艦巨砲。華奢な身体に似合わずご立派であらせられる。ヨットに付いた超弩級の砲身はまっくもって不釣合いで、何か違う動物が股座にいるような気がした。あんなものが出入りしてみろ。肛門が腫れ上がり菊が薔薇となってしまうぞ。かといってもはや戦意喪失してしまった我がモノも使い物にならず、致そうにも優しいどころか軟弱な行為となり僕の人生の汚点となってしまう事必至。逃げなければ。さもなければどちらに転んでも敗残兵である。というかそもそもがおかしいではないか。なぜ男が男と見合をするのだ。前提からして狂っている。そうだ。そこを突けば……!


「万古さん」


「蘭。と、お呼びください」


「……蘭。お前、確かに誘ったのは僕からだが、その立派なものを携えてよく床を共にしようと思ったな。正直おっかなびっくりだ。潔い。しかし僕は女の身体が好きなのだ」


 例え女でもできればお前はごめんだという言葉は呑み込んだ。


「はて?  全ては同意の上と母様から伺っておりますが?」


「なんだと」


「先方も貴方の心と身体が不揃いなのは委細承知しておりますから一切合切悩まずお気になさらず。と、聞いております。私の目の前で貴方様のお母様に電話しておりましたので間違いございませんわ」


 はめられた!  あの女何をトチ狂っているんだ!  なんの嫌がらせか!  電話だ。母に電話せねば。話を聞いて、隙があれば文句の一つでも……人間欲をかいてはいかん。文句は可能であったら言ってやろう。

 僕は万古蘭に「少し待て」と言って部屋の外に出た。捨てられた子犬のような彼女?  彼?  いやいい。心は女らしいから彼女だ。ともかく不安そうな目をした彼女が不憫に思い「すぐ戻ってくる」などと言ってしまった。これで隠れて逃走を図ることもできなくなってしまったが、まぁいい。考えてもみれば相手も被害者だ。後で詫びを入れなくてはいかん。ともかく今は電話である。僕はスマートフォンを取り出して、あまり押したくはない連絡先の発信ボタンをタップした。


「なんですか貴方。私は忙しいのですよ。いえ、というよりは、貴方の方が忙しい筈でありましょう?  何の用ですか」


「申し訳ありません母上。しかしながら少々不備がございまして……」


「ほぉ……何があったか言ってみなさい」


「はい。実は相手様方、心は女なれど身体は男という稀な御仁にございまして、それをこちらが委細承知していると伺ったのですが当の私めにはとんと承知した記憶がございません。まるで狐につままれた気分でございましたので、母上なら何か存じているのではないかと電話させて頂いた次第にございます」


 母は「何だそんなことですか」と鼻で笑った。そんなことだと?  ふざけるな!


「心は女性なのですから問題はないでしょう。いくら狭量な貴方でもそれくらいで動揺する程の軟派者ではないと思っていましたが、母は間違っていましたか?」


 大いに間違っているがそうとは言えぬ口惜しさよ。というより伝えなかったという事は、伝えたら問題がありそうだと判断したからであろうに。


「そのようなことはありませんが、さすがに婚約を前提としたお付き合いというのは……」


「今日日見合とはいえ必ず籍を入れねばならぬことはありません。しばらくお付き合いして嫌なら袂を別つ。それでいいでしょう。何事もトライアンドエラーですよ。そも貴方は無能なのですから失敗を重ねぬ事には成長のしようがありません。有能な者の失態は辱めと誹りを受けて然るべきであり、時には自ら腹を切らねばならぬ事もありますが貴方は違います。無能な者は失敗の中で得た経験こそ糧となり人生の指針と……」


「母上」


「何ですか。母が話しているのですよ。それを貴方ごときが口を挟みますか」


「申し訳ありません。後にいかような罰をもお受けいたします。しかしながら只今相手を待たせています故……」


「……そうですね。分かりました。今日のところはこれで終いにしましょう。瑣末なことは気にせず、せいぜい楽しんでくるのですよ?  では、また後日」


 なぜに質問をしただけで急に説教が始まるのか。理不尽なことこの上ない。しかも何の解決にも至らず、かといって文句も言えず。虚しく輝くスマートフォンのモニタを恨めしく眺めながら部屋へと戻った。


「すまない。待たせた」


「いえ」


 中では蘭が椅子に腰掛け待っていた。服は着ている。カーテンから射す光が彼女の顔を照らし、どこか悲しげな表情を一枚の絵画のように映し出していた。


「貴方様は、何も伝えられずお見えになったのでしょうね。おかしいとは思いました。こんな私の素性を知って、易々と見合に応じてくれるわけがないのですから。この蘭。浮き足立ち冷静さを欠いていました。大変申し訳ありません。ですが、最初に貴方様が私の事を女と言ってくれたのは、例え知らずとはいえ、嬉しゅうございました。それだけは事実でございます。どうか今日の事はお忘れになって、貴方様は貴方様の人生を歩んでください」


 重い。

 先ほどの母の言葉を思い出す。しばらく付き合って嫌なら袂を別つ。か。なるほど確かに現実的だ。相手が軽薄ならそれもいいだろう。しかし、こうも潔く惜別を告げられるとそれはそれで離れがたい。仁義とは、人情とは不便な事よな。


「いや、すまない。君の言う通り……」


「三度。申し上げます。蘭とお呼びください」


「……蘭の言う通り僕は何も知らされていなかった故に驚天動地であった。度重なる非礼と共におわび申し上げる。どうか許して頂きたい」


 僕は裾をつまんで膝をつき、そのまま頭を床にこすりつけた。土下座である。「やめて下さいまし!」駆け寄る蘭。よし。計画通りだ。確かに悪いとは思う。謝罪も本音だ。嘘偽りはない。しかし謝るだけ謝って終いというわけにはいくまい。母に付き合えと言われた以上。蘭からご縁がございませんでしたと言わせる必要があるのだ。彼女から破断を切り出せば僕は母の言葉を反故にした事にならないし、また相手側から断られたとして家系の面子もヘコませる事ができる。完璧な作戦ではないか。彼女が「もういいですお帰りください」と言えば晴れて自由の身である。


「いや止めるわけにはいかぬ。実は言うと僕には片想いながら意中の相手が居るのだ。にも関わらずこんな所に来てしまった。そもそもこれが間違っていた。もしその相手がいなければ、君の……蘭の美貌だ。すっかり虜となって、男女関係なく契りを結んだだろう。それ故に僕は謝っても謝りきれないし、悔やんでも悔やみきれない。どうか気がすむまで頭を下げさせてほしい」


 駄目押しだ。興が乗り思わず心にもない蘭への賛辞を投げてしまったがまぁいいだろう。これで少しでも傷心が癒えてくれるのであれば万々歳である。


「それは、本当でございますか?」


「は、何が?」


 蘭の口調が変わった。怒ったか?  何に対して?  意中の相手が居るというくだりか?  しまったな。少々軽率であったか。


「その意中の相手が居なければ、私と契りを結んでもいいというのは、本当でございますか?」


 雲行きが怪しい。駄目だ。このパターンはよくない。糸でキリキリと首を締め上げられていくような感覚。まずい。というより、アウトである。


「は、はい……」


 笑わば笑え。情けないと後ろ指を刺せばいい。しかしこの状況で肯定以外の選択肢を選べようものか。一度言葉にしてしまった以上撤回はできない。吐いた唾は呑み込めないのだ。


「なるほどわかりました。では私、貴方様の意中の方に代われるよう全身全霊で努力致します。万事を尽くし天命さえ捻じ曲げてご覧入れますわ。えぇ諦めなどつくはずがありません。諦めれられるわけがないじゃないですか私の事を美しいと、男の身体でも契りを交わしたいと言ってくれた貴方様をどうして諦める事ができましょうか。嫌だわ嫌だわ。諦めるだなんてそんなの無理に決まっていますわ。ねぇだってそうでしょう?  今まで会ってきた殿方達は私の身体が男だと分かると皆こぞって逃げ出してしまったんですもの。だけど貴方様は一度私の元から去ったのにも関わらず再び会いにきてくださいましたわ。あの時の私の心情たるや!  また逃げられたかもしれぬと思って今にも泣いてしまいそうだったところに貴方様がひょいと現れて、しかも何もかも洗いざらい吐き出した上でそれでも私と契りを結べないのが悔やみきれないといってくださいました!  正直に申しますと最初はここまで度量のある方だと思っていなかったのですけれど御見逸れいたしました。もはや蘭は貴方様に夢中でございます。どうか私にチャンスを与えてくださいまし!」



 途中に口調が少し変わっていたがあれが素なのだろうか。であればまったく制御できていないではないか。嘘ばかりつきおる。

 それにしても結局口は災いの元である。大失敗だ。無能は失敗した経験が糧になると母は言っていたが、これでは糧というより家庭となってしまいそうだ。僕は森泉を娶らねば、この万古蘭と番になり計画不要な明るい家族を作らねばならないのか。なんともはや……


 不幸中の幸いは万古蘭が肉体関係を無理強いしなかった事である。女体にしか反応しないので致すのであれば僕が受けに回らざるを得ないのだが、あの巨根を縦横無尽に抜きつ刺されつされるのには訓練が必要だ。ぶっかけ本番……ではなく、ぶっつけ本番一発勝負とならなかった事が、此度の見合いの唯一の救いであった。


 ここまでで終われば良かったのだが、いやまったく良くはないのだが追い打ちをかけるように更なる悲劇が襲うのであった。それはアルバイトの日。いつものようにババアの店に行き、店の扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは、深いスリットが特徴的な真紅のチャイナ服を着た万古蘭であった。「なぜ?」僕がそう問う前に彼女は答えてくれた。


「貴方様のお側にいたいのでこれからこちらでお世話になる事にしました。本当はお昼に働いていらっしゃいます企業の方でも働きたかったのですけれど、そちらは男性従業員向けの募集でございましたので断腸の思いで諦めこちらのお店で一本に絞る事にいたしました。大丈夫です大丈夫です。私は普段家事手伝いをしておりますので生活に差し支えはございません。それに得意な料理を生かせるお仕事ができるという事で嬉しくもあるんです。あ、当初は貴方様と同じく配膳をしてほしいと雇い主様に言われたのですけれど私が料理がしてみたいとお願いしたところ腕試しという事で軽く一品お作りしたんです。あの、ルーロウ飯という台湾の家庭料理なんですけれど、これで見事に認めて頂きまして厨房の方を……あぁ最初は補佐なのですけれど任せていただける事になりました。それにしても愛した人と同じ職場で働けるというのはよいものですね!  私実は読書の趣味もございまして昔に読んだ………………」



 僕は万古蘭の話に辟易しながらババアを横目で見ると、相変わらず不気味な笑みを浮かべて茶を啜っていた、


「ババア。なぜ雇った」


「お主の働きぶりが不甲斐ない故な。あと一人か二人ほしいと思っとったところに使ってほしいと来て即採用。立ち振る舞いも去ることながら包丁捌きも文句なし。おまけに北京語も分かるときてる。ありゃあいいね。あんたと違って店を任せられる」


「あぁそう……」


 万古蘭は未だに喋り続けている。もはや何も言うまい。さて。開店準備だ。何があっても時間は過ぎる。いつまでも悩んでいても仕方がない。


「貴方様!  どうぞよろしくお願いします!」


 万古蘭に無言で手を振り応え溜息一つ。まったく、見合いはもう懲り懲りだ。


 業深し。男はナニを持つ人ぞ。


 駄作だ。

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