STOP!!万古蘭! 前

 某日。とあるラウンジにて縁もゆかりもない女と会う。

 こうして対面に座し、これから他愛ない会話に興じるのだから縁はできるのかもしれぬが、できる事ならその縁は後生に回したい。


「本日はお互いの仲を深めていただきたいと思います」


 相手方の母親がそんな事を言うと、母が「こちらとしても是非に」と調子を合わせた。何が是非にだ。勘弁願いたい。


 しかしながら相手の女はなかなかどうして美人である。栗毛色の髪はパーマメントを当てているのかウェーブがかかっていて爽やか。大きな瞳は少し垂れていて愛嬌があり、薄い唇には淡い桃のルージュが引かれている。可愛らしい。母に渡された写真の通りだ。風俗でよくあるパネル詐欺かと思ったがとんでもない。まごう事なき本人である。歳の頃も僕と同じ。いったいなぜ見合いなどしているのか皆目分からない。


 親同士の腹の探り合いの後に「後はお若い者どうしで」というお決まりの台詞により僕達は二人となる時間になった。隣に座る母が席を立つ際、何やら僕に渡してきたので気づかれぬよう確認するとこのホテルの部屋の鍵であった。いやいやいや。それはまずいだろう。ヤったが最後ご入籍ではないか。なんのトラップだ。


「あの……」


「はいぃ!」


 危険な置き土産に気を取られていた僕は声が裏返ってしまった。まぁいい。どうせ破断となるのだ。だいたい僕は要らぬ事をしてくれたと憤っている。どうしてわざわざ休日を潰し、致したくとも致せない女と会わねばならぬのか。これならキャバクラの方がまだましだ。いっそ痴態を晒して母の顔に泥を塗るのも面白かろう。死ぬかもしれぬが。


「私、ちゃんと綺麗でしょうか?」


 身内への細やかな仕返しを考えているところに女の声が届いた。妙な事を言う。それは勿論麗しいが、自ら聞くことか?  よく分からないが「えぇまぁ」と答えた。


「よかった……!  すみません。私、どうにもこう、化粧というのが苦手で……」


 あぁなるほど。確かに化粧のできで女の顔は変わるものだ。しかしそれを敢えて見合い相手に聞くというのは、どうにも邪推してしまう。スレていない傾国の美女とでも印象付けたいのだろうか。浅ましい考えである。そうは問屋が卸さない。僕がどれだけ女に騙され恥をかいたか知らぬのだろう。万の戦場を駆け抜け無勝。その程度の策は、幾度となく引っかかってきた。


「化粧は女の武器であります。それを上手く使えぬとは未熟千万。あまつさえ男に曝け出すとは言語道断。慎みめされよ」


 どうだ思い知ったか。貴様の甘言には乗らぬぞ。さぁ怒れ。怒って帰りこの事を親に言うのだ。僕もできればこの程度で終わらせたい。これ以上の侮辱が母に知れたら、本当に本気で死に直結するのだから。


「それは気付きませんでした!  お気遣い大変ありがとうございます。皆気を使っているのか、私の周りの人々は皆異口同音に褒め称えてくれるのですけれど、あまりに批判がないのものですからどうも信じ難く、つい自己否定的となっていてしまったわけでございます。あの、もしお気を損ねてしまいましたのなら申し訳ございません。なにぶんものを知らぬものですから、どうしても女性の作法や立ち振る舞いに粗が出てしまうようで自信がないのです。至らぬ点があればご遠慮なさらず申してください。全て治せるよう、誠心誠意努力させていただきます。私もいずれ家庭を持ちたいと思っておりますから殿方の意見は大変ありがたいのです。日頃から家事に勤しんでおりますから家政全般の問題はないのですけれどやはりそれだけではいけません。美容に流行、歌に踊りはもちろんのこと、今の時代は電子機材などにもある程度見識を深め、外国語なども学びいついかなる時でも旦那様のよき伴侶として尽力致せるよう日々の精進は欠かさず行っております。それと私、料理には多少の自信がございまして、いつか誰かに、いえ、はしたないのですけれど貴方様に食べていただきとう存じます。好き嫌いやアレルギーなどはございますか?  不肖、万古ばんこ 蘭。和洋中肉魚野菜甘味珍味いかなるご要望にもお答えできると自負しています故、なんなりとお申し付けくださいまし」


「……」


 絶句である。次から次へとよく舌が回るものだ。おまけに早口ときている。言っている事を理解するのに数秒かかった。話題がよくもまぁあちらこちらに飛ぶ事飛ぶ事。一体何に対して返事をしたらいいのか混乱してしまう。だが黙っているのも気が引ける。破断を目的に敢えて無粋な口を利いたのだが、さすがにここまでまくしたてられてまるきり無視というのも無体な気がする。仕方がない。こんな時には魔法の言葉だ。どのような場合でもしっかりとハマる丁度いいワード。あまり多用すると思考が停止してしまうので使いたくはないがやむ負えまい。これをもってして、相手の怒涛の答弁を締めるとしよう。


「良きに計らえ」※意訳(知るか馬鹿)


「まぁなんと豪胆な!  さしずめ貴方は(中略)大変素晴らしいですわ!」


「少し注文があるのですが。よろしいか?」


「はい。なんなりと」


「言葉が多い。何か申される時はなるべく端的にお願いいたしまする」


 万古蘭は「まぁ」と言って口を手で覆い俯いて、また長々と話し始めた。もはや全てを聞き取る事はできなかったが、拾えた内容を掻い摘んで要約すると、恥ずかしさ故に多弁となる。申し訳ない。慣れない言葉遣いもそれに拍車をかけているから、できれば親しい間柄のように話をしたい。それと魚料理が得意である。と、だいたいこんなものであった。僕は好きなように話してくれと返し、虎の尾が見え隠れしている料理の話には触れないでおいた。


「では、普段のように喋らせて頂きますね。本当に緊張してしまって申し訳なく思います。貴方様は威風堂々としているのに、恥ずかしいですわ。私、こういった席はそれなりに経験してはいるのですがいつまで経っても慣れる事ができないのです。とくに、貴方様のような清廉潔白な方ですとなおのこと、こう、お腹の奥がキュッと締まる感じがして、上手く口を制御できないのです」


 いったいどう口調が変わったのかは分からなかった。その上本当に制御ができていない。多少はましになったが長い事この上なし。話を聞くだけで疲れてしまう。


「了解仕りました。良いでしょう。それでは訓練も兼ねて、どこぞなりへと参りませんか?」


 もはや座っていると眠ってしまいそうであった為気を紛らわす策を講じた。言葉や行動によって礼を欠くのはいいが、さすがに縁談の席で鼻ちょうちんを膨らますような無様は見せたくない。そんな事が知れたら末代までの笑い種となるだろう。僕の血脈が繋がればであるが……


 万古蘭は可愛らしく「分かりました」と返事をして立ち上がった。ふむ。自信がないとは言いながら堂に入った立ち振る舞い。見事なものだ。


「あの、大変申し上げ難いのですけれど、私からも一つ、お願いがございまして……あの、無理にとは言いませんが、できるのであれば、貴方様も普段のような、お仲間内で話されるような口調でお話しして頂ければと存じます……」


 僕が立ち上がり身支度を整えると彼女はそう言った。


「分かった。そうしよう。それでは行こうか」


「はい!」


 こちらとしてもよそよそしい口調は疲れてしまうので願ったり叶ったりであった。どうにも母を思い出していけない。頭の中に般若の残影が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返し気が淀む。実物がいない時くらいその存在を忘れたいものである。ともすれば、切り替えが大切だ。さぁさっさと行こう。彼方へと。そしてその方々で無礼を働くのだ。破断への行進をとくと見よ!


 ラウンジを出て僕達はやたらめったらと歩き回った。万古蘭に配慮などするものか。気安い口を聞くようになったのだ。歩幅も気安く行かせてもらう。そう思って全力で歩いても彼女の足音は消えない。撒こうと思ったがこれでは無理だ。チラリと後ろを除けば三歩下がって良妻賢母気取りである。腹立たしい。


「疲れないか万古蘭。いや僕はまだまだ余力たっぷりなんだか、いかんせん散歩が趣味でな。君の存在を忘れてしまっていた」


 さぁどう出る。無礼であろう?  苛立ちが隠せぬだろう?  怒れ。これで終わってくれ。


「お気になさらず。私も散策は好きでございますから、貴方様と歩を共にでき嬉しく思います。そういえばこの辺りに美味しい茶屋があるのを思い出しました。いかがですか?  ラウンジから出たとはいえあちらではお茶しかお飲みになられませんでしたから、この辺りで軽食など」


 息一つ切れていない。笑顔も満開。強敵だ。僕は分かったとその提案を受け入れ茶屋でも失礼仕った。またそこから出てあらゆる所、あらゆる場面であらゆる狼藉を働いたが効果なし。どうしたことか。これでは道化だ。


「貴方様は、本当に愉快な方でございますし、快男児でもございますね」


 逆効果ではないか!  結局最初のホテル前。おのれかくなる上は最終手段。一か八かの大博打。電光朝露響くところにこだませよ。我が魂の狂騒を!


「決めたぞ万古蘭!  僕はお前を抱く!  このホテルに一室借りてある!  今日ここに来た時からお前の裸体を想像し、遮二無二愛撫し棒を出し入れピストン運動する事を望んでいたのだ!  もう辛抱堪らん!  いざ行こう二人のエデンへ!」


 さぁどうだ。淑女であればあるほどのこの破廉恥極まりない告白は堪えよう。


「……さい」


「聞こえぬな。もそっと声を張れい」


 勝ったか!?


「蘭と……蘭とお呼びください!  私の事は、蘭とお呼びくださいまし!  あぁ!  夢が叶いましたわ!  ずっと待ち焦がれていた人と出会う事ができました!  その胆力!  気概!  男らしさ!  まさに私の理想の殿方!  兼ねてより私は自身の姓を嫌っておりました!  是非とも今日私の身体をお使いになり、この蘭めを貴方様の家の血脈に加えてくださいまし!」


 おっとしまった完全裏目だ。鬼が出るか蛇が出るかと思えば現れたのはチュパカブラである。奇想天外摩訶不思議。なにがどうしてこうなった。


「さぁさ!  いざ!  早く早く!」


 腕を引っ張る万古蘭。その力は思いの他強く、あれよあれよと部屋の中。どうしようと迷っていても、身体は正直我が息子。

 これは年貢の納め時かと思い万古蘭の方に目をやる。スルスルと布の擦れる音が、僕の劣情を刺激していく。すまん森泉。僕は君への年賀状に我が子の寝顔を貼るかもしれん。


 と、いつの間にやらスカートに手が。というより、服の上からでは気付かなかったがやたらと貧乳である。まぁいい、女は胸ではない。本番は下の……


 スカートを降ろした万古蘭。下着は純白。縦のレースが美しい。しかし、悲しいかなその意匠もまるで陳腐に見えてしまう。万古蘭の、尋常ならざる巨砲の前には!


 お見合いや。兵どもが、夢の跡。

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