さいて散るは菊の花 中

 翌日である。

 澄み切った空と清涼な風が心を潤す。内にこもる穢れが浄化されていくような感覚は、歳を重ねる毎に強く淀みを生じさせる。俗世に染まりきり、純情さを失ってしまった僕はもう、花を見るだけで興奮していた頃には戻れぬのだろう。哀愁とはこういうことか。


 昼下がりに僕はカフェのオープンテラスで森泉を待つために茶を飲んでいた。よく分からぬ名前の紅茶を若い女の店員に淹れてもらい、メルシィなどと気障ったらしく声をかけながら三時間ほど居座ると責任者らしき男に退店を促された。文句の一つも言ってやりたかったがそこまで狭量でもない。僕は「茶を淹れてくれた女の尻が実に目の保養となった」と最大級の賛辞を送り追い出されたのであった。


 半端な時間である為何をするのも間が抜けている。辺りを無為にぶらつくも控える一大イベントに焦がれ悠久とも思えるほどに経過が遅い。気がつくと色街に足を踏み入れ誘惑に負けてしまいそうになる。それはよくない。これから抱くは色狂い。好きで乱れる特異な女達である。彼女達との一戦を前にして試し抜きなど愚の骨頂。いかに僕の精力が底なしとはいえ、やはり出せば出すほど質は落ちる。暴発覚悟の限界点にて挑まば礼に欠くというもの。MANとマンとの真剣勝負。手落ちがあっては興醒めもいいところだ。ここは耐えの一手。しからば本戦においては灼熱のリビドーをもってして、一騎当千、国士無双の大立ち回りをしてみせよう。


 ようやく斜陽となりて世が赤く染まる刻。森泉からの着信。通話ではなくメッセージで少々肩を落としたがまぁよし。[これから行く]との簡単な文面に対しこちらも合流場所を示しただけの簡素な返事を送った。街を歩く人々は一様に無口で足早にどこぞなりへと向かって行く。よれたスーツを着た中年のサラリーマンが、恐らくケーキが入っているであろう純白の箱を持ってほとほと疲れきった顔をしているのを見た。彼はこれからローンを組んで建てたマイホームに帰り、娘に「さぁお土産だ。ここのケーキは美味いんだ。でもちゃんと母さんのご飯を食べてからだぞ?  好き嫌いせず全部綺麗に食べられたら一緒にケーキを食べよう」と言って幸せな一家団欒を演出する傍ら、身体の崩れた嫁を横目にあぁいい女を抱きたい。あいつも昔はそれなりだったというのにどうしてこう変わるのか。最近は夜の方も義務的な儀式でしかない。燃えるような、野獣のようなセックスをしたい。そういえば娘に初潮がきたといっていたな。どれ。ここは一つ父親として具合を確かめねば……と、いうようなできもしない妄想に花を咲かせながらも不細工な嫁の相手をせねばならないのだ。

 まったく同情を禁じ得ない。彼がそのような一般的な家庭を手にするにあたりどれだけの妥協と犠牲を生み諦念の境地に達したのかは知れない。しかし男とは本来、風に流れて彷徨って、身体一つの風来坊なのである。その本質を失ったサラリーマンは牙を抜かれた獣にも等しい。哀れに思う反面。優越感に浸った。なにせ僕はこれから男女乱れる交流会に行くのである。「安定の代償として退屈という地獄に叩き落とされた君には無縁な世界だな!」と一声掛けたくなるほどに、僕は名も知らぬ彼を見下していた。

 しかしながら、僕は森泉と添い遂げたいと思っている。それは、あのサラリーマンと同じような生活を望んでいるという事であろうか。それは、森泉を本当に愛しているといえるのだろうか。給金を生活と老後に当て、飲むのはもっぱら安い酒。スーパーで投げ売りされていた豚肉を使ったすき焼きを囲み、「わぁ今夜はすき焼きだ」などと昭和じみた下手な甘言を吐くような生活が、果たして彼女を幸福にできるのか。


 僕は悩んだ。往来の真ん中で人々に舌打ちされながら頭を抱えた。僕の望む未来。望む森泉の姿。それはいったい……


「なにしてるの?」


 森泉であった。黄昏の終焉が見える頃。夕と夜の間。影のできぬ魔法の時間。マジックアワー……いや、彼女を前にした場合にはもっとしっくりくる呼称がある。逢魔時。魑魅魍魎が具現化せんと蠢く時である。


「君がなかなか来ないから、暇をしていたんだ」


 森泉は「馬鹿ね」と笑って僕の股座をおもむろに掴んだ。落ちゆく太陽とは裏腹にライジングサンなイチモツはその一撃にて太陽風を吹かせかけたが丹田に力を込めなんとか制御。せっかく昼風呂を我慢したのだ。こんなところで粗相をするわけにはいかない。


「準備万端じゃない。私もこういうの初めてだから、昂ぶってるんだ」


 可愛らしく舌なめずりする彼女は「行きましょう」と言って僕を引っ張っていった。まるでデートである。しかし我らが行くは色欲の穴。健全な異性交際とは言い難い。だがそれでいい。それがいい。僕の愛した、女はそうではなくてはならない。共に堕ちよう地獄まで。共に登ろう快楽の山。僕は森泉が他の男達の手によって犯されるのを見ながら、自身も他の女を犯す様を想像して股間に納めた太陽の熱と輝きを増加させていった。





 タワーマンションの高層階。ブルジョワの住処はどうにも居心地が悪かった。1。2と上昇していくエレベーターの階層表示も何やら気取っているように見える。


「やあよく来た。時間まで少しあるから入ってくつろいでくれ」


 教えられた部屋のチャイムを押すと、松田が中から出てきてそんなことを言った。森泉に一言「久しぶりだな」と挨拶はしたが、それ以外は会話はなかった。通されたリビングには家具がソファーと卓。それと床に敷かれたマットしかなかった。卓の上には高そうな酒と肴が小綺麗に置かれている。酔狂なことだ。

 程なくして人が増え、妙な緊張感が生まれる。僕らを除いて男四人女五人。番六組の出来上がりである。その男の内二人が妙に威丈高で気に障った。


「松田よ。知らない女が三人もいるじゃないか。けしからん事だな」


「うむその通りだ。日本女性の淫猥たるやいなや」


 奴らこそ、松田がいっていた警官に違いなかった。森泉は酒を飲みながらその様子を楽しそうに見つめていた。


 さて。こういった事の始まりに開始の合図は無粋であるのだが、警官の話によると新顔が森泉抜いて二人いる。そのせいか空気は微妙に硬く皆尻込みしていた。しかし元より全員そのつもりで来ているのだ。何を迷う必要があろうか。ここは男沢田が一番槍の栄誉を頂くとしよう。


「致しましょうか、セニョリータ」


 僕は中でも一番の醜女を選んで声を掛けた。理由は特にない。あえていうのであればはち切れんばかりの胸部が目についたからである。唇を交わし、そのまま互いに火がつき気付けばがっぷり四つでの絡み合い。そこからマットへ寝転べば、蜜壺開花の音がする……


 いつの間にやら他の者もお楽しみであった。森泉は特に楽しそうに男の上に跨り、「とんだ駄馬じゃない」とロデオのように激しく上下していた。下にいる男は死にそうな顔をして身体を痙攣させている。本当に逝ってしまうのではないかと思うほどの面でヤられており、口から泡を吹き出して何やら唱えていた。


 その様をまったく羨ましいものだと眺めていると、女の悲痛な叫びが聞こえた。見ると例の警官二人が一人の女を嬲りものにしてニヤニヤと笑いあっている。下衆な事だ。ここは紳士として見過ごすわけにはいかない。


「あら楽しそう。私も相手をしてほしいのだけど」


 僕が立ち上がった瞬間。森泉が二人に近づいた。粗末なものを指先で弄んだ。「いいだろう」といって詰め寄る二人は彼女を容赦なく穢し、犯した。しかし森泉本人は無理をされる度に恍惚の表情を強め、狂ったようなよがり声を上げるのであった。


「こいつはいい!  なにをやっても壊れないぞ!」


 男達がそんなことを言いながら息を弾ませ、森泉はそれを受け入れる。悪魔的な美しさがそこにはあった。それを見て僕は猛り、萎びつつあった男根が見事に復帰したのであった。僕は例の醜女にそれを咥えさせ、三人のまぐわう様を鑑賞する。これは良い余興だ。なかなか趣深い。好いた女が玩具にされる姿とはこうも唆るものか。彼女の働いている店のオプションとして導入してはくれないだろうかと思うほどに僕は興奮していた。


 しかしそれが一変。おかしな事となる。僕かふと目を離した隙に、男の一人が四つん這いとなって「おほぉ」という間抜けた声を出していた。何があったかと見てみると、どうやら菊紋に双頭の蛇の一頭が飛び込んだようであった。


「ほら、身体に無理させるのって、気持ちいいでしょう?」


 口が裂けているかと見間違うほど森泉は笑っていた。それに対して犯されている男はヒィヒィと呼吸が乱れているのか悲鳴なのか分からない声を出してのたうちまわっている。


「貴女達も、たまには突いてみたらどう?  予備があるから、使って頂戴」


 そう言って森泉は繋がったまま鞄に手を伸ばしそれを部屋の中央に投げ捨てた。すると中から似たような蛇が何匹が転がる。それはみるみると女達の手に渡り、瞬く間に前と後ろの役割が交代となって女尊男卑の構図ができあがった。松田の姿が見当たらない辺り、こうなる事を察して逃げ出したのだろう。まったく尻の穴の小さいやつである。


 そうこうしていると僕も女どもの筆下ろしを手伝うはめとなった。相手はあの醜女である。尻に熱した棒が入っていくような感覚……あの警官が出したような声を僕も発し、少し同情した。


「楽しそうじゃない」


 森泉がやってきて、地面に密着している僕の顔を踏む。いい機会だと思い、僕はその足を、指とその間なに舌を這わせ、床に擦り付けているナニから白濁をぶちまけた。それを見て笑う彼女はさらに大股を開き、僕に聖水を浴びせかける。尿シャンプーの空。描く放物線には虹がかかり、彼女の姿は神秘的な艶かしさを放っていたのだった。

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