イカれ中華屋 前

 帰宅して、届くあの娘のメッセージ。読めば目にする出勤時間。


 早い話が営業である。少なくとも月二度は送られてくるのだが、無論、僕は全てに応えた。

 金などどうとでもなる。昨今、愛で地球は救えないなどとのたまう馬鹿者が目立つのだが、奴らは真の愛を知らないのだと断言しよう。一念岩をも通すという言葉の通り、僕のように強い信念を持ってすればいかなる壁をも姦通いやいや貫通し事を成すことができるのだ。

 そう。三食もやしやきそば生活を余儀なくされている現状など瑣末な問題なのだ。愛という偉大にして崇高な感情の前では生活苦など自室に転がる丸まったティッシュペーパーのようなもの。つまりは、取るに足らないという事である。

 そうして僕は、いつの間にやら森泉が在籍している店の特別会員となっていた。特典はなんと料金五パーセントオフである。これで豆腐か納豆を食卓に並べる事ができよう。BMIがバブル崩壊後の地価並みに下がりに下がり、僕の体躯は墓から出てきてこんにちはな状態である。僅かでも栄養素が追加できるのはありがたい事だ。来たれイソフラボン。







「あなたの身体ゾンビみたい。気持ち悪い」


 ある日森泉にそんな事を言われた。「しかし」と反論しようと試みたが「言い訳する男は嫌い」と取りつく島もなくその日は言葉責めオンリーの特殊プレイへと内容が変更となってしまった。帰宅して満身創痍で我がモノを摩れば確かになんたる体たらく!  これではまるで竹輪ではないか!  

 迂闊であった。僕とした事が武勲を上げることばかりに気を取られ我が身を軽んじていた。まったくとんだ恥さらし。愛棒を預ける相棒に対して無礼千万。改革が必要だ。


 僕はともかく家財を売り抜き少額を得て身嗜みを整えた。このあぶく銭で飯を食うなど言語道断。一時の満腹で竹輪に芯が通るわけがない。ここは一つ、副業を始めるのだ。

 継続的な追加収入を得られるようになれば、それをそっくりそのまま生活費へと加算させることができる。要は、アルバイトをして不足不満を埋めようという作戦だ。その為には髪と髭で隠れた顔を再び白日の元にさらし、小綺麗な衣装を纏う必要があった。

 というわけで家財を売った資金はすべて洒脱に当てた。おかげですっかり色男である。これならば第一印象も問題あるまいとたかをくくっていた。


 だが、駄目であった。面接を受けれども受けれども我が暮らしの糧とならざり。虚脱無心にぢつと手を見て涙を落とす日々。

 何が急募か。ちっとも採用されぬではないか。ふざけた話である。おまけに不採用にされたファミリーレストランをチラと覗くと、若葉マークを付けた年頃の女が働いているのが見えた。僕は放火欲求に駆られたがどうにか理性で押し留めた。押し留めたが、噴き出す憎しみだけは、どうにもならなかった。

 並々ならぬ憎悪が面接官だった青チョビた面の中年男性に向けらる。おのれ色魔が年甲斐もなく!  死して畜生道に堕ちるがいい!


 しかし、いくら腹をたてたところで満腹にはならなかった。新調したスーツが泣いている。世知辛い世の中よ。鏡を見れば元どおりの熊男である。金もない。森泉の店には行けなかったが、他の店に行っていたからだ。男として、そのくらいの甲斐性は持たねばならぬ。食は我慢できても、性の欲望には抗えなかった。そんなものだからとうとう、手持ちの金が尽きてしまったのであった。





 そんな飢餓に苦しむある日のこと。小銭でも落ちてないかと当てもなく道を歩けば丸々太った野良猫が昼寝をしていた。人間であるこの僕が食うもの食えず四苦八苦しているというのになんたる事か。猫風情が偉そうに。獣がのさばり人が飢えるこの社会。果たして資本主義は正しいと言えるのか。私腹を肥やす政治家に問いたいところである。


 一計。


 猫が太っている。なぜ太っているのか。単純明快。喰っているからだ。喰っているということはエネルギーがある。エネルギーがあるということは喰えば滋養強壮万々歳。往来で腹を出しながら寝息を立て、僕が近づいても起きるそぶりを見せないところ、こいつはここらに居ついた半野良なのだろう。近隣住民に魚の切れ端でも与えられているに違いない。おのれ畜生如きがなんたる悦か。しかし人馴れしているのならば捕獲は容易かろう。呪わば呪え。恨まば恨め。されとて貴様は今日の贄。喰ってみせようプッシーキャット!


 入らぬ力を無理に入れ、僕の貧相な腕が猫に伸びた。刹那。怨敵は両の目を開眼し後退。シャアと不快な鳴き声を上げ生意気にも僕を威嚇するのであった。愚かな。いかに軟弱とはいえこちらは人ぞ。霊長類の覇者たる種族。その威光、存分に思い知るがいい。

 臨戦態勢を取る。さぁ来い猫又よいざ成敗といきむと、猫は尻尾を巻いて逃げ出してしまった。逃すものか!


 始まる一人と一匹の追いかけっこ。生きるか死ぬかのデスゲーム。逃げろや逃げろ。駆けろや駆けろ。これぞ狩猟の醍醐味よ。

 怯えろすくめ!  そして僕に食われてしまえ!


 コンクリートの大地を踏みしめ僕は遮二無二猫を追う。しかしやはり獣は速い。絶倫大将を誇る僕の体力をもってしても中々追いつけず距離は付かず離れず。栄養を失調した僕と肥え過ぎた猫の実力は伯仲。これではラチがあかぬ。


 僕は少しばかり速度を落とした。猫は変わらず全力疾走。こちらの姿を見る余裕もないのかスタコラと走り続けている。目算にして約10メートル程の差を守り後を追う。そのまましばらくして、ようやく距離が開いたと分かったのか猫は立ち止まりこちらを振り返った。


「馬鹿め!」


 奇襲は成功。反応が遅れた猫は一手半反応が遅れ、その間に僕の超人的な脚力によって生み出された爆発的速度を誇る疾走にて捕縛。きゃっとなった猫の首根っこを掴んでシャ!  っと勝利の雄叫びを上げたのであった。しかしその時謎の人影が迫り寄り、僕が天に掲げた猫をひったくって行った。「何をするか!」と怒号を上げその人影の肩を掴むと妙に薄く骨張っている。それもそのはず。影の正体は醜悪なババアだったのだ。ニタニタと笑い歯抜けた口元を恥じらいなく晒し、緩いシャツから間延びた谷間を覗かせて、その頂には使い古された一筒いーぴん你好謝謝我爱你にいはおしぇいしぇいうぉあいにぃである。


「獲物はな。最後まで持っておかんとな。取られてしまうぞ」


 悍ましかった。どこからどう見ても屍になりかけのババアであるのに不気味な圧力を纏っている。まるで妖怪変化だ。しかし化物退治は武士の生業。ここで退いては我が名が廃るというものよ!


 「やぁやぁ名前も知らぬもののけよ。返さぬならば痛い目見るぞ」


 僕は睨みを利かし、見栄を切った。しかし悲しきかな体力の限界である。勇ましく構えたものの目眩を覚えた瞬間に足がよろめき尻餅をついてしまった。するとババアはケタケタと笑い「情けないのぉ情けないのぉ」としゃがれた嬌声を響かせ僕のズボンのチャックを下ろし、露わになったナニを掴んだのであった。


「ほんに情けない。まるで竹輪じゃないか。どれ、気合を入れてみぃ」


 ババアの手つきが加速し、硬く皺だらけの掌が亀頭を攻める。若さ故だ。反応したのは若さ故なのだ!  

 僕の意に反し暴走状態となった肉棒をえもいわれぬ感覚が襲う。亀の甲より年の功とはよくいったものだ。随分と扱い慣れているではないか。唾液と粘膜の混ざる音がズチャリと奏でられる。もはや僕には成すすべがなかった。嫌悪と快楽に脳が機能を停止してしまったのである。


「逝くかえ?」


 ババアの声に呼応して僕は白濁液をぶち撒けた。おっほっほぉと笑うババアの下で「無念だ」と涙を流す。


「なんだもう満足かい。硬度も持続もてんで駄目。これじゃ性もつかないよ。しゃぶり損さね」


 吐き捨てるようにババアは言った。ふざけるな!  その言葉は看過できぬ!  僕がベストコンディションで貴様を抱いてみろ!  下の口から三途の川だ!


「腹が減っているのだ。これでは男も立たん」


 しかしながら敗戦の将である。何を言っても恥の上塗り。ここは簡潔に理由を述べるに留めるのが潔い。


「なんだお主、随分と貧相な身体をしとると思ったら、素寒貧かえ?」


 老婆は猫をひっ掴みながら僕を見下ろす。腹が減る事だ。いや立つ事だ。大きなお世話とズボンを履いて無視を決め込むことにする。


「金がいるならウチの店で働くかい?  まかない付きだよ」


 棚から牡丹餅であった。「まことか!?」と聞き返せばえっひっひっと妙な笑いを浮かべるババアに気後れしたが、比喩でもなんでもなく背に腹は変えられんのである。腹が減った。

 さすがに即答はできなかったが、しばし間を置き「お願いします」と頭を下げた。老婆は相変わらず微笑を浮かべ、「ええだろうええだろう」と僕に背を向けこっちに来いと手で合図を送ってきたのであった。逃げ出したくもあったがこれも我が君と添い遂げる為である。いざ行かん。山の魔王の宮殿へ……




 たどり着いた先は路地裏のアジアン料理屋であった。[中華的飲食処]と書かれた屋号はどこか怪しげでそこはかとなく危険な香りを放っている。


「最近忙しくてね。予約予約で猫の手を借りたいってところなのさ。まぁ、猫は食うんだがね」


「猫料理なんか出すのか」


「特別なお客様だけにね。日本では大手を振って出せないからねぇ」


 そう言って老婆は抱いていた猫を床に置き、マジマジとその体躯を確認した後「おやぁ?」と訝しんだ。僕が「どうしたのだ」と聞くと、しばらく黙りこくった後、「こいつぁ駄目だね」と再び猫を持ち上げ僕に渡した。


「何が駄目なのだ。だらしなく丸々と肥えているではないか」


「孕んでんだよ。子持ちを捌くのは縁起が悪い。あんた戻しといとくれ。まったく……龍虎鳳一つ作るのにとんだ苦労だよ」


 龍虎鳳なる料理がどんなものかは分からぬが、知らぬが仏と思い僕は猫を逃しに外へ出た。適当に歩き適当なところで抱えた猫を放り出すと一目散に駆けて行く。身重でよくも走れるものだと感心しながら店に戻った。するとババアが食い物を出してくれたのでそれを平らげると、翌日腹痛を伴った発熱に見舞われ二日ほど寝込んだ。後日「あぁやっぱり当たったかい」と笑うババアに殺意を抱きつつ、僕の副業生活がスタートしたのであった。

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