その女、奇天烈につき 後
「まさしく呆れ果てた」
そう言うのは友人の松田であった。彼は高校の頃からの付き合いで、よく卑猥な本を読みあった仲である。
「何が呆れたのかね」
「すべてさ。あの森泉を抱いたことから、共に飯まで食ってそのままはいさようならとなんの問題も起こさず別れた事までだよ」
松田は鼻を鳴らして僕を嘲笑した。友人ではあるが、イケ好かないやつである。
僕はあの日。森泉と会食をして、彼の言う通り何があったわけでもなくお互いの巣へと戻ったのだった。強いて何かあったというならば、僕のタキシード姿に森泉が大爆笑した事くらいである。
「百歩譲ってあの女を抱いたのはまぁよしとしよう。お前の初恋相手だ。度し難いが蓼食う虫も好き好き。そこはそれ。しかしね、せめて連絡先くらいは聞いたらどうだい? お前のノミの心臓でもそれくらいはできるだろう」
「連絡先……そうか。その手があったな。思いもせなんだ。次に機会があれば、聞いてみよう」
恥を忍んで酒席のネタを提供しながら蛮族の料理みたく串に刺さった鶏肉を食みビールを飲む。この組み合わせ、悪くはない。中性脂肪や血糖値が気になる年頃まではまだ幾許かある。それまでは暴飲暴食の化身となりて、身体を悪くしながら人生を謳歌したいものだ。
「で?」
「は?」
野蛮な食事を堪能していると、突然松田が何かを聞いてきた。「で?」などという一字のみの質疑があろうか。回答者に対するいささかの礼も親切も含まれていないではないか。
「具合はどうだったね。森泉の」
「痴れ者!」
串が飛び交いビールの雨が降り注ぐ。高らかに笑う松田とムキになる僕の様子はチャップリンも妬むほど滑稽に映ったであろう。他の客からは拍手喝采。店員から厳重注意のイエローカードを送られて詫びの言葉と追加の注文をもって返礼とした。
「おまえはどうもいけない。下劣だ。いや、僕も他人の事を言えた立場ではないがお前のは一等酷い。一度心を入れ替え真っ当な道を歩んだほうがいい」
「まったくご挨拶だよ。そんな常識的じゃ、あのキグルはものにできんぜ」
松田の言は恐らく正しい。森泉の事だ。「これが噂に名高い数の子天井! まったく見事な名器よな!」くらいの事を周りに吹聴せねば、僕の相手をした事さえ忘却してしまうであろう。しかしこれは僕の気持ちの問題なのだ。どのような形であれ惚れた女にhole in sonできたのである。その膣holeの肉wallがいかなるかを語るなど、彼女の恥部を晒すのに等しい。言えるものか。ほざけるものか。愛しき人の名誉の為に!
「で?」
「貴様!」
声を荒げ松田に掴みかかろうとした瞬間。目の前にはビールが置かれ店員が一睨み。「いやここはまったくいい店だな」と無理に誤魔化し事なきを得たが、酷く心臓に悪かった。
「言ってしまえよ。酒と秘密は吐けば楽になるもんだぜ」
いつの間にやら尋問されている風になり、罪を犯してもいないのに責められている気分となった。酷い話だ。僕はただ森泉と将来結ばれるにはどうしたらいいのか聞きたいだけであったのに、この男は御構い無しに自分の聞きたい事を聞くだけ聞きたいという腹である。
「そうか。言わぬか」
誰がいうか。僕はビールを飲み干し上げた頭をそのままに、松田を見下ろし首を掻っ切るジェスチャーをした。地獄に墜ちよロクデナシ。お前に掛ける言葉は呪詛だけだ。
「なるほど。では先程の言葉を撤回しよう……あの女を抱くは度し難いと評したが気が変わった。俺も貴様の狂気に付き合ってやる。抱くぞ! 森泉を! それもまた一興よな! さぁ奴のいる店を教えろ! ヤル気! 勃起! しからばセックスだ!」
「貴様の墓標はこの竹串だ!」
組んず解れつ。掴み掴まれ大喧嘩。相手は笑い僕は絶叫。松田は昔から狂っていた。相手をおちょくり怒り心頭となる様を見ては愉悦を隠す事なく大きな声を上げ笑うのである。その為皆からは蛇蝎の如く嫌われ二、三度殺されかけてもいるのだが、なぜだか僕との縁は切れず、たまにこうして酒を飲み交わしては暴力沙汰へと発展するのであった。
そうしてやはり今日も今日とてなのである。止まぬ拳に罵詈雑言。大の大人が狼藉無礼。はてさてどう幕を引くかと悩んでいると、デウスエクスマキナのご登場であった。
「ウチの仏は顔二つ!」
つまみ出されて酔い覚めて。ため息一つ宵の口。悪かった。次は奢ると口車。乗らぬ手はないただ酒三昧。
松田が二軒目の勘定を持ちこの件は落着と相成った。だが結局行き着く先は森泉の夜の女子力の話へと帰結し、魔羅ではなく怒髪が天を突くのを繰り返したのであった。
「酒と女は選ばんと身体に悪いぜ」
変わらず構わず松田は憎まれ口を吐く。もし恨みで人が殺せるならば、こいつは三桁近く死んでいるだろう。
「そこは男の度量だ」
松田は僕の答えに「そうかい」と答えた。話はそれで終わった。お互い体力が切れたのだ。
「よし。いい塩梅だ。行くか。甘美なる背徳の園へと!」
体力は切れていたが精力は満ちていた。僕も松田も利かん坊が暴れん坊で辛抱堪らぬあわてんぼうである。
「僕は森泉の店に行く事にするが、お前は別のところへ行け」
「はいはい」と返事をして松田は彼方へと歩き始め、「終わったらいつもの店だ」と最後に付け加えた。
さて一人。スマートフォンを取り出し電話。指名は完了準備は万端。ダッシュ。ジャンプ。さぁ到着。軽く捻挫をしたが意に介している暇はない。脈打つ肉棒。深呼吸。森泉よ! 僕は帰ってきた!
「いらっしゃい。ご贔屓にどうも」
かくして二度目の入店により、僕は念願の連絡先を手に入れたのであった。事が済み、再会を約束した店で合流した松田はまた僕をからかい茶化したが、僕の精神は沙羅双樹の下にあり怒ったりはしなかった。
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